×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

木兎には付き合い始めてちょうど半年ほど経つ名前という彼女がいる。明るくて活発で社交的な名前は、男女関係なく友達が多い。木兎はそんな名前だから惹かれたわけだが、だからこそ気が気ではなかった。
名前はわりとモテる。抜群に可愛いわけではないが、誰にでも愛らしくニコニコと笑いかける姿は、男心を擽るのだ。本人に自覚がないだけに、木兎は密かに心配していた。いつか自分の元を離れてしまうのではないか、と。
そんなある日のこと。木兎はいつものように部活のため体育館に向かっていた。3年生の教室から体育館に向かう途中の渡り廊下からは、中庭が一望できる。木兎は何気なく中庭へと視線を向けながらその渡り廊下を歩いていたのだが、ふと足を止めた。視線の先に名前らしき人影が見えたからだ。なんとなく嫌な予感がした木兎は、体育館ではなく中庭へと急ぐ。
木兎の動物的直感はなかなか鋭い。嫌な予感は見事的中し、中庭には名前と見たことのない男子生徒がいた。明らかに告白の雰囲気である。木兎はいつもの騒がしさを感じさせない静けさを保ったまま、そっと様子を窺う。


「名字さんのこと、好きなんだ」
「ごめんなさい。私、付き合ってる人がいるから」
「木兎だろ?」
「知ってるなら、なんで…」
「だって付き合ってるって感じないし。ぶっちゃけ名字さん狙ってる人、結構いるから」


名前が間髪入れずに断ってくれたことに安堵していたのも束の間。続く男子生徒の発言に、がん、と。木兎は、何かで頭を殴られたような衝撃を受けた。自分と付き合っていることを知りながら、名前を狙っている奴らがいる。そのことも衝撃的ではあったが、木兎にとっては付き合っている感じがない、という発言の方がショックだった。
確かに、学校内で2人で過ごすことはほとんどない。クラスは違うし、放課後といえば木兎は部活で名前は帰宅部だから会う機会もないのだ。そもそも付き合い始めたのは、名前に一目惚れした木兎が猛アタックした結果、名前が根負けして…という流れだった。相思相愛かと尋ねられれば疑問である。
名前に告白した男子生徒はあっさり諦めたらしくその場を去って行ったが、木兎は憂鬱だった。その気持ちのまま部活に行ったからだろう。練習の内容は散々で、赤葦に使い物にならないと言われる始末だった。言い返す気力もない木兎を見た部員達は何事かと少し心配になったものの、きっとすぐ元に戻るだろうと思ったのか、特に声をかける者はおらず。けれど、その日の部活で木兎のテンションが上がることは一度もなかった。


◇ ◇ ◇



翌日。木兎は珍しく、昼休憩に名前のクラスを訪ねていた。名前は木兎の姿を見つけるなり、少し驚きつつも嬉しそうに駆け寄る。その姿はさながら、主人を見つけた子犬のようだった。


「光太郎!どうしたの?教科書でも忘れたの?貸そうか?」
「いや…名前に会いに来た」
「え、あ、そう、なんだ…」
「飯。まだ食ってないよな?」
「うん」
「一緒に食おう」


突然の木兎からの提案に、名前は戸惑いつつも小さく頷くと、友人らしき女子に断りを入れてからお弁当を持って木兎の元に返ってきた。木兎は自分の昼食が入ったコンビニ袋を持った左手とは逆の右手で名前の手を攫うと、そのままズンズンと歩き出す。昼休憩で賑わう廊下を手を繋いで歩いていれば、自ずと視線は集まるわけで。名前は手を振り払うこともできず、俯きながら木兎の後を追うことしかできなかった。


◇ ◇ ◇



辿り着いた中庭で、名前の手は漸く解放された。どかっと備え付けのベンチに座り、ポンポンと自分の隣を叩いて暗に座れと促されれば、名前はそれに従う。中庭は恋人同士の昼食スポットとして有名だからなのか、2人の周りにもカップルの姿が多い。
まさか木兎と、こんな公の場所で過ごすことになるとは思っていなかった名前は、狼狽えていた。明らかにいつもと様子が違う木兎のことも気になる。


「光太郎?何か、あった?」
「…何かあったのは名前の方だろ」
「え?私?」
「告白されてたの、見た」
「…あ、でも断ったし」
「なんで俺に言わねーの?」
「隠してるつもりはなかったんだけど、自分からわざわざ言うのもおかしいかなって思って…ごめん」


木兎には分かっていた。これは完全に八つ当たりだと。名前は何も悪くない。ただ、昨日の男子生徒の発言が頭から離れずイライラしていたことは事実で、そのイライラの矛先をあろうことか関係のない名前に向けてしまったのだ。
謝る必要はないのに、木兎の剣幕に気圧されたのか、名前はしゅんとしてお弁当を口に運んでいる。こんなことがしたくて誘い出したわけではない。木兎はコンビニ袋から焼肉おにぎりを取り出してがっつきながら思った。こんなにうじうじ考えているのは自分らしくない。俺はやりたいようにやる!
吹っ切れた木兎が取った行動は、ひどくシンプルなものだった。焼肉おにぎりをあっと言う間に平らげた木兎は、突然その場に立ち上がると名前を見据えて、いつもの大きな声で言う。


