「カズヤから手紙が届いた」と。
日本からのエアメールを息を切らして持ってくるマークは本当に律儀で残酷だ。目の前にディランがいるのに蒼い瞳は封筒の宛名に釘付けで、期待と少しの不安に揺れている。
そんなに早く見たいのなら自分に構わず一人で開けて見たらいい。と、ディランはいつも思うのだが、マークの頭には二人で見るという選択肢しかないのだろう。
マークは何かしらの感慨を自分と共有したくて(或いは慰めを無意識に欲して)、未開封のまま手紙を持ってくるのだろうから、ディランは彼の気の良い友人を装って「本当かい?早く開けてみようよ!」と明るく促す振りをした。道化ならば慣れている。
「ああ!そうだな…」
顔を火照らすマークはポケットから銀のペーパーナイフを取り出すと、内容物を傷つけてしまわないように慎重に封を裂いていった。こんな代わり映えのしない入れ物なんて、適当に手で破ったって構わないのに、マークはそれを良しとしない。まるでこの紙切れが恋人の分身であるかのように大切に取り扱う。マークの部屋の机の引き出しには同じ差出人からの同じ封筒が、美しい切り口を残したまま沢山眠っているのだろう。想像するに忌々しい話だ。
こんにちは、マーク。
オレは今東京にいるよ。今日とてもいい天気だ。ニューヨークはどうだい?
君にお土産があるんだ。オレが住んでる街の写真だよ。
オレはこっちで元気にやってるから大丈夫。
マークも元気で。ディランにもよろしくな。
一之瀬一哉
いつもより封筒が厚いと思ったのは、同封されていた写真のためだった。
「これがカズヤのいる日本かぁ」
ニューヨークの都会育ちのマークには、日本の素朴な街並みが珍しい。一戸建てがひしめく住宅街や緑に溢れた河川敷、夕暮れ時の鉄塔などの写真を嬉々として見ていたのだが、最後の一枚で手が止まった。
その写真には一之瀬と土門と秋の他に、オレンジ色のバンダナをした見知らぬ少年が写っていて、四人で満面の笑みを浮かべていた。
バンダナの少年は揃いのジャージを着た一之瀬と肩を組み合っていて、如何にも気の置けない友という雰囲気だ。写真の裏側には『Mamoru Endou』と一之瀬の字で走り書きがされていた。
「エンドウマモル…誰だろう」
「日本のお友達かも知れないね」
「仲が良さそうだな…」
今はまだ会うことのできない笑顔に、マークが焦がれてやまないのがディランにもわかった。知らない土地で知らない人間と笑い合う一之瀬に、マークは嫉妬していた。
こんなに思っているのに会えなくて、手の届かない近況報告ばかり、机の引き出しに溜まっていく。寂しかった。今の彼の生活の中に自分がいない事実に、マークは唇を噛み締めた。
「カズヤはいつ帰ってくるんだろう」
――このアメリカに。マークの呟いた言葉には、一之瀬の母国は自国だと信じて疑わない響きが込められていた。
マークは馬鹿だとディランは思う。一之瀬一哉なんて名前を持っている奴に、自分と同じ基盤を求めようとするなんて。
「きっと、すぐさ。君が待っているんだもの」
俯くマークの頭をディランは撫でた。実のところそんな日は未来永劫来て欲しくない。ディランは一之瀬が嫌いだ。大切なものを全て奪っていくから。
あいつは死んだものだと思ったのに。土門も秋もいなくなって、やっと独り占めすることができたと思ったのに。
一生帰ってこなければいいのに。
渡さない。これは俺のものだ。
ありったけの嫉妬心を燃やしてみるものの、この不毛な関係において、ディランは一之瀬に勝てる気がしないのだった。
こんな薄い手紙ひとつで、何気ない写真ひとつで、マークの笑顔も涙も全て手にしてみせる男。一之瀬一哉。遠すぎる存在にディランは眩暈を覚えた。
(敵わないよ…カズヤ…)
ああなんてずるい男。