稲妻11 | ナノ


 ※帝国寮設定



「源田くんの部屋に行きたいな」

 何度目かわからないアフロディのおねだりに、源田は煮え切らない溜め息をついた。睫毛のはっきりした真紅の瞳を瞬かせて甘えるアフロディは、どんな願いでも叶えてやりたくなるほど可愛らしいのだが、要望に応えたいと思っても源田はいつも頷けない。源田にはアフロディを部屋に呼びたくても、呼べない理由があるのだ。
「散らかっていても僕は気にしないよ」
「俺の部屋は綺麗だ、そうじゃない…」

 ――源田の通う帝国学園は全寮制である。鬼道のように自宅から通学している者も中にはいるが、それは特別に認められた例外の話、源田は大多数の生徒と同じく寮生活を送っている。源田の実家は首都圏外にあり、寮に入るのは合理性の上からも当然の帰結であった。
 そして帝国学園の学生寮は規律が非常に厳しいのである。本校舎さながら要塞のような造りをした学生寮は、部外者の立ち入りと時間外及び無許可の入退出を、決して許さないシステムになっている。また鍛え抜かれた精鋭の寮主たちが常に目を光らせているから、彼らに捕まればジ・エンドである。
 寮主の部屋の奥には仕置き部屋があるとかないとか。事の真偽は別として恐ろしい噂が幾つも出回っている上、地獄の門番とすら呼び沙汰される寮主たちの管理能力はお墨付きである。
 なので他校生のアフロディは、寮に足を踏み入れることすら難しいのである。また首尾良く入れたとしても、寮主に立ち入りが見つかったら、寮生の源田は勿論アフロディ自身にも処分が下るだろう。
 そのリスク思うと、源田はとても自分の部屋にアフロディを呼ぼうとは思えないのである。

「そこまで来たいものなのか?」
「だってするのは、いつも僕の家かホテルじゃないか…彼氏の部屋でお泊まりエッチって憧れるんだよ」
「……」
 かく言う今も、二人は行きつけのラブホテルの一室にいた。両親が不在のときはアフロディの家で、両親が在宅のときはホテルでするのが習慣だった。自分の方から場所を提供できないことに、源田としては申し訳なさもある。
「それに、源田くんの部屋にも興味あるし」
「…エロ本もAVもないぞ」
「なんだ残念。普段どんなので抜いてるのか知りたいのに」
 アフロディの明け透けな言い方に源田は言葉もない。彼氏の所有するそういうアイテムに対して怒る彼女がいるらしいが、逆にアフロディは楽しんでしまう気がした。
「そんなことを知ってどうする…」
「次にエッチするときの参考にする」
 冗談なのかセクハラなのか向上心があるのか、判断に困るところだ。


 そんなやり取りがあった次のデートのときに、源田はアフロディに宣言した。
「今日は俺の部屋に連れて行ってやる」
「えっ?どういう風の吹き回しだい?」
 思ってもみない突然の誘いに、アフロディは喜ぶよりも先に驚いた。常日頃から源田の部屋を訪れたいと口にしていたものの、話に聞く寮の管理の様子では、連れて行ってはもらえないだろうと諦め掛けていたからだ。
 それでも部屋に入れてくれるなら嬉しい。厳重な管理を潜り抜ける妙案が浮かんだのだろうと、アフロディは期待を込めた目で源田を見つめた。源田は手に提げていた紙袋をアフロディに差し出した。
「取り敢えず、これに着替えてくれるか?」
「これは…制服じゃないか。どうしたんだい?」
 源田に渡された紙袋に入っていたのは、帝国学園の制服一式だった。しかし源田の身につけているものよりずっと小さい。
「借りたんだ。綺麗に着るんだぞ」
 アフロディに合わせたサイズのその制服は、何を隠そうあの佐久間から、直々に借り受けたものである。


