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それは松川の一言から始まった。
ある日の夜、名前のスマホが着信を告げる電子音を響かせた。相手は松川。いつもならメッセージアプリでやり取りするのだが、その日はなぜか電話だった。何かあったのだろうかと心配になり、名前はすぐさま電話に出た。


「もしもし?どうしたの?」
「ん?声聞きたくなっただけなんだけど…ダメだった?」
「え、あ、いや…ダメじゃ、ない、です…」
「照れてるでしょ」
「照れてない!」


図星を突かれ慌てて否定した名前だったが、電話越しの松川には全て筒抜けである。そんなこととはつゆ知らず、名前は落ち着いた松川の声に酔いしれていた。この声好きなんだよなあ、なんて思いながら他愛ない会話をして、そろそろ電話を切ろうかと考え出した頃。松川が、そういえば、と話を切り出した。


「今週の土曜日、バイト?」
「えーっとね…ううん、休み」
「予定ある?」
「ないよ」
「じゃあさ、デートしよ」
「ん?でも一静君、バレーあるんじゃ…」
「うん。練習試合が入ってる」
「デート無理じゃない?」


松川の意味不明な提案に、名前は首を傾げた。まさか練習試合を休んでまでデートをする気はないだろう。けれど、わざわざ名前のバイトの休みや予定まで確認してきたのだ。どうやら松川には何か考えがあるらしい。


「うちの高校分かるよね?」
「青葉城西だっけ?分かるよ」
「じゃあ練習試合見に来てよ」
「えっ…でも私、高校生じゃないし、」
「一般の人も見に来て良いから。私服の人も割と多いし」
「うーん…」
「名前さん、前に俺がバレーしてるところ見たいって言ってたよね?」


確かに松川の言う通り、名前は以前、そのようなことを言ったことがある。強豪校のレギュラーとしてバレーに打ち込んでいる松川の雄姿を見たいと思ったのは事実だし、今も見たいという気持ちは大いにある。しかし、大学生である自分が高校に行くというのはどうなのだろうか、と名前は頭を悩ませていた。
一般の人も観覧して良いとは言っても、きっと大半は高校生なのだろうし、私服姿の自分が見に行ったら浮いてしまうような気がする。どうしよう…名前はなかなか決断できず押し黙っていた。


「俺が、見に来てほしいんだよね」
「…私も、見たいとは思うよ、でも」
「じゃあ来て。練習試合終わったらデートしよ?」
「うう…分かった……」
「ん。じゃあ開始時間とかあとで連絡するね」


というわけで、松川の甘い誘いにまんまとのってしまった名前は、約束の土曜日、青葉城西高校に来ていた。ちらほら見える高校生達は、きっとバレー部の応援に来ているのだろう。
できるだけ大人っぽく、綺麗なお姉さんに見えるように、化粧も髪型も服装も気合いを入れて来た。けれど、高校生達を見ると自分が見劣りしてしまうように感じるのは仕方のないことなのか。たった3歳。されど3歳の差でこうも若々しさが違うものなのかと、名前は痛感していた。
しかしここまで来たからには松川の姿を見るまでは帰れない。名前は意を決して体育館の方へ足を向けたのだった。


◇ ◇ ◇



名前は、テレビ以外でバレー観戦をしたことはない。が、高校生のバレーで、しかも練習試合なのに、2階席を埋め尽くすほど大勢の人が観戦に来ているのは、きっと普通のことではない、ということぐらいは分かる。名前は改めて、松川はすごいところでバレーをしているんだなあと感心した。
松川の言った通り私服姿の人も割と多く、名前は胸を撫で下ろしながら空いている席に座る。ふと、コートの方へ視線を落とすと、今までみたことのない爽やかなユニフォーム姿の松川を発見した。同級生なのか、数人のチームメイト達と戯れている光景は新鮮だ。いつも大人びているけれど、松川もやっぱり高校生なのだと見せつけられる。
遠いなあ、と。名前が小さく呟いたのが聞こえたのだろうか。いや、絶対に聞こえるはずはない距離とボリュームなのだけれど、まるでそれが聞こえていたみたいにタイミング良く、松川が2階席に視線を送った。そして、名前を見つける。


“ちゃんと見てて”


口パクだけれどきちんと伝わったその言葉に、名前は頷くことで答える。松川はそんな名前の反応を見て満足そうに笑うと、ウォーミングアップを始めた。
こんなにも大勢の人がいる中で自分を見つけてくれたこと、自分にだけ言葉を投げかけてくれたこと、その全てが名前の胸をキュンと締め付ける。こんな状態で試合なんか見たら、キュン死にしてしまうのではなかろうか。はたから見れば馬鹿げた考えだが、名前は本気でそんな不安を抱えながら試合開始を待ち侘びていた。


