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名前には彼氏がいた。告白されて、特に断る理由もないし、相手の押しの強さもあって、付き合い始めてから数ヶ月が経過した。付き合いだして気付いたのは、その彼氏がかなり嫉妬深くて束縛が激しいこと。クラスは違うが、まるで見張るみたいに休憩時間のたびに名前の元にやって来ては周りの男子を威嚇するし、少しでも他の男子と話しているところを見られようものなら激怒される。正直つらくて別れたいと思っている名前だったが、引っ込み思案で大人しい性格のせいで、自分の気持ちを上手く伝えられずにいた。


「名字、顔色悪くねぇか?」
「…、」
「あいつ今いねぇから。それより、体調悪いんじゃねぇのか?」
「ううん…大丈夫。ありがとう」


名前に声をかけてきたのは岩泉だ。それまではあまり接点がなかったのだが、隣の席になってからは話すことが多くなった。彼氏の事情も知っていて、今のように彼氏がいないことを確認してから話しかけてくれる気遣いが、名前には心底有り難かった。そして、話す機会が増えてからというもの、名前は岩泉との会話を密かに楽しみにしていた。
彼氏との会話は、ほぼ彼氏によって進められる。ペラペラと喋る彼氏の話をきいて、時々名前が相槌を打つ。そんな、会話というよりは彼氏の独演会のようなものだった。
しかし岩泉は違う。名前に質問を投げかけてきたり、自分から話す時でも、興味ねぇよな、などと言っては名前の反応を確認してくれる。それがきっと普通なのだろうということは分かっていたが、彼氏と岩泉以外の男子とはほとんど話すことができない名前にとって、岩泉はとても魅力的な相手だった。
まさかそんなはずはないと思いながらも、名前は少しずつ岩泉に惹かれ始めている自分に気付いていた。けれど、彼氏がいる限りどうにもならない。たとえ別れたとしても、岩泉に気持ちを伝える勇気なんて持ち合わせていないし、今の関係のままで良い。名前は、自分にそう言い聞かせていた。


◇ ◇ ◇



そんなある日のこと。例のごとく昼休憩に名前の元を訪れていた彼氏が、1人で楽しそうに話をしていると、岩泉がやって来た。いつもならそんな彼氏をうざったそうに一瞥するだけに終わるのだが、その日は違っていた。それまでの鬱憤が溜まっていたのもあってか、とうとう、彼氏の話に水を差してきたのだ。


「お前、その話、誰にしてんだよ」
「はぁ?名前に決まってんだろ?邪魔してんじゃねーよ」
「名字、すげぇつまんなそうだけど」
「そんなわけねーじゃん。な?名前?」
「え、あ、うん…」
「ほらな」
「……そうかよ」


岩泉は納得がいかない様子だったが、それ以上は何も言わずその場を後にした。折角助け船を出してくれたのに、自分のせいで台無しにしてしまった。名前は自分を責めたが、今更どうにもならない。
そんなことがあってから、岩泉とはなんとなく気まずくなってしまい、会話も減ってしまった。自分のせいだと分かっている名前だったが、自ら声をかける勇気などなく、きちんと謝ることすらできていない。
彼氏と一緒にいる時も名前が考えるのは岩泉のことばかりで、彼氏の話は上の空。けれど名前が生返事をしていても、彼氏は特に気にする様子もない。そこで名前は、やっと気付いた。この男は、自分が好きだから付き合っているのではない。自分の思い通りになるから、傍に置いておきたいだけなのだと。
なんだか急にもやもやしていた気持ちが軽くなって、名前は恐らく、初めて、自ら口を開いた。昼休憩の教室内。きっと、何かあっても誰かが助けてくれるはず。


「あの、」
「何?まだ俺が喋ってんだけど」
「私、別れたい、です」
「……は?何言ってんの?」
「あなたのこと、好きじゃ、ないんだと思う」


とうとう言ってしまった。反応が怖いと思う反面、どこかすっきりした気持ちでいた名前だったが、みるみる内に険しくなる彼氏の表情に身体を強張らせる。


「お前、何言ってるか分かってる?そんなこと言って別れられると思ってんの?」
「でも…好きじゃないのに、付き合うのって、おかしいんじゃ……」
「俺が別れないっつってんだから別れるわけねーだろ!」
「え…、でも、」
「俺の言うこときけねーのかよ」


彼氏の大声に何事かとクラス内がざわつくものの、誰かが助けてくれる様子はない。面倒なことには巻き込まれたくないのだろう。これだけ沢山の人がいれば、誰かが助けてくれると思ったのに。
どこかでそんな期待をしていた名前だったが、現実とは厳しいものだ。怒りが最高潮に達したらしい彼氏が右手を振り上げて、叩かれる、と。そう思って名前が目を瞑った時だった。
ぱしっ、と乾いた音が聞こえた。にもかかわらず、どこにも痛みを感じないことを不思議に思い、名前は恐る恐る目を開ける。すると、背後から彼氏の手を掴む逞しい腕が目に入った。驚いて振り返れば、そこにいたのは岩泉で。名前はその凛々しい表情に、胸がきゅうっと締め付けられた。