 ――アフロディを寮内に入れるためにはどうしたら良いか。あの日アフロディと別れた後、源田は真面目に考えた。
 アフロディは見た目がああだから、私服だと学生証(更には性別)を確認される可能性が高い。そうなったら終わりなので、まずは服装をどうにかしようと考えた。真っ先に制服が思い浮かんだ。
 制服ならば服装自体が帝国の生徒、ひいては寮生であるという証明になるので、受付の検問に引っ掛かる可能性が、格段に低くなるのである。これなら寮主に怪しまれず寮内に入れることができる。
 そのことに気がついた源田は、早速制服を用意することにした。自分のものではあまりにもサイズが合わないので、アフロディと体格が似ている佐久間の制服を借りて、着せようと考えた。
「予備の制服を貸して欲しい」と頼んだ源田は、最初その使用用途を勘違いして理解した佐久間に、ゴミを見るような冷たい目で睨まれたりした。
「死ねよ変態」
「違う!使うのは俺じゃなくて、アフロディなんだ」
 蔑みの視線を容赦なく浴びせる佐久間に、作戦のことを一から丁寧に説明すると、アフロディにやたらと懐いている佐久間は「俺の部屋にも遊びに来させろ」「絶対に汚さず返せ」など幾つかの条件を源田に課したが、快く制服を貸し出してくれた。
 持つべきものは友である。

「着てみたけどどうかな?変なところはあるかい?」
 帝国の制服に着替えて出てきたアフロディを一目見るなり、源田は言葉を無くしてしまった。
「源田くん?」
「…いや、大丈夫だ。」
 佐久間から借りた制服は案の定アフロディにサイズがぴったりだった。丈も裾も丁度良い。
 アフロディの制服姿というと世宇子中の白い学ラン姿しか見たことのなかった源田には、自分が普段着ているのと同じ帝国学園の制服を身に纏うアフロディは、目新しく映る。新鮮味に溢れたその姿に思わず見惚れてしまったのだ。
「よく似合うぞ、アフロディ」
「そうかい?ありがとう」
 純白に金色の縁取りが高貴な世宇子の制服も似合うけれど、深緑と臙脂の色合いが禁欲的な雰囲気を醸し出す帝国の制服も、意外とアフロディに馴染んで似合う。
 重厚な色彩には肌の白さや艶やかな髪の輝きを際立たせて見せる効果があった。アフロディは私服でも濃い色や暗い色の服をあまり着ないので、これは新たな発見だった。
「本当に…よく似合う…」
 普段滅多に着ないような服を着ているというのはいい。源田はそういう性癖は持っていないつもりだったが、コスプレに萌える奴らの気持ちは少しわかる気がした。


 二人は帝国学生寮の前にきた。二人と同じ制服姿の生徒がぞろぞろと帰寮する時間帯を狙って、何食わぬ顔でアフロディを連れて入る。受付では寮主が生徒の様子を観察していたので源田はヒヤヒヤしていたが、アフロディの実に堂々とした態度のお陰で呼び止められずに済んだ。まずは入寮成功である。
 恐ろしい噂ばかりがある寮主室の前をそそくさと通り過ぎ、開いていたエレベーターに飛び乗る。4階の角部屋が源田の部屋だった。

「ここだ」
「源田くんのお部屋、お邪魔します」
 アフロディは革靴を揃えて脱ぐと、跳ねるように部屋を物色し始めた。1LDKの間取りでは見るところも相当限られるのだが構わないらしい。
 何の変哲もない戸棚や冷蔵庫や靴箱を開けては、キャッキャと子供のようにはしゃいでいる。ベッドの下も勿論覗いていた。予想以上の喜び様だ。しかしあまり騒がれてもまずい。角部屋という好条件とはいえ、もう片側には誰かが住んでいるわけで。
「思ったより広いんだね。ベランダもあるし…あっ!トイレはユニットバス付きだ。すごい!一人暮らしのアパートみたい」
「あんまりはしゃぐなよ、隣には…」
 源田が注意し終わる前に、ドアがガンガンと叩かれた。
「おい源田!お前誰連れ込んでんだよ!」
「……」
「…誰?」
「隣の部屋の辺見だ」
 源田は重い腰を上げるとドアを開けた。隣の部屋の住人であり同級生であり、チームメイトでもある辺見渡の姿があった。何故だかひどく息切れしている。
「うるさいぞ辺見」
「お前の部屋から女の声がする」
「お邪魔してます」
「うお!金髪美少女!じゃなくてお前は!世宇子のアフロディ…なんでうちの制服着てるんだ?」
「源田くんの部屋に遊びに来たんだよ」
「よく入れたな…だから制服…」
「わかったなら部屋に帰れ」
 ひとまず納得した辺見はすごすご隣室へ引っ込んだ。何故あのアフロディが源田の部屋に遊びに来ているのか。辺見がその疑問に気がつくのは部屋に戻ってからの話である。

