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クローゼットの中から有りっ丈の服を引っ張り出して鏡の前で1人ファッションショーをし始めてどれぐらいの時間が経っただろうか。名前はいまだに鏡の中の自分と睨めっこを続けていた。
デートの前日はいつもそうだ。どんな服を着て行ったら可愛いとか綺麗とか、プラスの方向に思ってもらえるだろうか。そればかりを考える。そしていつも、行き着く答えはひとつ。松川は何を着て行っても、可愛いね、と笑いながら言ってくるに違いないのだ。
名前は自分の容姿が、どんなに頑張っても中の上か、あるいはそれ以下であるということを自覚している。決して自惚れているわけではない。けれども年下の彼氏である松川が自惚れさせるようなことばかり言ってくるものだから、それが逆にプレッシャーになっていたりもした。
見た目は完全に松川の方が年上に見える。それは初対面の時から変わらないのだから今更だ。けれど名前は付き合いを続けていればいるほど、見た目だけでなく内面も松川の方が随分と大人びていると思わずにはいられなかった。
恋愛において年上とか年下とか関係ない、と。松川は言う。自分もそうだと思う。思うけれど、やはり気にしてしまうのだ。もう少し大人っぽく、落ち着いた女性になって、松川の隣を堂々と歩けるようになりたい。名前は自分が思っている以上に松川に溺れていた。


「これにしようかな…」


悩みに悩んで決めたのは、今年の流行りだという綺麗めのワンピース。お店で買おうかどうか迷っていた時に店員さんから似合うと煽てられて勢いで購入したものの、なんとなく着る自信がなくて箪笥の肥やしになっていたものだ。店員さんの、似合う、という言葉が営業用のお世辞だということは分かっている。だからこそ自信がなくて着ていなかったのだけれど、松川は何と言うだろうか。
翌日のデートに備えて入念にお肌のケアをして早めに布団に潜り込んだ名前は、期待と不安に胸を膨らませながら眠りについたのだった。


◇ ◇ ◇



「えっ…今からですか…?」
「そう。名字さんしか頼める人いなくて…でも用事があるなら無理にとは言わないから…」
「私が行かなかったら…ヤバい、ですよね…」
「まあね…」


デートに行く準備はバッチリ整っていた。少し早めだけれど、あと30分ぐらいしたら家を出ようかな。髪をくるりと巻いて化粧も気合いを入れて例のワンピースを身に纏って、鏡の前で最終チェック。そんな時にバイト先からかかってきた電話は、今からバイトに出てもらえないかという社員さんからのものだった。
体調不良や身内の不幸など、そんなに重なることってある?と不審に思ってしまうほどバイトメンバーに欠員が出て、特にホールがてんやわんやになっているらしい。名前は今まで、こういう時に快くバイトに出ていた。どうせ暇を持て余しているか、用事が入っていたとしても軽く断れる程度の約束だったりして、バイトに出勤することの方が優先度が高かったからだ。
けれども今回はどうだろう。名前にとって初めてのケースだった。部活で忙しい松川とのデートはそんなに頻繁にできるものではない。今日のデートだって、1週間前から楽しみにしていたのだ。けれど、バイト先の状況が状況だけに、ここで行けないと返事をするのは胸が痛い。どうしよう。携帯を握り締めたまま悩むこと数秒。


「…分かりました。急いで行きます」
「ほんと!?助かる〜!ありがとう!」
「いえ…ではまた…」


良いことをしたはずだ。間違ったとは思わない。けれど、後悔していないと言えば嘘になる。名前は溜息を吐きながらも急いで家を出て、バイト先に向かいながら松川に連絡をした。
急にバイトに出ないといけなくなったから今日の予定はキャンセルさせてほしい。ごめんなさい。簡潔にそれだけの内容を送信して、携帯を鞄の中に仕舞う。
バイト先に着いてからは、着替えを光速で済ませて忙しいホールをひたすら駆けずり回った。お昼の忙しい時間帯、今頃本当だったら自分は松川と一緒にランチタイムを楽しんでいたのにな…と、名前の頭の中に余計な考えが思い浮かぶ。けれども、そんな考えは忙しさの中に紛れて消えていった。


