稲妻11 | ナノ


 源田くんが救急車で緊急搬送されて現在手術中だという。

 その連絡を受けた僕は頭が真っ白になるほど動揺してしまって、居合わせたチームメイトに多大な心配を掛けたのだが、直後に「ちなみに盲腸」という追加のメールが届いて、みんなで胸を撫で下ろしたというわけだ。
 まったく佐久間くんの連絡の入れ方は人騒がせである。

 盲腸なら大事はないでしょう、と部内で一番博識のアテナが言うので安心した。命に別状がないならいい。後で電話を入れておこう。勿論お見舞いには必ず行きたいのだが、さていつ行ったら良いだろう?
 僕と源田くんは微妙な中距離恋愛をしている。今から病院に向かったところで、到着する頃には日はとっぷり暮れてしまうし、病院の面会時間も終了してしまうのが目に見えている。

「盲腸というのは普通、何日くらい入院するものなのかな?」
「手術したんでしたら、1週間程でしょうね」
「1週間か…」
 今日は月曜日。僕は今週のカレンダーを頭の中に思い浮かべた。金曜日までの平日は部活と学校で埋まっているから、彼が入院している病院まで行くのは物理的に不可能だ。
 その代わり今週の土曜日は半日授業で部活もない。その後に具合を見に行ってあげるのが僕にも彼にも都合がいい気がする。
「お前、結構薄情だな…」
 病身の恋人をすぐに訪おうとしない僕をヘラがなじった。薄情者呼ばわりされるのが心外だったので、即座に反論させてもらう。
「失礼な。僕はこう見えて、情に厚いんだよ」
 見舞い客も少なくなり、退院も近い土曜日の冗長な午後に、恋人の僕が遠路遥々会いに行く…美しいシチュエーションではないか。そう僕は主張したが、ヘラには一向にわかってもらえなかった。

 そして待ちに待った土曜日。放課になると同時に僕は世宇子中を後にして、電車を乗り継いで稲妻町へと向かった。源田くんの入院する稲妻総合病院には、僕も以前お世話になったことがあるので、駅から迷わず辿り着くことができた。
 あらかじめ教えてもらっていた病室の前まで行き、源田幸次郎の名札を確認して扉を叩く。
「源田くん、僕だよ。入るよ」
 彼の病室なのは間違いないので、遠慮はせずに引き戸を開ける。白い清潔そうな小部屋の窓際、ベッドの上に身を起こした源田くんは、笑顔で僕を歓迎してくれた。
「遠い所からよく来てくれたな」
「このくらいなんてことない距離さ」
 ヘラたちに持たされたお見舞い品のフルーツバスケット(カゴの中身の半分がバナナだ)を胸に抱えて、僕は彼に示されるままベッド脇の椅子に腰かけた。こうやって誰かのお見舞いに来るのは初めての経験だったりする。恋人との久々の再会場所が病院なのはちょっとどうかと思うが、やっぱり直接会えるのは嬉しい。

 盲腸の手術をしたというが、ちょっと見る限り源田くんの顔色はいつもどおりで、体調も良いようだ。しかし病院のパジャマ姿でベッドにいるのを見ると、やっぱり入院患者なんだなぁと思い知らされる。
 こういうときは何と声を掛けるのだったか。
「えーと、お悔やみ申し上げます?」
「いや、俺は死んでないからな?」
 首を傾げて源田くんは苦笑した。僕の挨拶は間違いだったようだ。
「何か違ったかい?まぁいいや、君が元気そうで安心したよ」
 最初の連絡をもらったときは本当に肝を冷やしたから、源田くんの無事な姿を確認して僕はほっとしている。
「もう身体は大丈夫なんだ。明日の夕方には退院できるそうだ」
「それは良かった」
 心の底からそう述べて、僕は例のバスケットを彼の前に差し出した。僕たちくらいの年齢には花より団子だろうと、チームメイトが用意してくれたものだ。
「これは世宇子サッカー部からのお見舞い品。もう退院するなら早い内に食べて欲しいな。リンゴでも剥こうか?それともバナナ?」
「…リンゴで頼む」
「了解」
 流石にここでバナナはないか。不動くんではないし。僕は赤く熟れたリンゴの表面に、持参した果物ナイフの刃を当てた。

