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二口の場合

2017 Valentine Day

名前は初めて出会った時に、二口のことが好きになっていた。所謂、一目惚れ。つまり、完全に見た目だけで好きになってしまったわけで。同じクラスになって二口のことを知ると、なかなか難ありな性格だということに気付いてしまった。今では、一目惚れした時のように二口がキラキラして見えることはなく、ただの口喧嘩友達のようになっている。それでも心の奥底で燻る、好き、という感情が消えることはなかったのだけれど。
そんなわけで、名前はバレンタインデーにチョコをあげるべきか悩んでいた。二口はルックスだけで言うならモテるし、それなりに沢山のチョコを貰うだろう。義理チョコだといって適当に渡しても、目敏い二口には自分の気持ちがバレてしまうような気がする。悩んだ結果、名前は二口にチョコを渡すのは諦めた。今の距離感が心地良くもあるし、今まで築き上げてきた関係を壊したくなかったのだ。


「名字、俺になんか渡すもんあるんじゃねぇの？」
「え？ないよ？」
「はぁ？今日バレンタインだろ。普通の女子はチョコ用意してるはずなんですけどー」
「二口にあげるチョコなんて準備してませんー」
「イケメンの俺が折角もらってやるって言ってんのに」
「自分で言わないでよムカつくなあ」


いつもの如く容赦ない言い合いになり、名前は、やっぱり上手くいかないよなあ、と頭の片隅で思う。そもそも、自分は二口と話している時に可愛い女の子になんてなれないのだ。チョコなんて持ってきても、気持ち悪がられるか、からかわれるかのどちらかしか選択肢はない。


「大体、二口はどうせいっぱい貰ったでしょ。ムカつくけど」
「まあな。俺、イケメンだから」
「言ってなよ」
「ホントにねぇのかよ」
「え？ないってば」
「……お前、馬鹿じゃねぇの」


二口はいつも以上に不機嫌そうな顔をしてそう言い残すと、名前の元を去って行く。なぜ馬鹿呼ばわりされなければならないのかと怒りの感情が湧き上がってくるけれど、なんとなく二口の元気がなくなったようにも見えた名前は、怒りきれなかった。
結局、口喧嘩さえすることなく放課後をむかえた。最悪なことに今日は二口と2人で日直だ。授業の合間の黒板消しなどは口をきかなくてもどうにかなるが、放課後の教室で残って日誌を書いていると、無言ではなかなか辛いものがある。


「二口、部活行っていいよ」
「日誌書いてねぇんだろ。早く書けよ」
「だから、私書いとくから行って良いってば」
「いい。待つ」
「…なんか早く終わらせろっていうプレッシャーがハンパないんですけど」


黙っていても威圧的な二口の視線に耐えられず、名前はシャーペンを必死に走らせる。いつの間にか二口は名前の机の前の席に座っており、じーっと名前の顔を見つめていた。


「何よ…」
「いや？別に？」
「言いたいことあるなら言えば良いじゃん」
「…なんでねぇの」
「は？チョコの話？まだ言ってんの？」
「他のやつにはやってたろ」
「見てたの？怖っ」


確かに二口の言う通り、名前は二口以外の男子には小さなチョコクッキーを配っていた。が、まさかそんなところまで見ているとは思わなかった。もうクッキーは残っていない。


「俺には本命のくれるのかと思ってた」
「そんなわけないじゃん。どんだけ自意識過剰なの？」
「自意識過剰じゃねぇだろ。名字、俺のこと好きなくせに」
「何、言ってんの…？意味、分かんない…」


図星を突かれて、ほんの少し言葉が途切れる。何をもってして二口は自分のことを好きだと思っていると感じたのか、全く見当も付かない。


「お前見てたら分かるし。俺のこと、無意識の内に目で追ってるだろ？」
「そんなことない」
「そんなことある」
「ない！」
「ある」
「もう！うるさい…っ！」


いつも以上にしつこいし何なの？と思って日誌に落としていた視線を上げた瞬間、二口の顔が目の前にあって名前の唇には柔らかい感触。え？キスされた？うそでしょ。名前は極限のパニック状態で声も出ない。


「チョコもらえねぇみたいだから、お前もらっとくわ」
「……何、馬鹿なこと、」
「こういう時は、素直になれば？嬉しいって言えよ」
「……何よ！勝手に人のファーストキス奪って！…でも……、好きだ馬鹿！」


日誌はまだ書きかけだったけれど、そんなことはどうでもよくて。名前は勢いよく立ち上がってヤケクソでそう叫ぶとカバンを持って教室を飛び出した。明日、どんな顔で会えば良いんだろう。キス、されたし。
顔を真っ赤にさせて走る名前は知る由もなかった。教室に残された二口も、名前と同じように顔を真っ赤にさせて項垂れていることなんて。
翌日、なんだかんだいって付き合い始めた2人は、いつも通り口喧嘩をしながらも幸せそうだった。