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高校3年生の3月。名前と及川は青葉城西高校を卒業した。出会ってから3年。付き合い始めてから約2年。色々な思い出の詰まった学び舎を去るのは、2人とも感慨深いものがあるのだろう。卒業式の帰り道は、いつになく静かだった。そんな中、しんみりした空気をぶち壊すように、及川が名前に明るいトーンで声をかける。


「ね、名前。卒業旅行しない?」
「今からホテルの予約とか取れないでしょ。お金ないし」
「えー…近場でも良いからさぁ…高校最後の思い出作りに!ね?」


どうしても名前と旅行に行きたいのだろう。及川は渋る名前に食い下がる。けれども、お金がなければ旅行になど行けるはずもない。4月から一人暮らしを始める名前にとって、旅行代などを工面している余裕はないのだ。名前はもう一度キッパリ断ると、項垂れる及川を置いて商店街をスタスタと通り抜ける。
制服姿でここを通るのも今日が最後なんだなあ、と名前が物思いに耽っていると、ふと、福引き抽選会の列が目に入った。そういえば、自分も抽選券を持っていたような気がする。名前は財布を取り出し、中を確認してみた。すると、やはり記憶に間違いはなかったらしく、ペラペラの黄色い福引き抽選券が見つかった。


「それ、福引きの?」
「そう。この前クレープ食べた時にもらったやつ」
「あー…俺ももらった。どうせなら寄って帰ろっか」


名前がそうだね、と返事したのをきいて、及川は自分の財布から名前の手元にあるものと同じ黄色い紙を取り出すと、福引きの列に並んだ。お互いにチャンスは1回のみだ。
暫くすると順番が回ってきて、まずは名前が抽選器を回す。カラン、と軽い音を立てて出てきたのは白い玉。案の定ハズレで、名前は係の人からポケットティッシュを受け取る。所詮、福引きなんてこんなものだ。そうそうアタリなんて出るはずがない。そう思っていたのに、名前の次に回した及川が出したのは、なんと金色の玉だった。


「大当たりー!特賞でーす!おめでとうございまーす!」
「どうもー」


なんという強運の持ち主だろうか。たった1回のチャンスで特賞を引き当てるなんて、今年の運を全て使い果たしてしまったのではないだろうか。少し離れたところで名前が勝手にそんな心配をしていると、及川がルンルンとスキップをしながら特賞の品を持って名前の元にやって来た。そういえば、特賞の品とは何なのだろう。名前は興味本位で及川が持つ賞品を見せてもらい、驚愕した。
なんと賞品は、高級旅館ペア温泉宿泊券。先ほど及川が卒業旅行に行きたいと言っていたが、まさかこんな形で現実のものになろうとは、誰も予想していなかっただろう。つくづく及川という男は、妙な力を持ち合わせている。


「これで旅行、行けるよね?」
「……分かった」


さすがの名前も、こうなったら断ることはできない。こうして2人は、卒業旅行と銘打って1泊2日の温泉旅行に行くことになったのだった。


◇ ◇ ◇



3月某日。名前と及川は、電車に揺られて温泉旅館へと向かっていた。陽射しが暖かくなってきたとはいえ、この季節はまだ肌寒い。春物のロングコートはまだ少し早かったかなあ、と思いつつ、流れる景色を眺めていた名前の肩を、隣に座る及川がツンツンと突く。振り向けば、ガイドブックを広げている及川が気難しそうな顔をしていた。どうやら、どう観光するべきか悩んでいるらしい。
どこ行きたい?ときかれることは分かりきっていたので、名前は尋ねられる前に、私はどこでも良いからね、と言葉を落とした。及川は眉を顰めて、えー…と言いながらも、なんだかんだでプランを練ってくれるようだ。そんな2人を乗せて、電車は目的地を目指して軽快に走る。
そして数十分後、2人は無事に目的の駅に辿り着いた。思っていたよりも駅の周りは賑わっていて、お土産物屋さんも充実しているようだ。2人は荷物をコインロッカーに預けて、普段は感じられない活気と新鮮な空気を堪能しながら観光を楽しんだ。
そして夕方。思う存分観光した2人は、荷物を持って今夜の宿となる旅館へやって来ていた。さすが高級旅館と謳われるだけあって、入り口からして厳かな雰囲気が漂っている。高校生の自分達が来るには少々場違いな気もしたが、2人は上品な仲居さんに案内されて宿泊する部屋へと向かった。