「女に手ェ上げるとか、クズだな」
「お前には関係ねーだろ!邪魔すんな!」
「名字は別れたがってんだろ。彼氏なら理由ぐらいきいてやれよ」
「はぁ?コイツの話なんかきく必要ねーんだよ。俺が別れねーって言ってんだから別れるわけねーだろ」
「……名字」


荒ぶる彼氏とは対照的に、ひどく静かに名前を呼んだ岩泉は、掴んでいた彼氏の腕を離す。代わりに、座っていた名前を立たせて自分の方へ身体を向かせると、あろうことかその頭を自分の胸へ引き寄せたのだった。
教室内が先ほどまでとは違うどよめきに包まれる中、名前は渦中の人間であるにもかかわらず全く状況が飲み込めない。自分はなぜ、岩泉に抱き寄せられているのだろう。こんなことをしたら、岩泉が変な誤解をされてしまう。離れなければ、と思うのに、その体温と少し速い鼓動が心地良くて、名前は動けずにいた。


「関係なくねぇし」
「お前…!人の女に手ぇ出す気かよ!」
「もうお前のモンじゃねぇ。今日から名字は俺のモンだ」
「何言ってんの?」
「名字が良いならそれでいいと思って黙ってたけど、お前なんかにこれ以上、名字を傷付けられんの見てらんねぇ」


ぐ、と。抱き寄せる腕に力を入れた岩泉に、名前はまた、胸が締め付けられるのを感じた。彼氏に同じことをされても、きっとこんな風にはならない。岩泉だから、こんなにもドキドキする。
男らしい岩泉の言動に野次馬達が歓喜の声を上げているのが聞こえて、徐々に分が悪くなっていく彼氏。ここで自分も何か言わなければ。そう思った名前は、岩泉の胸から頭を上げ、意を決して彼氏に視線を合わせた。


「私は、岩泉君が、好き、です」
「……は…?」
「名字…、」


さすがにこれには彼氏…否、元・彼氏も面食らったのか、相当ショックを受けた様子でヘロヘロと教室を出て行った。教室内は謎の拍手に包まれる。
名前は今更ながら、公衆の面前でとんでもないことを言ってしまったと恥ずかしくなり俯いた。けれど、よく考えてみれば、岩泉に抱き寄せられているこの状況ではどこにも逃げ場はなく、俯いた拍子に自分の頭を岩泉の胸に擦り寄せる形になってしまい、益々パニックに陥る。
そんな名前の心情など知る由もない岩泉は、まるで羞恥で赤くなった名前の顔を隠すように、しっかりとその頭を抱き寄せた。


「恥ずかしい思いさせて悪かった」
「そんなこと、ない…助けてくれて、ありがとう」
「好きな女を守れなかったら男じゃねぇだろ」


そう言った岩泉の表情は、頭を胸に押し付けられている名前には見えないけれど。耳に届く岩泉の鼓動は、随分と速くなっているような気がした。


◇ ◇ ◇



その後、めでたく付き合うことになった2人だが、あの日の昼休憩の一件は瞬く間に噂となってしまった。岩泉は、毎日のようにバレー部の面々にからかわれている。


「岩泉、やっぱお前すげーわ」
「岩ちゃんってば男前ー!」
「名字さんじゃなくても惚れるわな」
「あー!ウルセェ!お前ら早く教室戻れ!」


からかわれるたびに大声で怒鳴る岩泉の姿は、もはや見慣れたものだ。移動教室のため2人で廊下を歩きながら、少し疲れ気味の岩泉を見て名前は苦笑する。
そんな時だった。前から元彼が向かってくるのが見えて、視線が合う。思わず立ち止まってしまった名前を不思議そうに見ていた岩泉だったが、視線の先の人間を確認して、理解した。あの一件以来、面と向かって会うのは初めてだ。
別に何かされると決まったわけではないのに、名前は自然と身構えてしまう。そんな名前の様子に鋭く気付いた岩泉が取った行動は、あの時と同じように、自分の方へ名前を抱き寄せることだった。
岩泉の胸に頭が触れるたび、名前は胸を高鳴らせる。暫くそうしていると、恐らくもう元彼は通り過ぎて行ったのだろう。岩泉が名前の頭をポンポンと撫でた。もう大丈夫だ、と伝えるように。


「俺がいるから、何かあったら言えよ」
「…うん、ありがとう」
「おう」


少し緩んだ空気の中、周りからの視線に気付いてはっとした2人。勿論、廊下で堂々とそんなことをしていたわけだから、瞬く間に新たな噂が広まったのは言うまでもない。
きみの世界に埋没したあい

10000hits記念お礼の岩泉夢でした。岩泉は男前にしたかった。…したかった笑。