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▼▽▼


その出会いは唐突だった。
松川がいつものように部活を終えて帰っていると、道端に定期入れを見つけた。どうやら誰かが落としてしまったらしい。どこの誰かは分からないが、定期がないとなると明日からの通勤や通学に困ることだろう。松川は面倒だと思いながらも、来た道を引き返し最寄りの交番に届けることにした。
暫く歩いていると、目の前から早足で自分の方に近付いてくる女性に出くわした。キョロキョロと足元に視線を落としながら歩いているところを見ると、何か探し物をしているようだ。もしかして、と思った松川は驚かさないように注意しながら落ち着いたトーンで声をかけた。


「あの…探し物ですか?」
「え?あ、はい…」
「もしかして、定期入れとか?」
「どうしてそれを…?」
「これ。さっき拾って…」
「あ!それ、私のです!」


暗いし俯いていたためはっきり見えなかったが、その顔を見た松川は少し驚いた。服装からして大人の女性かと思っていたのに、その顔はどう見ても自分より若く、高校生か、あるいは中学生にも見えたからだ。安堵したように綻ぶ表情も、なんとなく幼い。


「ありがとうございました!」
「いいえ。良かったね、見つかって」
「えっと、何かお礼を…」
「あー、いいって」
「駄目ですよ」
「女の子にたかるほどダメな男じゃないんで」


松川は自分が思ったことを素直に口にした。すると、目の前の女の子はみるみるうちにその表情を強張らせた。あれ、何かおかしなこと言ったかな。松川が困惑していると、女の子は怒気を含んだ瞳で見つめてきた。


「私、女の子って年齢じゃありません」
「え?」
「今年、21歳になります」
「……なんか、ごめん」


明らかに年下だと思っていた相手が、まさかの年上。しかも3歳も。どうやら相当童顔らしい。それがコンプレックスだったのだろう。女の子、と言った自分の発言で傷付いたらしい彼女に、松川は申し訳なさが募る。


「いえ…慣れてますから」
「まさか年上だと思わなくて」
「え?ああ……制服…」
「俺のこと、年上だと思ったんでしょ」
「……ごめんなさい」
「いいえ。慣れてますから」


松川はその女性とは真逆で、自分が老け顔であることを気にしていた。そのことに女性も気付いたのだろう、先ほどの松川同様に謝ってきた。松川は彼女と同じ文言を繰り返し、ニヤリと笑う。それを見た彼女も、釣られたように笑う。
たったそれだけのやり取りだったのに、なぜか松川は彼女のことが気になってしまった。


「名前、なんていうんですか?」
「名字名前です。敬語じゃなくていいよ。あなたは?」
「松川一静です。じゃあ遠慮なく…名前さん、連絡先教えてよ」
「えっ」
「お礼、してくれるんでしょ?予定あいてる時に連絡していい?」
「ああ…うん」


年下のはずの松川に翻弄されている自分がなんだか少し情けないような気もしたが、名前は不思議と彼のことを受け入れていた。20歳を過ぎた自分と、その制服からして高校生の彼がどうこうなるとは思えなかったけれど、名前は松川のニヤリとした笑みと飄々とした姿に惹かれていたのだ。


「じゃ、また」
「あ、うん。定期入れ、本当にありがとう」
「駅まで送らなくて大丈夫?」
「もう大人ですから」
「あ、そう…」
「またね、一静君」
「またね、名前さん」


そんな、唐突な出会いだった。


◇ ◇ ◇



出会ってから数日経過した、ある月曜日。松川は名前のバイト先だというファミレスに来ていた。そんなに大したことをしたわけではないし、元々お礼なんてしてもらうつもりはなかった松川だが、名前がどうしてもと引き下がらなかったため、夜ご飯をご馳走になることで話が纏まったのだ。
名前は、もっといい所でご馳走する、と言ってきたのだが、松川はファミレスが良いと譲らなかった。勿論、特別ファミレスが好きというわけではない。ただ、名前の働いている姿が見たいと思ったのだ。


