稲妻11 | ナノ


 少し遅れてパーティーに顔を出したエドガーは、会場を一望してすぐに自身が出遅れたことを把握した。白い正装を纏ったエドガーが現れても普段のように駆け寄ってくる乙女は一人もいない。それというのも見慣れない金髪の色男が、その場にいる女性の熱い視線を一身に集めていたからだ。
 ――常ならばエドガーの周りには、思い思いのドレスで着飾った年頃の女性たちが、自然と集まってくる。美しく愛らしい彼女たちと一時のお喋りを交わし合い、音楽が流れれば手を取り軽やかなダンスに興じる。それがパーティーにおけるエドガーの歓楽であり使命であった。
 しかし今夜はまるで駄目だ。女性たちの興味が独り占めされてしまっていて、後から来たエドガーが割って入る隙もない。女性のエスコートは自分の役目と決まっていたのに、これではすっかり形無しだ。
 パーティーの中心を面白くない気持ちで見ていたエドガーだが、そのふとした瞬間に件の色男と目が合った。先に目を逸らしたら負けのような気がしたので、エドガーはエメラルドグリーンの瞳と見つめ合う状態になる。そのままあちら側の出方を窺っていると、色男は群がる女性たちの元をやんわりと辞する素振りを見せて、エドガーの方へと歩いてきた。
「こんばんは」
「ああ…こんばんは」
 声変わりを終えた後の落ち着いたいい声をしていた。柔らかなブロンドの巻き毛といい、すっと通った鼻筋といい、間近で見れば見るほど容姿が整っている。非の打ち所が見当たらない伊達男ぶりに、エドガーは吐き気すら催した。こういう八方美人の二枚目は、エドガーはすべからく気に食わない質である。
 無論いけ好かないからといって、厭う素振りをおくびに出すようなエドガーではない。生まれ育った環境が環境であるから、慇懃な態度を繕うのはお手の物である。
「初めまして。マーク・クルーガーです、よろしく」
 爽やかに名乗られた名前には心当たりがあったので、礼儀を弁えてエドガーも名乗り返す。
「エドガー・バルチナスです…あなたのお噂はかねがね」
 にこやかな笑顔を取り繕ってお決まりの挨拶を交わす。エドガーに向かって差し出された手のひらは清潔で美しく、その卒の無さが却ってエドガーを苛立たせた。何でもない振りをしてエドガーはマークの手を握る。握手を交わす瞬間に見せるさり気ない微笑みが、また色男めいて腹立たしい。
 ――顔を合わせるのは今夜が初めてだったが、マーク・クルーガーの名前は以前から頻繁に耳にしていた。マークはアメリカのさる資産家の一人息子で、エドガーと同い年であり、かつ優秀なサッカープレイヤーとしても名を馳せる少年だ。
 実際のプレイを見たことはないが、スーツの上からでもわかる均整の取れた身体付きが、マークが相当の身体能力を有していることをエドガーに感知させた。
「…あなたもサッカーを嗜むそうですね。一度お手合わせしてみたいものです」
「ああ、それはいい。是非オレも君と試合をしてみたいよ」
 当たり障りのない社交辞令を二、三言交わして。エドガーは一刻も早くこの虫唾の走る男との会話を終わらせたかったのだが、エドガーの心を知らないマークは嬉々として話し掛けてくる。
「そうだ。君に紹介したい人がいるんだよ…」
「…私に?」
「ああ、是非君に!」
 唐突な申し出にエドガーは戸惑ったが、こうも明るく勧められたら無碍にするわけにもいかない。社交界を上手く渡っていくには、愛想の良さと人脈作りが不可欠である。面倒臭いと内心で思いつつこれも付き合いと言い聞かせ、エドガーはマークの後を着いて行った。


