果たして牛島は、チョコレートを渡したところで、その意味が分かるのだろうか。名前は考えていた。答えは分かりきっている。勿論NOだ。けれど、折角のバレンタインデー。たとえ意味を分かってもらえなくても、自己満足で渡すのはきっと問題ないはずだ。
牛島と名前は、同じクラスというだけでそれ以上の接点はない。名前が一方的にバレーの応援に行ったりして惹かれただけだ。きっと自分と同じ思いの女の子は山ほどいるだろう。
そうしてむかえたバレンタインデー当日。そもそも牛島が甘いものを食べられるのか分からなかった名前は、チョコレートではなくウィダーインゼリーの詰め合わせというなんとも実用的なものを準備した。これならば消費できるだろう。名前は牛島の席に近付くと、どすり、とそれを机の上に置いた。
「…名字、ここは俺の席だが」
「知ってるよ。これ、牛島君にあげる」
「なぜだ」
「牛島君が知ってるか分からないんだけど、今日ってバレンタインデーなんだよね」
「…チョコレートの儀式の日か」
「儀式ではないけど…まあ、たぶん合ってると思う」
牛島の口からチョコレートという単語が出てきただけでも拍手したい。しかし、バレンタインデーだからといってなぜ自分にウィダーインゼリーをくれるのか。牛島には全く理解できなかった。
「牛島君、チョコとか食べるイメージなかったから。ウィダーインゼリーならバレーの試合の合間とか消費できるかと思って」
「そうか。実用的で助かる」
「どういたしまして」
「名字」
「うん？」
「なぜ俺にくれるんだ」
その質問に口籠る。好きだからだよ、と言ったら牛島はどんな顔をするだろう。きっと、今と全く変わらない表情で首を傾げるんだろうな。名前は1人でそんなことを想像して、小さく笑った。
「いつもバレー頑張ってる牛島君を、応援したいなと思って」
「…そうか」
「そうです」
「それ以外の意味は、ないんだな」
「…どういう意味？」
てっきり、そうか。だけで終わると思っていたのに、牛島の一言によってまだ会話が続いている。名前は戸惑いを隠し切れなかった。牛島の質問の意図が読めない。それ以外の意味？そんなの、あるけど言えるわけがない。
「バレンタインデーは想いを寄せている相手にチョコレートを渡す日なんだろう？」
「…知ってたの？」
「天童にきいた」
「そう」
「名字は、俺に特別な感情を抱いているわけじゃないのか」
少しも曇りのない瞳で見つめてくる牛島から、名前は思わず目をそらす。知っているくせに惚けたフリをして。いつもの牛島らしくない。それともこれが本来の牛島なのだろうか。
「もし、私が、牛島君のこと好きだよって言ったら、どう思う？」
「嬉しい」
「…は？」
「好意を寄せられるのは有難いことだ」
「あ…ああ…そういうことね…」
牛島は非常に紛らわしい言い方をする。別に自分じゃない誰かに同じことを言われても、牛島は今と同様の返答をするのだろう。名前は心臓が萎んでいく思いだった。一瞬でも期待してしまったのが馬鹿らしい。
「俺も名字のことが好きだ」
「えっ…ああ…、友達として、ってことかな…？」
「特別な意味で、だが」
「は？え？」
「ウィダーインゼリーは助かるが、チョコレートも食べられる」
「…そう、なんだ、」
「くれないのか」
「え、と……明日でも、良いなら…用意、します…」
「分かった。待っている」
牛島は照れることも恥ずかしがることもなく淡々と会話を終えると、ウィダーインゼリーの箱を持ってその場を立ち去った。牛島は、バレー以外に興味がない、はずだったのに。名前は胸のドキドキを抑えながら、今日家に帰ってからどんなチョコレートを作ろうかと思考を巡らせるのだった。
牛島は淡々と爆弾を投下していく系男子だと信じて疑わない。