稲妻11 | ナノ


「最近僕たちのセックスって、マンネリ化してないかい?」
 シーツの中で裸の腕に抱き締めたアフロディが、身が凍り付くようなことを言う。事後の甘やかな雰囲気を打ち砕く問い掛けに、源田は返す言葉を無くした。アフロディは尚も続ける。
「触って舐めて挿れて出して…気持ちいいけど変化がないよ。僕はもっと変化のあるセックスがしたい」
 それはつまり、今さっき終えたばかりの行為に不満があるということか。アフロディが言うように、触って舐めて挿れて出して、気持ちよくなって満たされた源田にとっては、青天の霹靂ともいうべき恋人の本音だった。
 自分にとっては満足でも、相手にとっては不満足だった。アフロディにマンネリされていた。俺が一番最悪なパターンじゃないか、と源田は自己嫌悪に陥った。男としてこんなに不甲斐ないことはない。

「変化って…具体的にはどういう」
「うーん」
 アフロディは首を捻り少し考えてから、閃いたと言わんばかりに明るい顔で提案した。
「たとえば、君が受けになるとか」
「却下!」
 源田は光の速さで提案を棄却した。
「なんで?」
「なんでって…そういうことは考えられない」
「男に足を開くのは有り得ないって?」
「そうじゃない!そうじゃないんだが…」
 アフロディは綺麗で可愛いからいい。色が白くてしなやかな肢体は、男に見せても十分に劣情を煽れる魅力を持っている。そういう想像の対象にも十分なり得る愛らしさがアフロディにはある。
 それに比べて自分はどうだ。図体がでかくて顔も厳つく目付きも鋭く、お世辞にも可愛いとは言い難い。男臭くて色気に欠ける自分を抱いても楽しくないだろうし、大体受け身に回る自分の姿は、違和感がありすぎて想像できない。
 しかも受け身の自分を抱いているのはアフロディである。天使のように愛らしい恋人に幻想を抱いている源田としては、むしろこちらの姿の方を想像したくない。
 人間が想像できることは全て人間が実現できることだという。ならば想像できないことは、実現不可能であることの現れではないのか。
 真っ向から提案を拒否されたアフロディは、あひるのように唇を尖らせて拗ねた。
「乳首舐められて感じるくせに」
「そ、それは言うな!」
 確かに源田はアフロディからの愛撫の一環で、胸の突起を舐められて変な声を上げてしまうことがある。だがそれとこれとは話が別だ。ペッティングとセックスを一緒にされては困る。
「源田くん、受け身の素質あると思うけどな」
「いい。知りたくない」
「モノは試しというだろう?」
 抱き締める腕から猫のように抜け出たアフロディは、目にも止まらぬ手の早さで、源田の両手首をベッドの背もたれに括り付けて拘束しまった。あまりの早業に驚いた源田は目を見開き、すぐに我に返って藻掻き出した。
「こ、こら!アフロディ!外せ!」
「力では君に勝てないからね…我慢してね」
 一体どのような結び方をしたのか、力いっぱい引っ張っても両手の拘束はびくともしない。アフロディは満足そうな表情で、焦る源田を見詰めている。
 すっかり油断したと源田は臍を噛んだ。今や源田が自由にできるのは、僅かに口と足だけである。だが元より口で看破できる相手ではなく、大切な恋人であるアフロディを蹴飛ばせるはずもなく、源田は結局されるがままになってしまう。
 二人を包んでいたシーツを捲れば、一糸纏わぬ身体が現れる。普段は自分を激しく抱く均整の取れた肉体を前に、アフロディは湧き上がる欲求を抑えることができない。源田の抵抗がないのをいいことに、アフロディは整った顔中に口づけた。
 首筋、鎖骨、胸、腹筋…と順にキスを落としながら下りた唇が、最後に辿り着いたのは股間だった。男らしく繁った陰毛の中から性器を摘み上げて、アフロディは舌舐めずりをした。源田の一物はそれは立派なものなのだ。
「ふふ…今は萎えてるけど、すぐに元気になるよね」
 勃たせるという明確な意図をもって扱くと、萎えたそこに熱が集まってくる。先程のセックスで、既に数回達している性器の反応は緩やかだが、それなりの刺激を与えれば若い性欲は従順に首をもたげてくる。こう素直だとグロテスクなはずの性器も、可愛く思えるから不思議だ。
「源田くん、いただきます」
「くぅ…ん…う…」
 源田の下半身の元気な反応に気を良くしたアフロディは、半勃ちの先端にむしゃぶりついた。張り詰めた幹を手で扱きながら、亀頭と雁首を舌でたっぷり舐め回す。分泌される先走りを、絡めた唾液ごと吸い取る。すっかり芯の通った肉棒は、アフロディの手に余るほど硬く成長した。