 マークに連れられてエドガーがやって来たのは屋敷の裏手だった。明かりは灯っているものの、無人の部屋の窓が立ち並ぶ外壁と、深く生い茂る林に挟まれた、人気のない静かな場所である。
 先ほどまで二人がいたパーティーの喧騒が遠くに聞こえる。随分辺鄙な場所に来てしまったものだとエドガーは思った。
「こんなところに…誰がいるというんです?」
 訝しんで振り返ろうとしたところを、おもむろに背後から抱き締められた。突然の抱擁に驚いてエドガーは身を竦ませる。マークに力いっぱい抱き付かれていると理解すると、エドガーの顔に朱が走った。
「クルーガー…!?何をっ…」
「バルチナス…いや、エドガーと呼ばせてもらおうかな」
 耳元で一段と低く囁くマークの声に、エドガーの背筋に嫌な震えが走った。マークに謀られたのだとようやく気づく。
 エドガーの預かり知らぬところで、エドガーひいてはバルチナス家に恨みを抱く輩は多い。もしかしたらマークもその内の一人なのかも知れない。
 エドガーは己の行動の軽率さを悔やんだ。虫も殺さぬような優しげな容姿をしているから油断したが、つい先ほど顔を合わせたばかりの人間に安易に付いて行くなんて、慎重なエドガーにしては愚かすぎた。
 宵も更けてパーティーはちょうど盛り上がる頃で、エドガー一人の不在に誰が気づくだろうか。こんな人気のない場所で一体何をされるのだろう。幾つもの良くない想像がエドガーの頭を瞬時に過ぎった。
「エクスカリバーを使うイギリスの騎士…まさかこんなに美しいひとだなんて」
 マークは自身の身体と館の壁との間にエドガーを押さえ付けて、前と後ろから動きを封じた。背丈はエドガーの方が勝っているが、マークの力の込め方が上手いのか、エドガーはしがみつく身体をまるで振り払えない。エドガーの抵抗をしっかりと抑えながら、マークの手のひらがエドガーの身体のラインをなぞり始めた。
「……っ…!」
 エドガーは白皙の顔をかっと赤く染めた。まるで婦女子を手込めにするときのような手つきに、自分が揶揄われているのだと思ったエドガーは激昂した。英国紳士としての誇り高いエドガーにとって、自らが女子供扱いされるのは何にも勝る侮辱である。
 先ほど握手をしたときに見た小綺麗な手が、自分の身体を這い回っていると思うと、身の毛がよだつ思いがする。
「やめろ…この、無礼者っ!」
「しっ…大声を出すと見つかるよ?」
 マークの忠告にエドガーは口を噤んだ。中庭で行われているパーティーは盛り上がっている最中とはいえ、エドガーたちがいるのは館の裏側である。誰がふらりと迷い込むとも知れない状況なのは確かだった。背後から男に抱き付かれ、身動きが取れなくなっている情けない姿など、誰にも見られたくはない。
「くっ…愚劣な…!」
 エドガーは声を潜めて背後を陣取るマークを罵った。しかしマークが怯む様子はない。なにしろ主導権はマークが握っているのである。
 エドガーはあっという間にジャケットを脱がされ、ネクタイを解かれてしまった。使っているのは右手だけなのにも関わらず、マークは器用にエドガーの着衣を乱していく。その上解かれたネクタイで両手を一纏めに拘束されてしまい、不自由さにエドガーは本能的な怯えを感じ始めていた。
「乱暴なのは好きじゃないんだけど…両手で君を愛したいから、ね?」
 何が愛したいからだ、とマークの戯れ言を罵倒してやりたいのに、唇が震えて上手く言葉にできない。マークの両手がエドガーの身体を弄った。
 マークはエドガーのシャツのボタンを全て外し、もう片方の手でベルトを解いた。下着ごとズボンを降ろしてエドガーの尻を露出させる。下半身が外気に晒される激しい恥辱にエドガーは歯を食いしばった。