◇ ◇ ◇



試合は圧倒的に青葉城西のペースで進んでいた。息の合ったコンビネーションで、気持ちが良くなるほどスパイクを決めていく。
名前は応援をききながら、どうやらセッターのおいかわくん?と呼ばれている人が人気だということは把握した。確かに整った顔立ちをしているし、バレーも上手だし、2階席へのパフォーマンスもなかなかのものである。
けれど、名前が食い入るように見つめているのは松川だけだった。決して派手な役回りではない。スパイクもサーブもレシーブもブロックも、ソツなくこなす。そんな印象。けれどそんな松川が、名前にとっては1番輝いて見えた。
点を取ってチームメイト達と喜び合う姿も、必死にボールを追いかける姿も、フェイントをかましてニヤリと笑う姿も、松川らしくて、けれど新鮮で。ひたすら松川を見ている内に、いつの間にか試合は終わってしまっていた。
ざわめく体育館内。松川達は部室にでも行ってしまったのか、もう姿はない。2階席の観客達は、ぞろぞろと出口へ向かって歩いていく。名前もその波にのって体育館を出たところで、ポケットの中のスマホが鳴っていることに気付いた。松川からの電話だ。名前は急いで通話ボタンを押す。


「一静君?」
「あ、出た。今どこ?」
「ちょうど体育館を出たところ」
「じゃあそっち行くわ」
「え?部活は?もう良いの?」
「今日はもう終わり。マッハで着替えたからすぐ行く。待ってて」


用件だけ言って切られたスマホを呆然と見ながらも、名前は大人しくその場で待つ。数分後、制服姿の松川がやって来た。名前の姿をまじまじと見つめて、第一声放たれた言葉は。


「スカート、短くない?」


だった。名前はポカンと口を開けて呆けてしまう。お疲れ様、とか、カッコ良かったよ、とか、そういうことを言おうと思っていた名前だったが、松川の一言でそんな考えは吹っ飛んでしまった。いつもなら可愛いとか似合ってるとか、少なくともマイナスな発言はされないはずなのに、気合いを入れてきた今日に限ってそんなことを、しかも出会って第一声に言われた名前はショックのあまり俯いた。
頑張ってお洒落してきたのにな。お姉さんに見えるように努力したつもりだったのに、空回りだったのかな。試合、観に来ない方が良かったのかな。ぐるぐるとそんなことばかり考えている名前の顔を下から覗き込んできた松川は、何を思ったのか名前の頬をむぎゅ、と摘む。


「いひゃい!」
「なんでいつもの格好と違うの?化粧も濃いめだし、髪もくるくるだし」
「へ…?だって、色んな人がいるから、少しぐらい綺麗にしなきゃって、思って…」


摘まれた頬をさすりながら名前はもごもごと答える。一応、松川の彼女なのだから、チームメイト達や周りの高校生達に少しでも綺麗だと思われたい。そんな女心が松川には分からないのだろうか。名前は何も言わずに眉を顰めている松川を黙って見つめていることしかできなかった。


「デートの時もそんな格好じゃなかったよね?」
「そう…かなあ……」
「俺がいないところで、そんな格好しないで」
「え?ん?どういうこと?」
「綺麗めで可愛い子が来てるって」
「は?」
「言ってた。及川が。名前さんのこと」


いつもとは違って、少し拗ねたように。松川はそんなことを言った。名前は松川の発言に耳を疑うばかりだ。たしか及川とは、あの人気がありそうなセッターの人だったはず。2階席をよく見ていたから、自分のことも視界に入ったのかもしれない。けれど、まさかそんな風に言ってもらえているとは夢にも思わなかった。気合いを入れた甲斐があるというものだ。
しかし、松川はそんなことを言った及川に、どんな反応をしたのだろう。自分のことを彼女だと言ってくれたのだろうか。そんな様子はとても想像できなくて、名前は小さく笑いを零してしまった。


「何笑ってんの」
「ううん…なんか嬉しくて」
「俺、わりと真面目に怒ってんだけど」
「ごめんなさい」
「名前さんは自分が思ってるよりも可愛いんだから気を付けてくれる?」


松川の発言をきいて先ほどまでの余裕などあっと言う間になくなって、名前は嬉しさと恥ずかしさで顔を赤らめた。その様子にやっと機嫌を直したらしい松川は、ニヤ、と笑いながら名前に顔を近付ける。


「で、俺のことはちゃんと見てましたか?」
「うん!一静君しか見てなかった!カッコ良かったよ!」
「…あー…きくんじゃなかった…」


今度は松川が余裕を奪われる番だった。まさか、そんなストレートに気持ちを伝えられるとは思っていなかったのだろう。その場にしゃがみ込んで項垂れる松川を見て、名前も思わずしゃがみ込む。気まずそうに顔を上げた松川の顔はほんのり赤い。
今日は今まで見たことのない松川の表情が沢山見られる日だ。やっぱり、来て良かった。そう思って頬を緩めた瞬間、名前の唇に温かいものが触れて、硬直する。目の前には松川のしてやったり、といった様子の顔。


「な…っ、ここ、学校、なのに!」
「誰もいないもん」
「そういう問題じゃないよ!」
「俺は見られても良いけどね?」


ほんの数秒ですっかり余裕を取り戻した松川は、名前の見慣れたニヤリとした笑顔を見せる。高校生らしい無邪気なところも、少し照れたような初々しい表情もキュンとした、けれど。結局、いつものこの笑顔が1番キュンとするなあ、なんて考えたりして。名前は、松川に悟られないように胸をときめかせるのだった。
キラキラを集めたらキミでした

実はこの様子を他の3人が見ているというお決まりの展開だったりする。