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名前は、その団体を一目見た時から嫌な予感がしていた。そしてその嫌な予感は見事的中。ゆえに、名前は今、厄介なお客さん達を目の前に、引き攣った笑顔を見せているわけである。


◇ ◇ ◇



日曜日の夜。名前はいつものファミレスでバイトに励んでいた。本日のシフトは夜の10時まで。時計を見るとちょうど8時を回ったところなので、あと2時間弱で終わりである。日曜日の夜は土曜日の夜に比べて落ち着いているとは言え、やはりお客さんの数が多い。忙しいと時間が経つのは早く感じるが、笑顔を作り続けなければならない接客業というのは、やはりストレスが溜まる。
名前も土日と働き詰めだったため、さすがに疲れが溜まっていた。しかし、あともう少しで終わる。そう思って自らを奮い立たせた時、またもやお客さんが来たことを知らせるチャイムが鳴った。愛想よく笑顔で出入り口へ向かうと、そこには見るからにガラの悪そうな男性3人組。所謂、ヤンキーとか、不良とか、そういった類の人間だろう。
ファミレスは、老若男女問わず親しみやすいことがウリのひとつだ。つまり、ヤンキーでも不良でも暴走族でも、入りやすい場所となっているわけである。実際、名前がバイトを始めてからも何回かそういうお客さんは来たことがあるのだけれど、直接接客するのは初めてだった。こういう日に限って店長は不在だし、頼りの社員さんも女性なのでお願いするのも気が引ける。名前は気を引き締めて、笑顔を崩さず席へと案内した。


「ご注文が決まりましたらそちらのベルを鳴らしてください。それでは…」
「オネーサンっていくつー?」
「高校生じゃん?」
「俺らとタメぐらい?」


ギャハハと下品な笑い声を上げながら話しかけてきた彼らに、大学生だし!と心の中で思いながらも、名前はそっとその場を後にする。あまりにもうるさかったり他のお客さんの迷惑になるようなら、注意しに行かなければならない。
名前はひとまず、女性の社員さんに要注意人物がいることだけを伝え、仕事に戻った。声は大きいものの、思っていたより騒いだりはしていない彼らを見て、名前はホッとする。このまま何事もなく帰ってくれますように。そう願ったのがいけなかったのか。注文された山盛りポテトをテーブルに持って行った時、名前はまたもや彼らに絡まれてしまった。


「今日って何時までですかー?」
「俺らと遊びません?」
「待ってるんでー」
「いえ…そういったことはちょっと…」


いくら失礼な態度とは言え、相手はお客さんだ。名前は彼らを刺激しないよう、遠回しに断る。しかし、彼らはそれに漬け込んで、更に詰め寄ってきた。


「いーじゃん、ちょっとぐらい」
「彼氏いるとかー?」
「まあそういうのは気にせずさー、楽しいことしよーよ」


と、いうわけで、冒頭に戻るわけである。


◇ ◇ ◇



それから運よく他のお客さんの会計に呼ばれ、なんとか彼らの元を離れることができた名前だったが、次に行ったらさすがにまずいような気がする。名前は女性社員さんにこっそり相談した。


「店長に連絡してみるね。名字さんはあそこのテーブル行かなくて良いから…」
「でも、そうなると他の子が…」


そう。今日のホールメンバーは全員女性だ。しかも名前の後輩ばかりである。厨房には男性も何人かいるが、いざという時にすぐ駆けつけられるかどうかは微妙なところだ。
自分より経験の浅い可愛い後輩達が彼らに困らされる姿が容易に想像できてしまった名前は、自分のことはさておき、後輩達を守らなければという使命感に駆られた。


「あの、私、大丈夫です。なんとか対応してみます」
「名字さん、待って」
「あのテーブルの料理、持って行って来ます」


名前は戦に向かう武士さながらの勇ましさで、欲張りフランクセットを彼らのテーブルに持って行った。勿論、彼らはいやらしくニヤニヤと笑いながら名前を見つめている。


「お待たせ致しました。ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」
「まだでーす」
「オネーサンも注文してるんでー」
「お持ち帰りお願いしまーす」


名前の1番近くに座っていた男性が、おどけながら名前の手を掴む。さすがに悪ふざけが過ぎるだろうと思い、なんとか振り払おうとする名前だったが、その手はなかなか離れてくれない。勇ましくここに来ておきながら、この状況はなんとも情けないと思ったが、そんなことよりどうにかしなければ。


「お客様、申し訳ありませんが私にはまだ仕事が残っておりますので、手を離していただけませんか?」
「嫌でーす」
「お持ち帰りさせてくれるなら離してあげても良いけどなー?」
「どーしますかー?」