 ――このときまでエドガーは、マークは単に自分を辱めたいのだと思っていた。野外で自分を全裸にひん剥き、質の悪い嫌がらせをしたいのだと思っていた。
 だがエドガーの推測は甘かった。エドガーの形の良い臀部を、マークの手が這い始める。エドガーは青ざめた。マークのしている行為が信じられなかった。
「き、貴様っ!何をする…!」
 思わず背後を振り向いたエドガーは、自分を見つめるマークの瞳の獰猛さに言葉を失くした。そこにいるのは最早パーティーで女性の視線を独り占めにする優男ではない。仕留めた獲物を貪ろうと目を光らせる、餓えた一匹の獣だった。
 ――犯される…。
 婦女子でもない自分が男に手込めにされるなんて、俄かには信じ難い事態だったが、もうそれ以外考えられなかった。マークが自分を性的に辱めようとしている。自分が置かれた状況を明確に自覚したエドガーは、陵辱への危疑に震恐した。
 肉の手触りを楽しむように臀部を揉み立てていた手が、エドガーの尻のあわいに這わされた。秘すべき窄まりの上辺を指で軽く撫でられて、生理的な嫌悪感にエドガーの喉が引きつった。
「ひっ!あ…やっ…やめ…!」
「…もしかして処女なのか?」
「…あ、当たり前だ!そんなところ…っあ!」
 後孔を摩っていたマークの指先がエドガーの体内にめり込んだ。顔色を失うエドガーの耳元でマークが愉しげに笑う。
「ははっ、嬉しいな…オレが君の初めての男になれるのか」
「嫌だっ、やめろ…ううっ…クルーガー…!」
「クルーガーなんて他人行儀だな…ファーストネームで呼んでくれよ」
 細くて長いマークの指がエドガーの未開の後孔を犯していく。排泄器官に指を差し込まれる不快感は、エドガーにとって耐え難いものだった。無遠慮に体内を掻き回す指の感触が気持ちが悪くて仕方ない。身体から異物を今すぐ抜いて欲しいのに、覆い被さる身体を振り払いたいと思うのに、手足の何処にも力が入らない。壁に縋り付くので精一杯になる。
「やだ、いやだ…っ…はなせ…うぁ、あっ…」
 せめて口だけでもと拒絶の言葉を並べて抗ってみるが、マークの動きはやむことがない。誰も触れたことのない場所を徹底的に暴かれる。マークの唾液に濡れた指を二本三本と差し込まれて、ばらばらに動かされて内部を拡張された。初めてもたらされた感覚に思考が付いていかず、エドガーは身を強ばらせて震えていた。

 湿り気を与えて丹念に広げる内にエドガーの蕾は三本の指を難なく銜えられるようになった。指の出し入れが滑らかにできるようになり、不本意ながら違和感も薄れてきたところで、マークの指は引き抜かれた。
「最初は痛いけど我慢してくれよ…すぐに良くしてあげるから」
 出て行った指の代わりに丸くてつるつるした塊が、窄まりの上に押し当てられる。滑る先端の正体を悟ったエドガーは、声にならない声を上げて身を捩った。それだけは許してはならないと抵抗したが徒労だった。
「やっ、それだけは…ぁ…ああああっ!!」
 小さな入り口をこじ開けて、エドガーの後孔にマークの先端が押し入った。狭い隘路をぐりぐりと掻き分けて進む熱の圧迫感に、エドガーは長い髪を振り乱して泣き叫んだ。中に入っているのはほんの先端だけだというのに、腹の中に鉛の錘を沈められたように苦しい。
 人としての尊厳すら散らされたエドガーは目の前が真っ暗になった。
「ぃあっ、あぁ!いやだ…苦しい…抜いてくれ…っ」
 エドガーがどんなに懇願を連ねようとマークが行為をやめる様子はない。マークはエドガーの腰を押さえ付けて、侵入を拒む蕾の中へいきり立つ肉棒を押し入んでいく。
 有り得ないところを割り開かれる未知の感覚と、男としての矜持を奪われた絶望に、エドガーの精神は恐慌状態に陥っていた。身体が真っ二つに引き裂かれるような痛みが全身を貫き、見開いた瞳からは涙がとめどなく流れ落ちる。開きっぱなしの唇から堪え切れない嗚咽がひっきりなしに溢れた。
 いっそ死んでしまいたいと思うほどの屈辱的な仕打ちに、エドガーの自尊心は粉々に砕かれた。
「ふぅうっ…うぁ…いたい…っ…ううっ…」
「力を抜いてエドガー…入らないよ…」
「やぁ…むりぃ、ぬいてっ…おねがい…」
 子供のような泣き言を連ねてエドガーは涙した。高ぶる怒張をくわえた後孔は裂けそうなほど痛いのに、マークは腰を進めてくる。エドガーが息を吐くと締め付けが多少緩むらしく、また少し深く肉棒を挿入される。
 じわじわと犯されるこの時間が、エドガーには気が遠くなるようなほど長い時間に感じられた。二人の額に汗が滲む頃に、マークはようやく最後まで、エドガーの中に猛りを収め切ることができた。

「ほら、全部入ったよ…」
 エドガーに結合を強く意識させるため、根元まで突き入れたままマークは腰を揺すった。体内の奥深いところを亀頭がえぐり、エドガーが痛々しい悲鳴を上げる。エドガーの両膝はがくがくと不安定に震えていて、立っているのもやっとの状態だった。
「君の中はとても気持ちいいよ…もう動くね…」
「うっ、えっ…や…ああ…いやっ…」
 マークが性器を抜き差しする度に、耐え難い嘔吐感がエドガーの喉元近くまで込み上げる。腹の中に何か入れていたら吐いていたに違いない。直腸に外部からの異物を受け入れている違和感だけでなく、男の肉棒に貫かれて犯されているという揺るぎない事実が、エドガーを精神的に追い詰めていた。