 首尾良く辺見を撃退した源田はとても大切なことを思い出した。
「佐久間に挨拶をしに行くぞ」
「そうだね、制服のお礼を言わないとね」
 お礼というかそれが制服貸与の条件だったとは敢えて告げず、源田はアフロディを連れて佐久間の部屋に向かった。辺見の部屋ほど近くはないが、同じ階なのですぐに行ける。
「佐久間、俺だ。連れて来たぞ」
 ドアを叩くとすぐに佐久間が出てきた。源田の後ろで待つアフロディを見つけるなり、源田の身体をを押し退けてアフロディにぎゅうっと抱き付く。
「会いたかった!」
 まるで久方ぶりの恋人との再会である。花のような容姿をした二人が抱き締め合っている姿は可愛いが、可愛すぎてあんまり人には見せたくないというのが源田の本音である。
 源田は廊下で熱い抱擁をする二人を室内に引き込んで、冷静にドアを閉めた。
「アフロディ!上手く入り込めたんだな」
「佐久間くんの制服のお陰だよ。ありがとう」
「いいんだって。ゆっくりしていけよ」
 佐久間のアフロディ好きは顕在のようだ。源田には滅多に見せない屈託のない笑顔を、アフロディには惜しみなく振り撒いている。
 その厚遇具合と言ったら大したもので、お気に入りのふかふかしたペンギンの座布団に、アフロディを座るように促すほどだ。
「美味しい紅茶とクッキーがあるんだ。食べようぜ。源田!紅茶!」
「はいはい」
 佐久間にこき使われるのも慣れたもので、源田はいつもの戸棚から紅茶の葉が入った缶を取り出した。二人は仲良く制服写メなどを撮っている。

 そのまま佐久間の部屋で雑誌を読んだりゲームをして遊んだ三人だが、日もとっぷり暮れた頃、ふとした拍子に佐久間が尋ねた。
「アフロディは夕食どうするんだ?」
「ん?二人と一緒に頂くよ」
「おお、そりゃいい。今日はしょうが焼きだぞ」
「しょうが焼きは大好きだよ」
 二人の会話に不穏なものを源田は感じ取った。
「ちょっと待て。…食堂で食べるつもりか?」
「うん。折角ここまで来たんだし、ご馳走になろうかと」
「危険すぎ「大丈夫だって!俺が上手く手ぇ回すから」
 伊達に帝国の参謀を名乗っていない佐久間は、悪知恵を働かせることに関しても天下一品なのだった。危惧する源田に構わず作戦の算段に入っている。
「俺は知らないからな…!」


 そんな風なやり取りを経て、佐久間に作ってもらった偽の寮生証を首にぶら下げて、アフロディは嬉々として食堂へ向かった。いかにも見つかりそうなものだが、寮生よりも寮生らしい堂々とした振る舞いをして、尚且つキャラの濃い帝国サッカー部の面々と一緒にいたら、案外に怪しまれないものである。
 アフロディよりも源田の方がはらはらとして落ち着かなかったが、機転の働く佐久間や成神辺りが色々根回ししてくれたらしく、結局バレなかった。アフロディは無事夕食にありついたのだ。
 このとき佐久間は、寮主が週に一度の会議に出席していて寮内にいないのを見越して、アフロディを連れて来たのだと後に知れるが、このときの心労は源田に重くのし掛かった。可愛い顔をして怖いもの知らずの二人はよく似ていて、無邪気な横暴でいつも源田を振り回しているのだ。


 夕食後、佐久間や他のサッカー部メンバーとは食堂で別れて、二人は源田の部屋に戻っていた。
「しょうが焼き美味しかったね」
「…俺は肝が冷えたぞ」
 ベッドに上半身を突っ伏しながら、疲労し切った声音で源田が呟く。生きた心地がまるでしない、地獄のような食事の時間だった。
 心配する方に気を取られた源田は夕食の味など覚えているはずもない。大胆すぎるのも困りものだと思って溜め息をついていると、不意に服の袖をちょいと引かれた。
「アフロディ?」
 期待を込めた深紅の瞳が源田を覗き込んでいる。うずうずしているアフロディに対し良くない予感しかしない。




 夜編に続く

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