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彼氏の鉄朗とマネージャー


「都会でもわりと見えるもんだよね」
「ん? ああ……明日も天気良いらしいですよ」

 帰り道、ふと見上げた空にチカチカといくつかの光が見えて何の気なしに呟けば、夜空と私の視界の間に割り込んできた黒髪の男がワンテンポ遅れて声を落とした。今日も暑かったから疲れているのかもしれない。立っているだけでもじっとりと汗ばむこの季節に、文字通り滝のような汗を流しながらサウナ状態の体育館でバレーボールをしてきた後なのだ。そりゃあ疲れるのは当然だろう。
 日が長くなってきたとはいえ、夜の八時近くになれば辺りはすっかり暗くなっていて、都会の夜空でもキラキラ輝く星がよく見えた。緩く纏わりついてくる風は生ぬるいので心地良いとは言い難いけれど、昼間の暑さに比べたらマシだと思うことにする。
 夜空に向けていた視線を、隣をのっそり歩く背高のっぽに向けて、そういえば黒尾と二人きりで帰るのは随分久し振りかもしれない、などと今更なことを考える。今日は研磨が新作ゲームの予約をしに行くという理由で別行動を取っているから、いつもとは状況が違うのだ。

「あ。あれ、赤く見えない?」
「んー? どれ?」
「ほら、あのピカピカしてるやつ」
「俺には全部ピカピカしてるように見えるんですけど」

 情緒のカケラもないことを言う男のことは放っておいて、私は続ける。半分は独り言みたいなものだ。

「音駒カラーの星だね」
「なんじゃそりゃ」

 黒尾から同意は得られなかったけれど、別にいい。私だけがあの赤を認識できているのだとしたら特別じゃないか、なんて、ちょっぴり得した気分になって、その赤く輝く光を見上げながら歩いていたせいだろうか。注意力が散漫になっていた私は、進行方向から向かってくる車の存在に気付くのが遅れてしまった。避けなくちゃ。そう思うより先に歩道側に引き寄せられて、間一髪、最悪の事態は免れる。
 あっぶね、という声を聞いて我に帰った私は、引き寄せてくれた人物にお礼を言おうとそちらに顔を向けた。と同時に、逞しい胸板が視界に飛び込んできて心臓が大きく脈打つ。
 近い。それはもう、私の心臓の音が聞こえてしまいそうなほど。ハプニングとはいえ黒尾に抱き締められるような格好になっているせいで、動揺してお礼を言う声が随分と小さくなってしまう。そしてこの男はそんな私の心の中を覗き見る天才なので、もう距離を置いてもいい状況だというのに離してくれないのだった。

「……で、赤いピカピカしたやつってどれだっけ?」
「え? えっと、あそこらへん……」
「わかんない。どれ?」
「……黒尾、近い」

 言いながらどんどん顔を近付けてくるものだから堪らず弱々しく告げれば、わざとですからね、という小憎たらしいセリフの後で額に軽く口付けを落とされた。赤いのマジでわかんねぇわー、じゃないよ。ばか。暗いとはいえ、こんな道のど真ん中で何やってんの。星なんて探してる場合じゃないでしょ。
 私は額を手で押さえながら、黒尾を恨めしそうに見上げた。黒尾は目が合うなりにんまりと愉快そうに口元に弧を描いていて、悪いことをしたとは微塵も思っていない様子だ。そりゃあまあ、付き合ってるんだからキスの一つや二つしてくれたっていいけど。悪いことじゃないけど。久し振りすぎて、そしてまさかこのタイミングでされるとは思っていなくて、こっちは激しく狼狽えているのだ。
 そう。私たちは一応付き合っている。けれど、なかなか二人きりになる機会に恵まれず、そういう雰囲気になることがほとんどないまま三ヶ月が経過。キスだって数えるほどしかしたことがない。それなのに黒尾は、涼しい顔をして照れる様子もなく、急にあんなことをしてきたのである。本当に憎たらしい。
 だからこの男は嫌いなのだ。……なんて、うそ。残念ながら私は、この憎たらしい男が大好きで堪らない。大好きだから、決めた。たまには私の方から仕掛けてやろうって。

「来週の金曜日、うちの近所の公園で小さなお祭りがあるんだって」
「へぇ。一緒に行く?」
「うちの親、町内会の役員だからお祭りの間はずっといないんだけど」
「うん?」
「遊びに来る?」
「それはつまり、」
「意味わかんない?」
「……あのさあ、俺が健全な高校生男子ってことわかって言ってる?」
「わかってて誘ってるって言ったら?」

 どきどき。ばくばく。強気な口調とは裏腹に心臓が口から飛び出そうなほど緊張している。これで断られたらどうしよう。断られるだけならまだしも、肉食系女子はタイプじゃないとか言われてフラれたら最悪だ。そこまで考えて行動していなかったことを今更後悔したけれど、もう遅い。
 黒尾の表情を盗み見る勇気は出なくて、やや俯きがちにもくもくと歩を進めていると、突然手を引っ張られて足が止まった。沈黙が怖い。今すぐ、全部冗談だよ、って言えばどうにかなるだろうか……などと考えていたら、先に黒尾の方が口を開いた。

「そのお誘い、絶対断らないけど大丈夫?」
「……うん」

 ピカピカした星よりも、今の私たちの方がずっと赤いに違いない。