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 夜な夜なバダップは同じ夢を見る。どうやら眠りが浅いのか、近頃とみに見るようになった。

 夢の内容はいつも他愛ない。目映い光の洪水の中で、差し出された手の平をバダップが握るだけ。利き腕同士で握手を交わす。
 タコとマメが潰れて皮膚が硬質化した無骨な手。荒れた見た目に反してその手触りは優しい。握り返されたときの力強さに驚いて顔を上げると、バダップに向かって満面の笑みが掲げられている。

「バダップ!」

 まるで賛歌でも歌うかのように名前を呼ばれた。遍く天を照らす太陽のような笑顔だった。バダップの全てを包み込むような温かな手の平だった。胸を揺さ振られたような気がした。
 長年の緊張状態に強張った心が解されていくのがわかる。惜しみ無い優しさと秘められた勇ましさに絆されて溶かされる。今までに味わったことのない開放感は、戸惑いと悦びをバダップに齎した。
 不思議な心持ちだった。今まで生きてきた中で、こんなにも穏やかな気持ちになったことはない。握り締めた手の平の温かさだけが鮮明で、ああこれが満たされるということなのかと、バダップは感激に心を震わせていた。


 しかしながら、それらは夢なのである。
 元となる記憶から派生した夢物語に過ぎない。

 バダップを導いた温かな手の平の持ち主は、現在から八十年も昔に生きたひとで、今では既に故人となっている。もう会えないひと。不在の事実が今更重く伸し掛かる。
 過去に飛んだあの時、最後に一度だけ向き合えたとき、差し出された手をバダップは握ることができなかった。そのことが戻って来てからも尚、小骨のように心に刺さって、ちくちくとバダップを苛み続けている。
 バダップは叫びたがる胸をぎゅっと押さえた。苦しくて苦しくて堪らない。朝毎に迫る焦燥の正体はわかっていた。

 もしも。もしもあの時、あの手を取ることができたなら。
 温もりを感じることができていたなら。
 こんな夢を繰り返し見ることはないのだろう。
 もしも、もしも…。

 仮定のばかり考えても詮無いだけである。過去への扉は閉ざされてしまった。
 望みが叶わなかった今、自分はあの時の幻影に一生囚われて生きるのだろうと、朝の光の中でバダップは絶望した。


 この思いは永遠に満たされない。


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