「バイト終わりまで待ってもらってごめんね」
「いいえ。お疲れ様」
「何がいいか決めた?」
「ハンバーグ。チーズ入ったやつ」
「なんか意外。定食とか選びそうなのにね」
「よく言われる」


バイトの勤務時間が終わった名前が松川の元に来て、そんな会話をする。なんとなく居心地が良い。松川は、改めて名前の顔をマジマジと見つめた。
これで21歳。年上。マジか。その顔の幼さに今更驚く。自分と足して2で割ったら歳相応の顔になるのだろうか。そんなことを考えていると、名前と目が合った。


「何?私の顔に何かついてる?」
「いや。可愛い顔してるなーと」
「は?何言ってんの。大人をからかわないでください」
「ホントのことなのに」


名前は照れた様子もなく、松川の言葉をさらりと受け流した。これが大人の余裕というやつなのだろうか。大人といっても3歳しか変わらないのに、松川からすると名前は随分と落ち着いているように見えた。
松川が注文したチーズインハンバーグと名前が注文したオムライスが運ばれてきて、2人は食事にありつく。オムライスを頬張る名前は、どこからどう見ても女の子だ。本人に言うとまた怒られるので、松川はそんな思いをそっと胸に潜める。


「一静君はバレーやってるんだよね?だからそんなに背が高いんだ」
「バレーやってるから高いわけじゃないけどね。まあ、メンバーの中でも高い方かな」
「へぇ…私、運動はそこまで得意じゃないから羨ましい」


そんな他愛ない会話をしながら食事をしていると、あっと言う間に時間が経っていた。食事を終えてからもドリンクバーを利用しつつ少し話をしていたのだが、時刻は20時を過ぎている。名前は松川が高校生ということもあり、そろそろ帰ろうか、と声をかけた。


「あー…もうこんな時間か」
「早いよね」
「そうだね」
「じゃあ私、お会計してくるから…」
「待って。自分の分は払う」
「ダメだよ。それじゃあお礼にならないでしょ」


当初の目的は、定期入れを拾ってくれた松川にお礼をすることだったはずだ。松川が自分で払ってしまったら何のお礼にもならない。むしろ、楽しい時間をすごさせてもらった自分の方がトクをしているような気がする。名前は松川の意図していることが分からず、首を傾げた。


「だってここで名前さんに払ってもらったら、お礼終わっちゃうでしょ」
「そうだよ」
「そんなことしたら名前さんと会う口実、なくなっちゃうから」
「…え、」
「理由なくても俺に会ってくれるなら話は別だけど?」


なぜか3歳も年下の彼は余裕たっぷりに、悪戯っ子みたいな笑みを携えてそんなことを言ってくるものだから、顔に熱が集まってくるのが分かる。名前はひどく動揺していた。からかわれていると分かっていても、胸のドキドキが抑えられない。


「大人をからかわないで」
「大人っていっても、俺達3歳しか変わんないよ」
「そう、だけど」
「俺が大人になったら、相手してくれんの?」
「…一静君、」


初めて松川は笑みを絶やした。真剣な眼差しが名前を射抜く。高校生だとしても、彼は男だ。そう感じさせる眼光に、名前は思わず俯く。
そんな名前を見て、松川は密かに頬を緩めた。どうやら全く期待できないわけではないらしい。


「ね、名前さん」
「何…?」
「今日はワリカンにしよ」
「でも、」
「その代わりに、今度俺とデートしてよ」
「えっ」
「ヤダ?」
「ヤじゃないけど…」
「じゃー決まり。ほら、帰るよ」


完全に松川のペースで話が進んでしまっている。どうしよう。困っているはずなのに、胸が高鳴る。もしかして、これって。
名前の考えていることが伝わったかのように、松川はまた、笑いかけてきたのだった。
はじまり

元・年下と年上です。内容は特に変わっていません。短編から移行させていただきました。