「殊の外、手先が器用なんだな」
「それは褒めているのかな?貶しているのかな?」
「褒めているんだ。上手いじゃないか」
 リンゴの皮を剥いていく僕の手つきを、心底感心したように源田くんが褒めるので、そういえば彼に僕が料理(というほどでもないが)をしているのを見せるのは初めてだ、ということに思い当たる。
 腕を披露する機会がないから知らなかったのだと思うが、家庭科の成績は優秀なのだ。皮に耳の形の切り込みを入れて作ったウサギさんリンゴを、できた順から一匹二匹と皿に並べる。
 我ながら綺麗に作ることができた。かわいいなと表情を綻ばせては、子供のように喜ぶ源田くんが可愛い。僕はウサギさんリンゴを手に取って、彼の口元へ持っていく。
「源田くん、あーん」
「…なんだか照れるな」
「誰も見てないから良いだろう?」
 結局彼は照れながらも、リンゴ丸々一個分のウサギを僕の手から残さず食べてくれた。二人きりだからできる甘い行為に室内の雰囲気が和んでいく。
「大サービスだな」
「うん。君が元気でいてくれて嬉しいんだ」
「たかだか盲腸だぞ?」
「たかだかって…ねぇ僕、これでもとても心配したんだよ」
 源田くんの言い方が気になった僕は、布団の上に出ていた彼の手に僕のそれを重ねた。ちゃんと温かい。これを手離すことになったらと思うと背筋がぞっとする。
「君が倒れたと聞いて、平静ではいられなかった。命に別状が無くて本当に良かった」
 彼を失うかもしれないという絶望的な感覚を、僕は電話を受けたときに味わった。大丈夫だと判ったときの安心感も。彼という人の不可欠さを思い知る。僕は源田くんを愛しているのだ。
「ああ…心配掛けて悪かったな」
「ううん、いいんだよ」
 君が無事でいてくれたから、それでいいのだ。そう言うと、彼は頭を撫でてくれた。
「見舞い、来てくれてありがとう。愛してる…アフロディ」
「うん、僕もだよ…」
 見つめ合ったままどちらからともなく唇が重なった。しっとりと触れ合う皮膚の感触が優しい。啄むように繰り返し口づけて、久しぶりのキスに夢中になる。
 舌先を突つき合わせて更に深いキスを求め合おう…としたところで、源田くんの動きが止まった。
「…どうしたの…?」
 彼は信じられないものを見るような目で僕を見ていた。
「…お前、何してるんだ」
「何って、源田くんの性欲処「こら!」
 源田くんの鋭い叱責が室内に響いた。彼が声を荒げるのは珍しい。
 僕は手を源田くんの布団の中に差し入れていた。布団の下ではズボンを脱がそうとする僕の手と、それを阻止しようとする彼の手が、熾烈な攻防戦を繰り広げている。

「アフロディ!ここは病室だぞ!?」
「うん、二人っきりの密室だね?」
「そういう問題じゃなくてだな…!」
 源田くんは頭を抱えてしまった。僕は何も間違ったことは言っていない。一人用の個室には恋人同士の僕と源田くんがいて、色気はないが強度の保証されたベッドが備わっている。据え膳だらけで恥ずかしがる要素は何処にもない。
「一応俺は病人だぞ…」
「だから僕が全部してあげるよ」
「お前は病人にも欲情するのか」
「それは源田くんだからだよ…それに病人だって溜まるものは溜まるでしょ?」
 源田くんは寝ているだけでいい。何も僕はセックスをしようと言っているわけではないのだ。入院生活で溜まっているだろう源田くんの若い性欲を、気持ちよく発散させてあげたいだけだ。
 恋人の僕にしかできないお見舞い法を考えたらこれしかないと、月曜日からずっとイメージトレーニングしていたことだった。