 この行為が好きなアフロディはいくらでも舐めていられるのだが、今回は新しい愛撫を源田に試さなくてはならない。がちがちの性器から口を離したアフロディは、源田の両脚を抱え上げて、それを身体の方へ押し付けた。
「こっちも舐めてあげるね…」
「え?あぁ、やめ…っ、あぁっ!」
 あっという間に源田にとって信じられない状況ができていた。源田の臀部に顔を埋めたアフロディが、その谷間に舌を這わせている。有り得ないところに感じる濡れた粘膜の感触は、排泄器官を舐められているのだと、源田に強く意識させる。
 自分ですら行ったことのない行為を、アフロディにされている。赤ん坊がおむつを交換されるときのような、足を広げたはしたない格好で…。
「…く…うぅ…、う…っ」
 嫌悪以外の呻き声を上げ始めた源田の反応を窺うように、尖らせた舌先が後孔をつんつんと突いた。頑なに閉じたそこを広げるべく、唾液をたっぷり塗り込めて、アフロディは丁寧に愛撫した。
 何度も濡らして皺を伸ばす内に、下肢の緊張が和らいで、入り口も柔らかく解れてくる。小さく口を開いたところに舌を挿入して、浅い内壁をほじっていく。
「やっ…はあ…あっ…!」
 源田は明らかにアフロディの愛撫に感じていた。脚を大胆に返されて、人間にとって最も秘すべき場所を暴かれる。恐らく羞恥にも反応してしまう気質だったのだろう。初めてでこんなにいい声を上げられるのだから大したものだ。
「…そろそろ平気かな」
「ん…ぁ…うぁ…っ」
 離れた舌よりも固い異物が、蕾に埋め込まれたのがわかる。体内に入り込んだそれがアフロディの指だと自覚すると、激しい羞恥にかっと身体が熱くなった。砂糖菓子のように美しい指に、後孔を犯されるという倒錯的な状態に、源田の理性はねじ切れる寸前まで追い込まれた。
「やぁ、あ…うぅ…っ…」
「キツいな…初めてだものね」
 アフロディの人差し指は、未通の内壁を傷つけないように、慎重に中を探っていく。狭い場所だがさほどの太さもない指は、異物を除こうと動く肉襞を掻き分けて、とうとう根元まで差し込まれた。
 熱い粘膜の中で何とはなしに指を揺らしながら、アフロディは源田の様子を窺った。源田は顔を真っ赤にして恥じらっていたが、アフロディのすることから目が離せないようだった。
 アフロディはほくそ笑む。やはり源田には素質がある。
「初めてのアナルはどう?源田くん」
「変な…感じだっ…」
「…これならどうかな?」
「ぁアっ…!?」
 アフロディの指が腹側のある一点を掠めると、津波のような怒涛の性感が源田を襲った。
「ひっ、やぁ、なにっ…?」
 射精に伴う気持ち良さとは種類が違う、溢れ出て反響してまた染み込んでいくような、初めて味わう感覚。奈落の底に突き落とされるような底無しの悦びが、源田の精神を容赦なく冒していく。
「前立腺だよ。君もいつも虐めてくれるだろう?」
「ふあっ…んっ、あぁ…んああっ」
「気持ちいいよね…頭が真っ白になるくらい」
 指の腹で前立腺をマッサージするようにこね回す。この動きがどれだけ暴力的な快感を生み出すのか、アフロディは身をもってよく知っていた。男なら誰しも腰を砕かずにいられない性感は、初めて味わう源田にとっては堪らない激しさに違いない。
 とろけた表情で喘ぐ源田には、普段の凛々しさは欠片も残っていない。触れてもいない性器は完全に勃ち上がり、だらだらと涎のように先走りを溢れさせている。
 あまりにもだらしなくてはしたない。壮絶な色気を放つ源田の姿に、アフロディも思わず息を飲んだ。
「前立腺、気持ちいいね?初めてだけど、後ろだけでもイけるかな…?」
「やぁ…ぁ、はぁっ、うあっ!」
 このまま源田に肉穴調教をしたらどうなるだろうと。広がり切った後孔に男の怒漲を受け入れ締め付けて、身も世もなく喘ぐ源田の姿を想像するとわくわくした。愛しいひとを自身の肉でよがらせたいと思うのは、雄の本能だろう。
 でもそれはまたいつかのお楽しみに取っておこう。後孔で充分感じられるまでに開発したら、そのときは――。
 アフロディの唇が弓なりに歪んだ。
「はぁ、あっ、アフロディ…んあああっ!」
 そうして源田は挿入こそされなかったものの、アフロディの指一本に翻弄されて、前立腺による初の絶頂を味わってしまったのだった。


「も…もうお婿に行けない…」
「僕が嫁ぐから安心しなよ」




 おわり

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