件の手術が成功した一之瀬は驚くべき早さで回復に向かっている。世界中の誰もが「イチノセカズヤ」の復帰を待っていたし、何よりも一之瀬自身がサッカーをしたいと望んでいるのだ。未来への強い思いは何にも勝る良薬である。フィールドの魔術師がグラウンドに返り咲く日も、そう遠くはないだろう。
ライオコット病院にある一之瀬の病室には、毎日のように見舞い客が押し寄せていた。日本代表の雷門中メンバーもよく顔を出すし、アメリカ代表ユニコーンの仲間は誰かしらが日替わりで訪れて、試合や練習の内容を逐次一之瀬に報告したものだ。
そして賑やかなアメリカ一行の中にはいつも、ユニコーンのキャプテンであり一之瀬の恋人でもある、マーク・クルーガーの姿があった。
手術から一週間経ったその日も、マークは一之瀬の病室を訪れた。ただそれまでと様子が違ったのは、マークはたった一人で一之瀬の元に来ているということだった。
「ディランたちはどうしたんだ?」
「…ディランは関係ないだろ」
一之瀬の疑問をにべもなく突っぱねたマークは、スニーカーを脱ぎ捨ててベッドサイドに乗り上げた。無表情なエメラルドグリーンの瞳に見据えられて、一之瀬は次の言葉に詰まった。こんな様子のマークは初めて見る。
「今日はお見舞いをしに来たんじゃないんだ」
そう言うとマークは一之瀬の身体に馬乗りになった。
「マーク?」
「あまり暴れないでくれ、カズヤ」
一之瀬を見下ろすマークの表情は真剣で険しい。珍しく怒っているようだ。しかしマークを怒らせた原因が思い当たらず、一之瀬は首を傾げた。
「オレはカズヤに説教をするために来たんだよ」
「説教?」
「言っただろう?大事なことを黙っていた罰の説教だ」
そういえばイナズマジャパン戦の後、マークにそんなことを言われた気がする。あのときは身体が辛すぎてまともに聞いていなかった。それに優しいマークと厳しい説教のイメージが繋がらなくて、本気にしていなかったというのもある。
そしてこれが「説教」をするときの格好なのか。事情を知らない人が病室に入ってきたら、一之瀬がマークに押し倒されているように見えるだろう。
「マークが騎乗位でお説教してくれるの?」
それならば大歓迎だと言わんばかりに、一之瀬はマークの腰を撫でた。その手をパシリと冷たく叩き払い、目の据わったマークは一之瀬に向かって宣言した。
「今日はオレがカズヤを抱く」
「…えっ?」
そんなこんなで本当に押し倒された一之瀬は、マークに身体をまさぐられていた。何処で覚えてきた知識なのか知らないが、マークはご丁寧に両手首を拘束してくれた。結び方が甘いのでちょっと頑張れば解くことができそうだ。もっとも一之瀬は早々に抵抗を放棄して、マークの好きにさせてやろうと決めたのだが。
マークは一之瀬の寝巻きの前を開けると全身に音を立てて口づけ始めた。吸い付く唇の他に、肌をくすぐる巻き髪の感触がこそばゆい。胸の突起を口に含まれて吸われると背筋がぞくっと震えた。
豊富ではないが受け身の経験も一之瀬にはある。そのことはマークに教えていないから、こんなに必死に愛撫してくれるのだろう。
そんな風に一之瀬が考えているうちに、たっぷりと潤滑油を塗り付けられた後孔に、マークの指先がめり込んだ。
「…ん、う…っ…」
久しぶりに味わう異物感に一之瀬の肌が粟立った。指程度の太さの挿入に痛みは伴わないが、どんなに丁寧にされても最初は慣れない。恐らく自分には受け身の才能がないのだろうと思う。固く閉じた後孔を根気よく解されて広げられてから、一之瀬の身体はようやく男を受け入れられるようになる。
幸いマークの頭には、病み上がりの一之瀬と無理矢理繋がるつもりはないようだ。お説教だと言ったけれど結局マークは優しい。体内に埋まった指がゆっくりと粘膜をかき混ぜる。そこにある微弱な快感を拾って一之瀬の性器も反応しだす。
「カズヤ?気持ちいい…?」