「…うっ…あ…うぁ、あ…くう…っ」
 苦しそうな呻き声ばかりを上げて、一向に快楽を見出せないエドガーを見かねたマークは、両脚の間に垂れ下がるエドガーの性器を握り締めた。
 こんな風に力なくうなだれたままでは気持ち良くなれるはずがない。マークは腰を動かすのを一旦やめて、エドガーの萎えた肉棒を揉みしだいた。親指と人差し指で輪を作り、芯の緩く通ったそれを刺激してやる。
 手淫の効果は覿面だった。初めての挿入のショックで蒼白としていたエドガーの頬に、うっすらとした赤みが戻ってくる。尻に銜えた肉棒はそのままに、エドガーは性器に与えられる快楽を素直に享受し、全身の緊張を解いていく。
「…あ…はぁ…あぁん…」
 媚びるような甘い声を漏らすエドガーに、マークも興奮を隠せない。今や手のひらに余るほど成長した一物を可愛がりながら、マークも律動を再開する。エドガーに苦痛を与えないよう慎重に腰を引いて、マークは今度は内壁のある部分を集中的に責め立てた。
「なっ…あ…っ?ひあっ…はっ、あん!」
 マークに腹側の襞を擦られたエドガーは、今までとは明らかに違う未知の感覚に腰を跳ねさせた。張り出た雁首でそこを引っ掻かれると、電流が走ったように下半身が甘く痺れた。
「や、なにこれ…ぁ…あぁっ…!」
「前立腺っていうんだよ。ここを擦られたら気持ちいいだろう?」
「やぁっ、ふぁあ…っ、んああっ!」
 射精の快感とはまた異なる強烈な気持ち良さに、エドガーは嬌声を抑えられなかった。エドガーの砲身はマークの手の中で先走りの液を溢れさせている。後孔を暴かれる違和感はもうなかった。敏感な粘膜を擦られる初めての悦びだけがあった。
「はぁ!あっ…やぁん…っ…あーっ」
 エドガーが崩れ落ちてしまわないよう、震える腰をしっかりと支えながら、マークは後孔を穿ち続けた。初物だというエドガーの中は処女らしく締め付けがキツく、貫くマークも何度も持っていかれそうになる。突き入れた肉棒が溶けそうなほどエドガーの体内は熱い。抜き差しの度にたまらない快感がマークを満たした。
「ああ…エドガー…可愛いよ」
 長い髪を振り乱して悶える表情も扇情的でいい。こんなに淫らでいやらしい人が、よくもここまで純潔でいられたものだと思う。処女でいてくれて幸運だった。エドガーの初めての男は自分なのだと思うと、湧き上がる喜びにマークの胸は震えた。
「エドガー、名前を呼んでくれないか?」
 エドガーの背中を抱き締めてマークは懇願する。
「ふあっ…あっ、マーク…んぁ…マーク…あ…っ」
 言われたとおりエドガーはマークの名前を呼び続けた。舌っ足らずな発音はまるで快楽を強請っている風にも聞こえて、マークの情欲を過剰に煽った。
「マーク…ぁあ…マークぅ…はぁ…あっ…」
「…あぁ…愛してるよ、エドガー…ッ」
 マークはエドガーを振り向かせると、顎を捉えて濡れた唇に口付けた。エドガーの柔らかな唇を貪りながら、繋いだ腰を動かし、反り立った前を強く扱いてやる。エドガーの肉筒が蠢いてマークの肉棒を包み込む。二人とも限界が近かった。
「はぁっ、あ、マーク…あぁっ…!」
「…受け止めてくれ、エドガー…!」
 エドガーの身体を強く掻き抱き、その身体に刻み付けるようにマークは多量の熱を解き放つ。エドガーもまた内壁を濡らす精液の感覚に打ち震え、マークの手のひらに濃い白濁を吐き出した。

「ああ…やっと手に入れた…」
 花は手折ってなお美しい。気を遣ったエドガーの白い首筋にキスマークを残して、マークは幸せそうに微笑んだ。

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