これには名前も困り果ててしまった。女性社員さんは、恐らく店長に電話をしているのだろう。名前を心配そうに見つめる姿がちらりと見える。
こうなったら厨房にいる男性スタッフが助けに来てくれるのを待つしかない。手を掴まれたまま、名前が申し訳程度に抵抗を続けていた時だった。
突然、背後からにゅっと大きな手が伸びてきて、名前の手を掴む男の手を引き剥がした。随分と早いが男性スタッフが助けに来てくれたのかと思い、名前は振り向いてお礼を言いかけて動きを止める。そこにいたのが、男性スタッフではなく、松川だったからだ。


「嫌がってるから、やめてやって」
「…お前、なんだよ…」
「この店員さんの彼氏ですけど何か」


人一倍背が高く体格も良い松川の登場に、男性3人組はたじろいでいる。しかも堂々と名前の彼氏宣言までするものだから、彼らは口を噤まざるを得ない。
名前は嬉しいやら、恥ずかしいやら、そもそもなぜここに松川がいるのかという疑問やらでパニック状態だ。そんな中、松川は彼らに釘をさすように鋭い視線を送り続ける。


「お持ち帰りは俺が予約してるから諦めてもらっていいですかネ?」
「な、なんだよ…うぜーな!」
「帰ろうぜ」
「おう」
「名前さん、帰るって。お会計」
「え?あ、はい、」


運んできたばかりの料理には手を付けず、彼らは席を立つとさっさとお会計を済ませて帰って行った。途端、肩の力が抜けて、どっと疲労感が増す。
女性社員さんが松川にお礼を言っている姿を遠目に眺めていると、その松川と視線が合った。名前は自分もお礼を言おうと、ゆっくりそちらへ近付く。


「あ、名字さん。助けてくれたの、彼氏さんだったの?」
「え。あ、はい……」
「素敵な彼氏さんね」


どうやらお礼は言い終わったのか、女性社員さんは小さく微笑んでそれだけ言うと、厨房の方へ消えていった。残された名前と松川は、通路の真ん中で立ち尽くしている。
名前はとりあえず松川を空いている席に座らせると、先ほど助けてくれたお礼を言う。


「あの、さっきはありがとう。助かったよ」
「たまたま来たら名前さん絡まれてるからびっくりした。俺が来なかったらどうするつもりだったの?」
「まあ…厨房の男性スタッフの助けを待ってたかな…」


名前の返答に、松川は深く溜息を吐く。どうやら名前のあまりの危機感のなさに、呆れているようだ。


「名前さん、なんか危なっかしいから帰り送るね」
「え!いいよ!遅くなるし…」
「俺がよくない。アイツらにも、お持ち帰りするのは俺だって言っちゃったし」
「お、お持ち帰りって、」
「断れると思ってる?」
「……」


松川の有無を言わせぬ威圧感に負け、名前はお願いします、と言わざるを得なかった。


◇ ◇ ◇



夜10時過ぎ。やっとのことでバイトを終えた名前は店舗前で待つ松川のところへ急いだ。ただでさえ遅い時間まで待たせている上にこれから家まで送ってもらうのだ。少しでも早く家に帰らなければ、松川の帰る時間がどんどん遅くなってしまう。


「ごめん、待たせて。早く帰ろ」
「なんでそんなに急ぐの?」
「だって高校生の一静君をこんな時間まで出歩かせちゃ駄目だよね?」
「……ガキ扱いされたら俺だって怒るよ」
「え、一静く、」


店舗前で、少ないながらもまだ人だっているのに。松川は名前の唇に自分の唇を重ねると、名前の後頭部を支えながら長めのキスをした。


「っ、は…、一静、くん…、ここ、外だし、人、いるし…」
「うん。知ってる。わざとだから」
「な、」
「こんなことする男、誰も高校生だと思わないでしょ。今日私服だし」


だからゆっくり帰ろ。
そう言って何食わぬ顔で名前の手を取った松川は、言葉通りゆっくりと歩き出した。もはや名前に逆らう術など残されていない。繋がれた手以上に先ほど重ねられた唇の方が熱くて、名前は俯いたままだ。


「家、どっちか教えてくんないと分かんないんだけど」
「え、と、駅の方…」
「……じゃあ、こっちか」
「え?逆じゃない?」
「俺、ゆっくり帰ろって言ったよね?それとも、まだ急いで帰りたい?」
「…ううん」


いつもの帰り道とは逆方向。明らかに遠回りだと分かっているけれど、その分、一緒に歩ける時間が長くなる。名前は松川のそんな思いを汲み取って顔を綻ばせると、わざとゆっくり、歩き始めるのだった。
たからもの、独り占め主義

彼女のこと大好きすぎる松川。年下だけど男だって意識してほしい複雑な男心。