「……すごいね」
「この旅館で1番良い部屋なんだって。俺に感謝してよー?」
「そうだね。徹の強運に感謝するよ」


通された部屋は、本当に2人で泊まるのか?と疑いたくなるほど広々していた。綺麗に整えられた中庭に加えて露天風呂もあって、サウナまで併設されているらしい。
名前は部屋の中を一通り見渡して、奥の閉まっている襖を開けた。ここで寝るのかな、と軽い気持ちで中を覗くと、広い部屋の真ん中に2組の布団がぴったりと綺麗に並べられていて、名前は思わず勢いよく襖を閉める。勝手に夜のことを想像してしまった自分が恥ずかしくて俯いている名前に、及川は首を傾げた。


「何?そっちに何かあったの?」
「ううん!なんでもない!」
「ふーん?まあ後で見るけどさ。ご飯来ると思うから座って待ってようよ。俺、もう疲れたー」


及川は座椅子に座って、お腹すいたー、と呟いている。チェックインの際、夜ご飯はすぐに持って来てもらうようお願いした。きっとそろそろ、準備をしに来てくれるだろう。
その思惑通り、名前が及川の正面に座ったところで、ちょうど仲居さんが夜ご飯を持って来てくれた。海の幸、山の幸がふんだんにあしらわれた料理はどれも絶品で、2人は大満足だ。食事を終えて、のんびりテレビを見ながらお茶を啜っていた2人だったが、及川が思い出したようにおもむろに口を開いた。


「お腹いっぱいになったしさ、お風呂入ろうよ。折角温泉に来たんだし」
「あー…そうだね」


名前は及川の提案を素直に聞き入れると、旅行鞄の中をゴソゴソと漁り始めた。下着類と化粧落としと洗顔と…と荷物をまとめている名前を、及川はじっと見つめている。やがて、荷物の整理が終わったらしい名前が部屋を出て行こうとするのを、やはりか、と思いながら及川は慌てて引き止めた。


「ちょっと、どこ行くの?」
「え?お風呂だけど」
「部屋にお風呂があるのに大浴場行くの?」
「まあ…大きいお風呂って、なかなか入ることないし、」
「部屋に専用のお風呂が付いてることの方がレアだと思うんだけど」


及川の意見はご尤もだ。しかし、部屋のお風呂に入るとなると、きっと及川は一緒に入ろうと言ってくるに違いない。それは絶対に嫌だ。名前は、この場をどう切り抜けようかと必死に考える。
しかし、及川はそんな名前の思考回路などお見通しだ。ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、じりじりと名前に詰め寄ってくる。


「な、なに、」
「お風呂。一緒に入ろ?」
「やだ!」
「うん。そう言うと思ったけどさ」
「徹は部屋のお風呂に入れば良いじゃん」
「…ここに泊まれたの、俺のおかげなんだけどなぁー?」


わざとらしくそんなことを言ってくる及川に、名前はぐうの音も出ない。確かにその通りだ。その通りなのだけれど、そんな攻め方をするなんてズルすぎやしないだろうか。抗議の意味を込めて睨みつけてみるものの、及川は全く動じないどころか、むしろ楽しそうだ。


「高校最後の思い出じゃん」
「別にお風呂は一緒に入る必要ないってば…」
「俺には必要あるの」
「えぇぇ…でも……えぇぇぇ…」
「変な唸り声出さなくて良いから、さっと脱いでさっと入ろうよ」


及川は嫌がる名前の手を取ってお風呂場の方へ向かう。ずるずると引き摺られるようにして脱衣所まで来てしまった名前は、大きく溜息を吐いた。
湯船に浸かるギリギリまでタオルを巻けばどうにかなるだろうか。いやいや、そういう問題ではない。お互い裸で湯船に浸かるなんて恥ずかしすぎる。こんなことなら水着でも持ってくれば良かった。今更、ああすれば良かった、こうすれば良かったと思っても仕方がないことは分かっているのだけれど、現実逃避するにはそれぐらいしか方法がない。
名前がうだうだと思い悩んでいる間に、及川は何の躊躇いもなく名前の目の前で服も下着も脱いでいて、思わず目を逸らす。及川の裸を見るのは初めてではないけれど、明るい電球に照らされたところでまじまじとその引き締まった身体を見せつけられると、否が応でも過去の情事中のことを彷彿とさせられてしまって、なんとなく気恥ずかしい。そんな名前の様子に気付いたのだろう。及川はそっぽを向いている名前の顔をわざとらしく覗き込んでニィと笑う。


