名前には中学時代からずっと同じクラスの男子がいる。それが川西太一だ。なんとなくやる気がなさそうに見えて、白鳥沢バレー部のレギュラーなのだから、なかなかのポテンシャルを秘めた人間だと思う。
そんな名前と川西は友達以上恋人未満という、なんとももどかしい関係だ。もっとも、もどかしいと感じているのは名前だけかもしれないのだが。
学園内にほんのりピンク色の空気が漂っているような今日はバレンタインデーだ。例年通りチロルチョコを男子にばらまいた名前は、仕事が終わったとばかりに自分の席に戻った。
「なあ、名前」
「何？」
「好きな人に本命チョコ渡した時、どんな反応されたら嬉しい？」
「は？何その質問」
「いーから。答えて」
なぜ自分にそんな酷な質問をしてくるのか。隣の席の川西を睨みつけてみるものの、ダメージはないらしくキョトンとした顔をされた。名前は溜息を吐いて想像してみる。川西にチョコを渡したらどんな反応をされたいか。
「…普通に喜んでくれて、好きだよって言ってもらえたらいいかな」
「ふーん」
「ついでにハグとかいいね」
「何それ。乙女じゃん」
「私も一応女だからね？」
川西が自分のことを女として見てくれていないと改めて痛感した名前は、再び大きく溜息を吐いた。きかれたから願望を答えただけなのに、なぜこんなにも傷付かなければならないのか。
「なんでそんなこときいてきたの？」
「ん？今からたぶん、本命チョコ貰えるから」
「…それはオメデトウ」
「で、名前からのチョコは？」
「ああ…はい。今年は気合い入れてフォンダンショコラだよ」
「おー。すげー。年々ランク上がってんな」
まさか、川西のは特別なんだからね。と伝えられるはずもなく。どうやら今から意中の人にチョコを貰えるようだし、いよいよ失恋かと感傷に浸っていると、川西ががたんと音を立てて名前の方に向き直った。急にどうしたんだ。改まって。
「すげー嬉しい」
「え？あ、うん。良かった…」
「で、俺、名前のこと好きなんだけど」
「へ？は？」
元々掴めないタイプだとは思っていた。けれど、なぜ今、急に、なんの予兆もなく告白めいたことを言ってくるのか。名前にはさっぱり分からない。
「これ、本命だろ？」
「…なんで、」
「他の奴らにあげてるのと違うし。今年こそ本命もらえるって思ってたし」
「何、それ…」
「というわけで」
「えっ、ちょ、太一！」
あろうことか川西は、教室のど真ん中で名前を抱き締めたのだった。教室内の視線は勿論、名前達に注がれている。
「ちょっと！何してんの！」
「だって名前が言ったんだろ」
「は？」
「本命チョコ渡した時にどんな反応されたいか。喜んで、好きって言って、ついでにハグ。な？」
「…そういうのは、2人きりの時にするもんなんだよ…」
力なくそう言ってはみたものの、名前だって嬉しくないわけじゃない。ヒューヒューと冷やかされる中、川西はゆっくりと名前を解放して。ニィっと笑った。
「ここでキスもする？」
「絶対やだ」
「だよなぁ…それはさすがに駄目だよなぁ…」
「2人きりのときなら、いいよ」
「じゃあ、2人きりになっちゃう？」
川西に手を引かれて教室を出た名前は、自分の心臓が壊れるんじゃないかと危惧していた。川西はドキドキしていないのだろうか。ふと見上げた川西の髪から覗く耳が赤いことに気付いて、名前は思わず頬が緩む。
白鳥沢学園内のピンク色の空気が、また一段と濃くなったような気がした。
白鳥沢バレー部員はなかなかに天然系爆弾魔が多いのではなかろうか。偏見で申し訳ない。