一之瀬の反応を窺うエメラルドの瞳は不安げに揺れている。誰かを攻めたことなどないマークは、普段自分がされていることを、見よう見まねで一之瀬に施しているに過ぎない。自分ではきちんとできているのかわからなくて困っているのだろう。一之瀬は曖昧に頷いた。
はっきり言って一之瀬は後ろの刺激だけでは、いつまでも高まることができない。攻めることに関しては初心者のマークの拙い愛撫ならば尚更だ。達せないままだと一之瀬が辛いし、わざわざマークを落ち込ませるのも嫌だから、一之瀬はお願いする振りをして提案した。
「んー…できたら前も弄って欲しいな…」
「…こう?」
マークの手が一之瀬の肉棒を掴んだ。半勃ちのそれをローションの付いた手で扱かれると気持ちがいい。マークは一之瀬の様子を窺いながら、緩急を付けて性器を刺激する。手コキとフェラチオに関しては、一から一之瀬が仕込んだので、マークのテクニックはなかなかだ。
触ったら触っただけ反応を見せる性器に、マークもやりがいを見い出した。裏筋や雁首など一之瀬の好きな場所を集中して擦ると、マークの手の中で肉棒はますます逞しく育つ。
思わず疼いた後孔をマークは慌てて誤魔化した。愛しい男に抱かれることの快楽を知っている身体は、目の前の猛々しい熱に貫かれたいと望んでいる。しかし今日は欲しがっては駄目だと、マークは自分自身に言い聞かせた。これは一之瀬に対する説教なのだから、今日は自分が一之瀬を抱かねばならないのだ。
マークは自分が以前されて気持ち良かったことを、そのまま真似して一之瀬を愛撫する。自分ほど一之瀬は後ろで快感を得ないようだから、絶対に気持ちの良い前と合わせて後ろを解していく。きついながらも二本目を何とか入れることができた。
「ぁ、は…マーク…っ」
濡れた鈴口を指でしつこくこね回すと、一之瀬が良さそうな声を上げるので、マークも嬉しくなった。もっと気持ち良くしてあげたくなる。そう思ったマークは、反り立つ性器を口に含んだ。つるつるした亀頭を舌で舐め回して、唇で雁首を締め付ける。張り詰めた幹を上下に擦りながら、緩んだ後孔に指を出し入れする。内壁をぐるりと掻き回すと一之瀬の下肢がびくりと震えた。
「く…あぁ…はっ…」
「カズヤ…いい?」
「うん、上手だよマーク…」
「…よかった」
今度は根元まで全て口内に頬張る。一之瀬が丁寧に教えてくれたお陰で、マークは嘔吐かずにスムーズに、喉奥まで男根をくわえ込めるようになった。熱い肉の塊を口腔全体で締め付けて、舌をねっとりと絡めながら扱き上げる。勃起した一之瀬の性器の先端からは先走りが溢れ出し、マークは一滴も零さないように丁寧に舐め取った。
「マーク…そろそろ出そうなんだけど」
入院生活で溜まっていた一之瀬は、マークの巧みな愛撫と視覚からの興奮で、早くも限界を感じていた。そのことを伝えられたマークは勃起を半分ほどくわえて舐めながら、脈打つ棹を強めに扱き始めた。
それはマークの口の中に射精して良いというサインだった。端正な顔を恍惚の色に染めてマークは肉棒に奉仕している。
「う…っ…マーク…!」
柔らかな舌が窪みにねじ込まれる刺激で、一之瀬は呆気なく昇りつめた。しばらく抜いていないせいで普段より濃い精液を、マークの口内に大量に吐き出す。
「ごめんマーク、大丈夫か?」
口元を押さえたマークは頷いてはいるが、涙目でとても大丈夫そうには見えない。吐き出してもいいよと一之瀬は教えているのに、マークが言うことを聞いた試しはない。マークはいつも口内に出された白濁を苦戦しながら飲み込んでいく。
精液を嚥下するマークの苦しそうな表情に煽られて、達したばかりの一之瀬の下肢に熱が戻ってくる。マークを抱きたい。一之瀬は喉を鳴らしたが、意外と頑固なところのあるマークは、一度言ったことは必ずやり遂げる男だ。今日はマークが一之瀬を抱くのだ。