「先、入ってるよ?」
「私入るなんて言ってないし、」
「来なかったら夜寝られないかもね?」
「…脅しですか」


及川は名前のその確認するような問いかけには何も答えず、意味深な笑みだけを残してドアを隔てた向こう側へ行ってしまった。及川のあれは、ハッタリだ。そう思うのだけれど、やけに含みを持たせた言い方は本気にも聞こえて、名前はいよいよ追い込まれる。
どうしよう。ここで逃げるか。しかし今逃げたところで寝床は同じなわけで、結局のところ及川から離れられるわけではない。こうなったら、さっと入ってさっと出よう。
やっとのことで決意した名前が服に手をかけた時、ガラリとドアが開いて、全身ずぶ濡れの及川が顔を覗かせた。髪から滴り落ちる雫がやけに色っぽくて、名前は一瞬見惚れてしまう。


「あ。入る気になってくれたんだ?」
「徹が誘ったんでしょ!」
「うん。でも逃げちゃうかなーとも思ってたから様子見に来た。中で待ってるねー」


名前が服を脱ごうとしていることに浮かれ気分の及川は、それだけ言うと再びドアを閉めて中に消えた。なんというか、自由な男である。
人の気も知らないで、と不満を抱きながらも、及川の思い通りに動いてしまっている自分が情けない。名前はのろのろと服を脱ぎ身体にバスタオルを巻き付けると、緊張しながら中へ入った。
むわりと湯気が立ち込めるのに、ひんやりとした空気が全身を包むから、暖かいのか寒いのかよく分からない。及川は既にシャワーを浴び終えたのか、備え付けの露天風呂に身体を沈めている。
名前は極力及川の方を見ないようにして椅子に腰掛けると、及川に背を向けて髪や身体を洗い始めた。背後から痛いほど刺さる視線には気付かないフリを決め込む。そうして全身を洗い終えた名前は、さてここからどうしようかと動きを止めた。
そんな名前に、待っていましたと言わんばかりに及川が声をかける。


「こっちおいでよ」
「……、」
「気持ちいいよ?」
「……、」
「名前、」
「……、」
「おいで?」


名前を呼ばれて振り向いたタイミングで、柔らかく微笑みながら甘い言葉を投げかける。及川はきっと、全て計算してそうしているのだろう。そんなこと分かりきっているのに、名前はどうやっても、及川のその表情に逆らえない。
本当にずるい男だ。心の中で悪態を吐きながらも、名前はゆっくりと湯船に近付くと、及川に背を向けてバスタオルを外し、そのまま後退するように湯船に浸かった。広い露天風呂の隅っこで、景色を眺めるでもなくただシャワーの方向を見つめている名前は、なんとも滑稽だろう。
及川はそんなガチガチに固まっている名前を背後から抱き竦めると、首筋に顔を埋めた。湯船に浸かっているからなのか、背中から伝わる及川の体温のせいなのか、名前の身体は燃えそうなほど熱い。


「徹、近い…」
「うん。わざと」
「悪趣味」
「でも嫌じゃないでしょ?」
「馬鹿じゃないの」
「ね、名前」
「なに」
「こっち向いて」


耳元で囁く声は普段のそれより幾分か低くて、名前は全身の毛がぞわりと逆立つのを感じた。恐る恐る首だけ回すと、一瞬の内に塞がれる唇。どさくさに紛れて舌まで捻じ込んでくるものだから、名前は頭がクラクラしてしまう。


「とお、る、やだ、」
「ほんとにやだ?」
「や、だ」
「……そんな顔して言われても、説得力ないよ」


そんな顔とはどんな顔だろうか。もしもヤラシイ顔だとか色っぽい顔だとかそういうことが言いたいのだとしたら、それは及川の方だと言ってやりたい。いつもはヘラヘラしているくせに、こういう時だけ無駄に色気全開な恋人の表情に、名前はいつも振り回されっぱなしだ。
及川の手はいつの間にか名前のお腹をするすると撫でていて、その手付きから容易に今後の展開が予想できた。温泉旅行が決まった時点で、それなりに覚悟はしていた。けれども、いざ現実のものとなってみると、どうしたら良いか分からない。


「温泉、気持ちいいね?」
「うん…」
「もっと気持ちよくなろうか?」
「嫌だって言っても、意味ないんでしょ…」


名前の返事を肯定と取ったのか、及川は再び名前の唇に深めのキスを落とした。折角の露天風呂。どうせならもっと景色を楽しみたかったなあ、と頭の隅で思う名前だったが、そんな余裕は数秒にして及川に奪われてしまうのだった。
相反する境界

後編に続きます。お決まりの展開で申し訳ない。