後輩を好きになってしまった場合、自分はどう行動するべきだろうか。名前は最近、そればかりを考えていた。
バレー部のマネージャーである名前は、白布のことが好きだった。誰よりも真面目にバレーに打ち込んで、努力を怠らない。その努力を他人にひけらかしたりもしない。そんな姿に惹かれたのだ。
とは言え、白布に自分の気持ちを伝える気は毛頭なく。名前はクラスメイトに義理チョコを配り歩いていた。白布にも渡しに行こうかと思ったが、上級生が下級生のクラスに行くとかなり目立つので断念した。
「名字さん」
「うわっ！びっくりしたー…白布君、どうしたの？」
「どうしたの？はこっちのセリフです」
ぼーっと考え事をしていた名前の前に突然白布が現れて、思わず後退りをする。急に現れただけでも意味が分からないのに、なぜか白布は不機嫌そうだ。これもまた、意味が分からない。
「何やってたんですか」
「え？義理チョコを配ってた…かな？」
「そんなの見れば分かります」
「そうだよねぇ…」
「なんで渡しに来ないんですか」
「はい？」
「チョコ、もらってないんですけど」
手を出して、チョコを催促する白布に名前は困り果てる。義理チョコは既に配り終えてしまったし、渡せるものは何もない。膠着状態の中、白布は呆れて物も言えないと言いたげな表情で溜息を吐いた。
「ないんですね」
「…ごめん。そんなにチョコが好きだとは思ってなくて…」
「名字さんって頭良いのに馬鹿ですよね」
「ちょ、先輩に対してひどくない？」
「俺、そんなにチョコ好きじゃないです」
「は？」
「そんなにチョコ好きじゃないのに、なんで名字さんのチョコ取りに来たか分かります？」
挑戦的な眼差しでそれだけ言った白布は、チョコがないと分かると教室を出て行ってしまった。教室内がざわつく中、名前はぐるぐると考える。
チョコを取りに来たくせに、そんなにチョコは好きじゃない。じゃあ、どうして？そんなの、期待するじゃないか。名前は熱くなっていく顔を隠すように手で顔を覆った。
結局、考えに考えた挙句、名前は購買でちょっと高めのチョコレートを購入してそれを白布に渡すことにした。手作りにこだわるタイプではなさそうだし、きっと受け取ってくれるだろう。今度は名前の方から白布の教室に突撃した。
「白布君、これあげる」
「…なんですか、これ」
「チョコ」
「見たら分かります。購買で売ってるやつですよね」
「そう。ちょっと高めの」
「…はあ……ほんと、名字さんって馬鹿ですね」
本日2度目の馬鹿呼ばわりに、名前は顔を顰める。どこらへんがどう馬鹿なのか。ちゃんと想いを込めて選んだチョコなんだから有り難く受け取ってほしい。
そう思っていると、白布はチョコの包みを開けて中に入っていたトリュフをぱくりと口に放り込んだ。
「…あま」
「だってチョコだもん。甘いよ」
「甘すぎるの苦手なんですよね」
「自分で食べておきながらそれは…」
「名字さん、甘いの好きですか？」
「まあ、好きかな」
「じゃあ、あげます」
「えっ、これ私があげたんだけど！…っ！」
本当に一瞬の出来事だった。触れたかどうかぐらいの、けれど仄かに口の中に広がる甘さは紛れもなくチョコのそれで。名前は口をゴシゴシと擦った。
「甘いでしょ」
「そういう、問題じゃない！」
「とりあえず、甘さ控えめの用意してくださいね。…ちゃんと、手作りで」
ちっとも悪びれる様子がない白布を見て、怒る気力も失せてしまう。
今日は無理だから明日ね。名前がそう言うと、白布は満足そうに頷いたのだった。
白布は年上女性を翻弄できるタイプだと思ったけど、これはもはや別人ではないだろうか。