指はいつの間にか後ろから抜けていたが、これから更に太くて長いものを突っ込まれるのだと思うと、恐ろしくはないが緊張した。何せ相手はマークである。いつも抱いて可愛がっているマークに、今から一之瀬は貫かれるのだ。
マークは一之瀬の脚を担ぎ上げて、後孔を晒すような体勢を取らせた。いよいよマークに抱かれると、柄にもなく一之瀬は身構える。受け身に回ることにやぶさかではないが、果たしてマークにできるのだろうかと、母親のような気持ちすら芽生えて困った。
「マークって童貞だよね」
「それがどうした」
「俺でいいの?男だよ」
特別美しくも可愛らしくもない、何処からどう見ても普通の男でしかない自分を相手に、マークは童貞を捨てて良いのかと。そんな思いを込めて一之瀬はマークの美貌を見つめた。
マークはきっとその気になれば、世界中の女性を虜にできるような男だ。そんなマークをこれ以上誑かすような真似をして良いものかと、柄にもなく一之瀬は躊躇っていた。なんとなく、この一線を越えてしまったら、今度こそ一之瀬はマークを手放せなくなるような気がしたのだ。
「カズヤらしくない質問だな」
大きな瞳を瞬かせて、今日会って初めてマークが笑った。マークは身を乗り出して一之瀬に覆い被さる。意外と広い手のひらが一之瀬の顔を包み込んだ。
「オレのバージンを奪ったのは誰か、忘れたなんて言わせないぞ。オレは全部カズヤに捧げたいんだ…カズヤがいいんだ。カズヤしかいないんだ…」
マークの乱暴なキスに応えながら、一之瀬は眩暈がするようだった。目の前に目を閉じたマークの長い睫毛がある。こういうときのマークはまるで、おとぎ話の中に出てくる王子様みたいだと思う。こんなに美しい男に全身で愛されて、一之瀬は幸せで目が眩みそうになる。
「カズヤ…いい?」
口づけの荒々しさとは打って変わって、子犬のような態度で強請るマークに笑みが零れる。好きな男の懇願を拒絶する理由は一之瀬にない。
「うん、マーク…きて…っと、その前に」
一之瀬は一纏めに括られたままの手首をマークの前に差し出した。不格好ながらもしぶとく絡みつく結び目がある。
「頼むからこれは外してくれよ…マークにしがみ付きたいんだ…」
マークは満面の笑顔を浮かべて、その結び目を解いた。
久しぶりの挿入はよく慣らしてもらったとはいえ、案の定きつかったし苦しかった。力の抜き方を忘れた身体は、押し入る異物を全身で拒もうとする。早い話がマークの一物を受け入れた尻の穴が痛くて仕方ない。
「うう…マーク…いたい…っ」
涙声で訴えてマークに挿入を止めてもらい、質量が身体に馴染むのを待つ。そのままではいつまでも先に進めないとわかっていたので、一之瀬は挿入の痛みに萎えた性器を自ら扱いて緊張を解いていった。前で快楽を得られたら、後ろの激痛も和らいでくる。後孔の苦しさから逃れるために、一之瀬は自慰に夢中になった。
「はぁ…ああ…マーク…あっ…」
「か、カズヤ…!」
「あっ、マーク…だめ、うぁ…!」
しかし初めての挿入でただでさえ頭が沸騰しているところへ、一之瀬の淫らな自慰など見せられて、マークが平静を保てるはずがない。一之瀬の言い付けを破ってマークは腰を動かした。思わず性器が根元まで入ってしまって、一息に貫かれた一之瀬が声にならない声を上げる。
「…くぅ…うっ…いきなり、深い…っ」
「ご、ごめん!カズヤ…!」
「ひっ!あっ、うぁ…ああっ…」
悲鳴を聞いたマークが慌てて腰を引いたので、内壁をずるりと擦り上げられた一之瀬は、ますますおかしな声で鳴く羽目になった。
童貞だから仕方ないのかも知れないが、この調子では身体が保ちそうにない。一之瀬はただでさえ病み上がりで体力が落ちているのに、このままの流れだと確実に最後まで付き合えない。
「ま、待てよマーク…っ」
一之瀬は暴れるマークの身体を抱き締めて、逸る背中をよしよしと宥めた。
「マーク…ちょっと落ち着けよ…」
「うぅ…ごめん……」
「ゆっくり、動いてくれたら…平気だから…」
「うん…っ」