「ちょっ、待てっ…アフロディ…!」
「恥ずかしがないで…ほら、僕に任せて」
 源田くんの抵抗を上手くいなして、僕は彼の下着の中に手を入れることに成功した。彼の口から小さく悲鳴があがる。無遠慮に股間をまさぐると、有るべきものがない、すっきりとした感触が手のひらに触れた。
「わっ、すごい。本当にない!」
 盲腸の手術がどんなものか、僕はみんなから聞いていたのだが、何でも邪魔な毛は剃り落とされてしまうそうではないか。噂に違わず源田くんの陰毛はすっかり綺麗になくなっている。
「下の毛は剃られるって本当なんだね」
「…本当に勘弁してくれ…」
「でもちょっと生えてるね、じょりじょりしてる」
「お前はデリカシーというものを身につけろ!」
 下腹部の状態を実況すればするほど、赤くなる源田くんは新鮮で可愛い。もともと純粋なひとだけれど、恥じ入る姿はますます初心に見える。生えかけの陰毛を触られるのはむず痒いのか、彼はそわそわと脚を擦り合わせている。
 しかし肝心の性器はというと、僕に掴まれてもふにゃりと柔らかいままだった。
「んん?まだ全然勃ってないじゃないか」
「こんな状況で勃つか…!」
「もう…仕方ないなぁ…」
「こらっ!あっ、やめろ…ううっ…!」
 源田くんのいいところは僕が一番良く知っている。触り甲斐のある太股を擦りながらもう片手でぐにぐにと股間を揉み込めば、若い性器はすぐに兆しを見せ始めた。刺激に対する反応は普段よりずっと良くて早い。やはり相当溜め込んでいるようだ。
 茂みがなくてむき出しの肌を撫でながら、僕は彼の勃起を指で擦り上げた。僕の施す手淫に彼は素直に感じ入ってくれる。
「すぐ固くなったね…こっちも元気そうで良かったよ」
「くっ…い、うなっ…あ!」
 本当はこの邪魔な布団を捲ってズボンと下着を剥いで、子供みたいにつるんとしているであろう股間(とそこに似つかわしくない立派な一物)を、じっくり眺めてみたい。しかしそんな場所を見られたら、男としての彼の自尊心は粉々になってしまうだろう。
 彼を傷つけず愛撫する良い方法はないものか…と考えた僕は、素晴らしい名案を思い付いた。

「これなら見えないから安心してね」
 僕はおもむろに布団の中に顔を突っ込んだ。薄暗くて視覚が利かないが、手にした性器の位置はわかる。入院だなんてむさ苦しい生活を送っている最中だから、もう少し汗臭かったりするものかなと思っていたけれど、源田くんのそこはなかなかどうして清潔だった。匂いも殆んどしないそこを、躊躇うことなく口に含んで愛撫を加えていく。
「んーっ…っ…んんっ…」
 源田くんの反応の良し悪しは性器からでしか判断できないのだが、僕の口内を満たすそこは何よりも雄弁に性感の高まりを物語っていた。反り立つ性器が膨張する度に、彼が僕のフェラチオに感じてくれていることがわかる。
 それが嬉しくて、僕はもっと夢中になって彼自身を舐めた。口だけではなく手も使って精がたっぷり詰まっている陰嚢を揉む。張りつめて重たげなそこを転がすように刺激しながら、口腔いっぱいに膨張を迎え入れて、無理矢理射精を促すように強い力で吸い上げた。
「んっ…ふ…ぅ…んんっ!」
 下腹部がびくびくと跳ねたと同時に、熱い飛沫が喉の奥に叩き付けられる。久しぶりだったせいか随分と長い吐精になった。
 全部出切ったのを確認してから、僕は口内に溜めた精液を、溢さないように飲み込んだ。普段よりずっと濃い雄の味に恍惚とした悦びを覚える。
 本当はこのまま最後まで致してしまいたいけれど…。僕にも常識というものは備わっている。激しい運動をしたせいで、手術したばかりの源田くんの傷が開いたら大変だ。
 僕はもう少し触れ合いたいのを堪えて、唾液と精液で汚れた性器を舐めて綺麗にしてから、彼の下着の中にしまい直した。

「…ふはぁ、暑かった」
 潜っていた布団から顔を出して深呼吸する。新鮮な空気が冷たくて気持ちいい。乱れた布団を整えながら、肝心の源田くんの様子を窺うと、彼はまだ心ここに有らずという感じで、暫くぶりの射精の余韻に震えていた。
「そんなに気持ちが良かったかい?」
 僕はベッドに乗り上げて彼に擦り寄った。源田くんは火照った顔を俯かせて答えてくれない。僕はそれを照れているのだと解釈し、リンゴみたいに赤い頬に口付けた。


「退院したら、最後までしようね」

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