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- ナノ -

名前は半年ほど前からバレー部の松川と付き合っている。友達に誘われて何回か体育館にバレー部の見学に行き、松川のことを密かにカッコいいなと思っていた名前だったが、目立つわけでも、特別容姿が良いわけでもない自分のことなど、松川は知りもしないだろう。そう思っていたのに、松川の方から告白してきた時には夢かと疑った。なんでも、松川の方も、体育館に見学に来ていた名前のことが気になっていたらしい。そんなわけで、付き合い始めた2人は、スローテンポながらも穏やかに交際を続けていた。
何の問題もなく順調に愛を育んでいたある日のこと。名前の元に、名前も知らない女子がやって来た。綺麗ですらりとした体型のその女子は、長い髪を靡かせて名前が座る机に手をつくと、まじまじと顔を覗き込んできた。


「一静の彼女って、あなた?」
「え?あ、はい…そう、ですけど…」


恐らくその女子は同い年なのだけれど、あまりの威圧感に名前は思わず敬語になってしまう。見ず知らずの女子の出現に驚きつつ、そういえば今、松川のことを一静と呼んでいたけれど、どういう関係なのだろうかと不安になる。


「私、2年生の頃に一静と付き合ってたんだよね」
「そう、なんだ…」
「一静ってあんまり自分のこと喋らないでしょ?だから知らなくても無理はないけど…私、一静と同じクラスで今も仲良いの」
「……はあ」


名前は失礼ながらも、松川が選びそうな女子ではなさそうなのにな、と心の中で思う。しかしながら、目の前の女子は元カノだと言うのだからそうなのだろう。何が目的かは不明だが、兎に角、自分は松川の元カノだと主張しに来たということだけは明白だった。
まさか元カノが松川と同じクラスで今も仲が良いだなんて知るわけもなく、少なからず動揺している名前に、元カノは畳み掛けるように発言を続ける。


「一静が言ってたんだけど。あなた、あんまり自分から喋らないんでしょ?」
「まあ…そう、かな。どっちかと言うと話をきく方が好きだから…」
「なかなか会話が弾まないって言ってた。きっと一緒にいてもつまんないんじゃないかな。だから一静、私と話す時はすーっごく楽しそう」


元カノの言葉に、名前は驚きを隠せなかった。確かに2人で一緒にいる時は、基本的に松川が喋る。バレーの話や、クラスでの話、テレビの話など、他愛ない内容ではあるけれど、名前はそれをきくだけで楽しかったし、その時間が心地良かった。だからてっきり、松川も同じ気持ちでいてくれるものだとばかり思っていたのに。


「一静、優しいから、仕方なくあなたと付き合ってるのかも。私とヨリ戻す?ってきいたら笑ってたし」
「…そんな……」
「急に来てごめんね。それだけ話しておきたくて。じゃあ、バイバイ」


元カノは言いたいことだけ言うと、さっさと教室を出て行ってしまった。ざわつく教室内で、名前は意気消沈だ。
松川は元カノの言う通り優しい。だからもしかしたら、本当に自分を気遣って別れを切り出せないだけかもしれない。悶々とした気持ちのまま1日が過ぎ、あっと言う間に放課後。名前は考えた結果、松川に直接きいてみることにした。
無理に付き合ってもらっても意味はない。我慢させているなら申し訳ないし、この際はっきりさせてしまおう。今日は月曜日。部活も休みだから、どうせ一緒に帰るはずだ。
帰りのSHRが終わってから、名前は1組に向かった。こんな日に限って担任の先生の話が長引いてしまったため、他のクラスにはもうあまり人がいない。
1組の教室内を覗いて松川を見つけた名前。しかし、近付くどころか声をかけることさえできなかった。松川が、元カノと抱き合っていたからだ。名前は急いでその場を離れると、階段を駆け下りた。早く、帰らなきゃ。早く、松川から、離れなきゃ。
急ぎすぎるあまり足がもつれてしまった名前は、階段から転げ落ちそうになる。しかし、何者かに力強く腕を掴まれたことにより、最悪の事態は回避できた。階段の踊り場でいまだに腕を掴んでいる人物にお礼を言おうと振り返った名前は、愕然とする。その人物が、今最も会いたくないと思っていた松川だったからだ。