一之瀬に諭されたマークは、今度は極めて緩やかに抜き差しを始めた。マークと繋がった部分からじんわりとした快楽が生まれる。温かいような熱いような何かが腹部に溜まる感覚が心地よい。
「ん…あ…はぁっ…あ…」
「あっ…カズヤ…ぁ…」
「いいよマーク…その調子…」
後ろの刺激だけでは一之瀬は極められないが、マークが達せるように断続的に後孔を締めてやる。律動の合間に肉棒を絞られるマークは、甘い声で喘ぎながら一之瀬を突いた。
「カズヤぁ…ああっ…はぁっ…!」
「はぁ…ぁ…マーク……っあ…」
一之瀬は目を閉じてマークが与える熱を感受した。必死になって愛されていると思った。今までは自分が愛する側だと思ってマークを大切にしてきたけれど、それは思い込みだったようだ。
マークも自分と同じように一之瀬を愛そうとしているし、言葉では表し切れない熱い想いを胸に秘めている。そう気が付くと心が満たされていく気がした。同じくらい愛して愛されている。これほど幸せなことはないのではないかと思う。
だからこそ一之瀬は申し訳ない気持ちの中に在った。マークの友情と愛情を裏切るようなことをしてしまった――。
そのとき一之瀬の頬に水滴が落ちた。マークの汗かとも思ったがそれにしては量が多い。しかも後から後から雨のように降ってくる。
「カズヤ…」
一之瀬は目を見開いた。ぽたぽたと降り注ぐそれはマークの涙だった。エメラルドグリーンの瞳から溢れた雫が、一之瀬の顔を濡らしている。
こんな風に感情を露わにして泣くマークを見るのは初めてで、一之瀬は言葉を失くした。悔しいほど綺麗な涙から目を離せない。間近にあるマークの泣き顔を呆然と見上げる。
「…カズヤは馬鹿だ」
一之瀬を抱いたままマークが呟いた。
「いつも一人で抱え込んで、オレたちには何も言ってくれない…オレたちはそんなに頼りないか?」
マークは今回の件を言っているのだとすぐにわかった。一之瀬は事故の後遺症のことを土門以外には打ち明けなかった。マークの言う理由で黙っていたのではないと、一之瀬は首を横に振る。
「違う、チームに迷惑を掛けたくなかったんだ…これは俺の我が儘だから」
「迷惑の代わりに心配を掛けたら意味がない!」
激高するマークの気持ちが痛いほど分かったから、一之瀬は何も言えなかった。激情が収まらないマークは一之瀬の腰を抱えると、ギリギリまで性器を引き抜いて、勢いよく深く突き入れて揺さぶった。
「ひ!あ、ぁあっ…や…マーク…ぁあっ!」
突然の衝撃に跳ね上がる身体を抱き締めて、マークは一之瀬を荒々しく蹂躙する。二人が繋がったところからは卑猥な水音が溢れ、腰と腰がぶつかる激しい音が病室に響いた。
マークは一之瀬の性器に手を伸ばして、半勃ちのそれを乱暴に扱いた。後ろを犯されながら前を弄られて、一之瀬は訳がわからなくなるくらい感じてしまう。
「もしも何も知らないまま、お前を試合に出し続けていたらと思うと、ぞっとする…オレたちがどれだけ心配をして、後悔したと思ってるんだ…!」
それでもマークの説教だけはしっかり頭に入ってきた。マークがどれだけ自分を思ってくれているのかも、痛いほど理解できた。
「ん、ぁあ…マーク…ごめ……あ…っ」
「もう二度と隠し事はするな。オレたちは仲間なんだ…そしてオレはカズヤの恋人なんだ…!」
「あっ!ひ…ぁっ…マーク…はぁあっ…!」
極まったマークが体内深くで達するのと同時に、一之瀬もまたマークの手の中に白濁を吐き出した。
絶頂を終えたマークの身体が一之瀬に覆い被さる。一之瀬はその背中に腕を回して抱き締めた。耳元でマークの懇願を聞く。
「愛してるカズヤ…もう何処にも行くな、オレに黙っていなくならないでくれ…」
マークの説教は大変効いた。肉体的にも精神的にも、一之瀬は大いに反省した。こんなにも自分を思ってくれる恋人を泣かせてはならない。
「ああ…神に誓うよ…」
指切りの代わりに塩辛い唇に口づけて、一之瀬はマークに約束したのだった。