「今日は本当にありがとう!今度何か奢るから!」
「いえ、なんとか回って良かったです」
「今更だけど何か予定あったんじゃないの?大丈夫?」
「大丈夫ですよ。それじゃあ…お先に失礼します」


どうにかこうにか落ち着き、昼前に働き始めてから数時間が経過して空が暗くなってきた頃。漸くバイトを終えることができた名前は、携帯をチェックしながら裏口から店を出た。松川から何かしらの返事が来ているだろうとは思っていたけれど、まともに休憩を取ることもできなかったのでチェックするのがこんな時間になってしまった。


何時にバイト終わるの?


その文面は名前がメッセージを送った数分後に来たもので、当然のことながら今返事をしても遅すぎる。やってしまった、と。激しい後悔と絶望感に襲われる名前だったが、とりあえず今終わったと連絡してみよう。愛想を尽かされてしまったかもしれないけれど、それならそれで仕方がない。…と、潔く諦められはしないとしても、きちんと謝らなければ。
携帯に視線を落としたまま、通い慣れた道を歩く。と、歩き始めてすぐに人にぶつかった。慌てて、すみません、と謝って歩き出そうとした名前の前に、なぜか再び立ちはだかる人。一体どういうつもりだ、と携帯から顔を上げて、名前の動きが止まる。


「一静、くん、」
「ちゃんと前見て歩かないと危ないよ。変な奴とぶつかって絡まれたりしたらどうすんの」
「なんで…」
「なんでって。デートの約束してたでしょ」


さも当たり前かのようにそう言ってのけた松川は、夜ご飯まだだよね?と、マイペースに話を続ける。名前はまだ状況が上手く飲み込めず放心状態だ。
名前は確かにバイト前、松川にデートのキャンセルを連絡した。松川からも、何時にバイトが終わるのかという連絡がきていたから、メッセージを見ていないというわけでも、内容を理解していないというわけでもないだろう。にもかかわらず、松川は今からデートですよね?という雰囲気で話を進めている。これは一体どういうことだ。


「デート…ドタキャンしちゃったのに怒ってないの?」
「バイト、どうしても出なきゃいけなかったんでしょ。名前さん何も悪くないのに怒るのおかしいじゃん」
「そうだけど…」
「今から夜ご飯デート行くし。良いよね?」
「…うん!」


名前の中のぐちゃぐちゃとした気持ちが松川の言葉でほろほろと解けていく。するりと流れるように手を繋ぐのは、もはやいつものこと。
バイトが何時までかも分からないのにいつから待っていたのか気にはなったけれど、名前は敢えて尋ねなかった。松川のことだから上手にはぐらかすに違いないと思ったからだ。


「その服、可愛いね。似合ってる」
「またそういうことさらっと言う…」
「本当のことだから」
「はいはい、ありがとう。一静君は相変わらずカッコいいですね」
「わざとらしいなあ」
「本当に思ってるよ」
「名字さん、嘘吐くの下手だもんね」


はは、と笑う松川につられて名前も笑う。バイト終わりで、綺麗に巻いていた髪の毛はボサボサになってしまったし、化粧もすっかり落ちてしまっている。服だけが綺麗なままで逆に浮いているような気もするけれど、松川はそんな名前の心配や不安をいつも簡単に払拭するのだ。
何食べたい?何でも良いよ。名前さん優柔不断。一静君となら何食べても美味しいから。言うようになったね。これでも一静君よりお姉さんですから。へぇ…そういうこと言うんだ?
繋いだ手は離さずに、行き先も定かではないままゆったりと歩く。今日はまだ終わらない。
お伽話は王子様の魔法から

これで高校生だから松川一静こわい。