「なんで逃げるの」
「だって…元カノ、さんと、良い感じだったから…」
「やっぱ見てたか…」
「あの…ごめんね」
「は?何が?」
「一静君に、無理させて…」
「何の話?」


頭にクエスチョンマークを浮かべている松川だが、名前は俯いているため、その表情に気付かない。元カノに言われた言葉達を思い出し、名前は唇を噛み締めた。


「私、あんまり喋らないから、一静君、つまんなかったよね」
「いや、そんなことないけど」
「一静君、優しいから、私に別れてって言えないだけ、なんでしょ、」
「は?待って。何言ってんの?」
「元カノさんと、ヨリ、戻したいんでしょ、」
「………あいつに何か言われた?」


名前の様子がおかしい原因にやっと辿り着いた松川は、掴んでいた腕をゆっくり離して優しく問いかける。今にも泣き出しそうな名前は、なかなか言葉を発することができない。
そんな名前に詰め寄るわけでも、答えを急かすわけでもなく、松川は静かに頭を撫でるだけだ。幸いにも階段を通る生徒はまばらで、通り過ぎる人は何かあったのかな?と興味を示すものの立ち止まりはしない。


「俺、名前に元カノの話したことある?」
「…ない、けど、」
「なんで話さなかったと思う?」
「……まだ、未練があるから、勘付かれないように、とか…?」
「はずれ。もうなんとも思ってないから言う必要ないと思っただけ」
「え?」
「さっきのも、あっちが勝手に抱き付いてきただけで俺からは何もしてない」


元カノからきいていた話と違う。さっき見た光景も含めて、全て元カノの策略だったのか。名前はやっとのことで顔を上げると、松川の顔を見据えた。やっと見てくれた、と笑う松川は、いつもと何も変わらない。


「元カノさんと、ヨリ、戻したい?」
「まさか」
「私、あんまり喋らないから、つまんないって思ってない?」
「話きいてくれて嬉しいよ」
「無理して、付き合って、ない?」
「俺は名前のことが好きだから一緒にいるんだけど?」


名前の疑問と不安にひとつひとつ丁寧な返答をする松川に、名前の心は少しずつ軽くなっていく。漸く、自分が勘違いしていたことに気付いたのだ。
松川も誤解が解けたことを察知したらしく表情を和らげると、名前を自分の胸に引き寄せた。人通りが少ないとは言え、階段の踊り場という見通しの良い場所でそんなことをされた名前は、戸惑いを隠せない。


「一静君、ここ、学校、」
「うん。知ってる。そんなことより、なんで1人で不安がってんの」
「……ごめんなさい。一静君のこと、信じてないわけじゃなくて…なんていうか、私は自分に自信がなくて。一静君の彼女で良いのかなって…」
「俺は、名前が良いの」
「一静君…」
「元カノには俺から言っとく。だからもう1人で悩むのやめて。分かった?」


松川の言葉ひとつで、不安に思っていたことが馬鹿馬鹿しくなって心がポカポカしてくるから不思議だ。名前は松川のシャツをきゅっと握ると小さく頷き、一生懸命自分の気持ちを伝えた。


「あの、私は、一静君が好きだから、これからも一緒にいたい…です」
「…なんでこう……今言うかな…」
「ごめん、急にそんなこと言われても困るよね。あの、そろそろ離れよっか、」
「名前、今日のデート、どこ行くか決めてなかったよな?」
「え?あ、うん」
「じゃあ俺んち。行くよ」


松川は名前の返事をきくことなく手を取ると、教室にカバンを取りに行って早急に靴箱を目指す。状況が飲み込めていない名前は、松川に着いて行くだけで精一杯だ。やっとのことで靴に履き替える時に立ち止まることができた名前は、松川の服の裾を摘んで顔を見上げる。


「一静君、なんでおうちデートなの?」
「……現在進行形で、色々限界だから?」
「うん?」
「まあうちに着いたら分かるって」


含みをもたせた言い方をしてニヤリと口角を上げた松川に、名前は不覚にもドキドキしてしまって。当たり前のように繋がれた手が、いつもより熱を帯びていた。
溢れるリーベぼくのきみ

10000hits記念お礼の松川夢でした。松川は穏やかに時にエロやかに彼女を大切にするイケメンでいてほしい。