「俺は名前のことが好きだ」
「え?あ、うん、ありがとう。でもあの、光太郎、ここ、中庭…」
「名前は俺のことをどう思ってんだ?」
「それは…その……」


付き合っているとは言えど、大きな声での公開告白に、周りの視線が集まっているのを感じた名前は口籠る。この場で気持ちを伝えれば、きっとからかわれるに違いない。そんな恥じらいが、名前の発言にブレーキをかけていた。
光太郎、座って。みんな見てるから。
名前の口からやっと出てきた一言は、木兎が望んでいたそれにはほど遠いものだった。周りがなんだ。俺達は付き合ってるのに、何を恥ずかしがる必要があるのか。木兎は再び、イライラしてくるのを感じた。


「名前は俺と付き合ってるのがそんなに恥ずかしいのか」
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあなんで周りなんか気にしてんだよ」
「そういう問題じゃなくて。なんていうか…とにかく、今はお昼ご飯の途中だから、」
「飯食い終わったら言ってくれんの?」
「…光太郎、どうしちゃったの?」


木兎の苛立った様子を見て、なかば怯えたように名前が尋ねる。こんなことは付き合い始めてから一度もなかった。一緒に過ごすことは少ないが、木兎といる時はいつも楽しくて、お互い絶えずカラカラ笑っていて、馬鹿みたいなことを話して。
それが今はどうだろう。名前を見据える木兎は怒っているような、けれど泣きそうでもある表情をしているし、ちっとも楽しくない。


「…付き合ってるって感じない」
「は?」
「昨日のヤツが言ってた」
「え?そうだっけ…?」
「どうやったら名前は俺のモンだって分かってもらえんの?」
「そんなこと、私にきかれても…」
「名前は俺のモンじゃねーの?」


いつも自信満々で馬鹿ばっかりしている木兎が、弱々しく真剣にそんなことを言うものだから、名前は固まってしまった。何を不安がっているのだろう。自分はちゃんと木兎のことが好きなのに。
そう思ったところで、名前ははっとした。そういえば、自分は木兎にきちんと気持ちを伝えたことがない。与えられるばかりで、与えていなかったのかもしれない、と。気付いてしまったのだ。


「あの、光太郎…ごめんね」
「……何が?」
「私、恥ずかしがってばっかりで、ちゃんと言ったことなかったよね」
「何を?」
「光太郎のこと、ちゃんと好きですって」


木兎の言う通りだ。周りの目なんか気にしている場合ではない。名前は意を決して素直に感情を口にした。言ってしまえば案外呆気ないもので、それまで躊躇していたのが嘘のようだ。
さて、言われた木兎はというと、名前を見据えたまま目を丸くして固まっていた。が、次の瞬間、名前の手からお弁当箱を取り上げてベンチに置くと、ぎゅーっとその身体を抱き締める。


「あー…よかったー…」
「光太郎、ちょっと、」
「俺だけが好きみたいでさー、すげーモヤモヤしてたんだけど、これですっきりした!」
「うん、よかった、よかったんだけど、あの、」
「俺達付き合ってんだぞーって見せつけてやんねーとな!」
「は?いや、もう十分でしょ、」


抱き締められながら冷静になってきた名前は、なんとか木兎を落ち着けようと試みるが、すっかりいつもの調子を取り戻してしまった木兎を止める術などなかった。ばっと名前を離した木兎は、ニシシと笑って。やばい、と名前が察知するより早く、唇を押し当ててきたのだった。当然、中庭は悲鳴とも歓声とも言えない叫びで溢れかえる。


「これでもう名前に寄り付いてくるヤツなんていねーだろ!」
「……光太郎、馬鹿じゃないの…」
「どうした名前!元気ねーぞ!飯食え!」
「誰のせいでこうなったと思ってんの…」


項垂れる名前をよそに、木兎はご機嫌だ。昨日までの辛気臭さはすっかりなくなっている。これから学校中で今の出来事が噂になると思うとゾッとする名前だったが、木兎の幸せそうな笑顔を見ていると、なんだかどうでも良いかと思えてしまうから不思議だ。
実は今のように無邪気に笑う木兎が大好きな名前は、木兎の笑顔に非常に弱い。こんなところで公開告白なんてやっぱりするんじゃなかったと後悔する反面、木兎の笑顔を見れたから良いか、なんて考えてしまうのは惚れた弱みだろうか。名前は木兎の笑顔につられたように微笑みながら、お弁当の残りを食べ始めた。


◇ ◇ ◇



その日の部活前、部員達は木兎をある意味尊敬の眼差しで見つめていた。公然の場でハグとキスを見せつけるなど、普通じゃない。が、男らしいような、羨ましいような、そんな気もしたのだ。


「木兎さん、よかったですね」
「ヘイヘイヘーイ!赤葦ー!今日は絶好調だぞー!トス上げろー!」
「僕も嬉しいです。試合前もぜひ彼女さんとイチャイチャしてください」
「おーっし!任せろ!」


赤葦の一言によって、試合が迫るたびに名前を追いかけ回す木兎が目撃されるようになったのは、また別の話である。
Love is freedom!

10000hits記念お礼の木兎夢でした。最初の方のうじうじ加減は木兎じゃないだろって話ですが、恋愛するとシリアスモードもあって良いのではないかと勝手に妄想しました笑。