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鉄朗と仲直りをして、まさかのプロポーズまでされてしまった日から1ヶ月が経過した。あれからの鉄朗はと言うと、どうやら本当に改心したらしく、仕事が終わるとマメに連絡をしてきては、時間が合えば必ずと言っていいほど私の家にやって来るようになった。今までのこともあるので、まだ1ヶ月しか経っていない現時点で、もう大丈夫!心配ない!と断言できないのが悲しいところだが、鉄朗の変貌ぶりはなかなかのものだと感心はしている。
今日は何の予定もない日曜日。週末は鉄朗の家か私の家で2人で過ごすのが当たり前になってきたので、今日も例のごとく、鉄朗の家にお邪魔している。お昼ご飯を食べ終えてまったりした時間が流れる午後。ソファに座って鉄朗にもたれかかりながらぼんやりテレビを見ていると、鉄朗が突然、テレビの電源を切った。ちゃんと見ていたわけではないから別に構わないが、声もかけられずに切られてしまうと、さすがにびっくりする。


「どうしたの?急にテレビ切っちゃって…」
「名前、大事な話があるんだけど」
「…大事な話?」


鉄朗がやけに神妙な面持ちで切り出すものだから、私は身構えてしまう。プロポーズはもうされたし、他に大事な話って何だろう。私は思い当たる節がないかと思考を巡らせる。
プロポーズされたとは言え、結婚に向けての準備は全くと言っていいほど進んでいない。平日は仕事があって、会う時間はなかなか作れないし、土日は今までの時間を埋めるように穏やかな時間を楽しんでいたので、そんな話には至らなかったのだ。
お互いの両親に関しては、長い付き合いということもあって、もはや公認になっているので問題はないだろう。となると、大事な話というのは、結婚式とか、結婚指輪とか、そういう類のことだろうか。


「結婚、してくれるんだよな?」
「ふふ…それ、何度も確認されて、何度もうんって言ったよね?」
「なんつーか…自分で言い出しといてなんだけど、実感ねーっつーか…ホントに結婚すんのかなーって思って」
「随分と自信なさそうだね。前の鉄朗とは大違い」


私は思わず、笑ってしまった。
以前の鉄朗なら、俺が結婚するって言ってんだからするんだよ、ぐらいの勢いだったのに、今や私に確認してくる始末である。それが嬉しいような、情けないような、複雑な心境だ。
鉄朗はバツが悪そうにそっぽを向いていたが、そうだ、と思い出したようにまた私に向き直った。そうだ、大事な話があると言われたばかりだった。私も鉄朗の真剣な様子を見て思い出し、姿勢を正して向き直る。


「一緒に暮らそう」
「……え」
「なんだよ…その顔」
「いや、私、てっきり一緒に住むのは結婚してからなのかなーって思ってたから…」
「嫌?」
「ううん。そんなことないよ。嬉しい」


鉄朗からの思わぬ提案に、私は顔を綻ばせる。結婚も同棲も、つい最近までは夢のまた夢だと思っていた。けれど、こんなにも呆気なくトントン拍子に話が進んでいくと、幸せすぎて逆に怖い。
私の表情を見た鉄朗は、良かった、と言いながらつられたようにゆるりと笑った。こんな風に優しく笑うようになったのも、あの一件があってからだ。雨降って地固まるとは、よく言ったものである。


「一緒に住んでりゃ仕事で遅くなっても話ぐらいできるだろ」
「そうだね」
「結婚式のこととか何も手付けてねーし」
「うん」
「親にもちゃんと報告行ってねーし」
「…うん」
「やること山積みだな」
「う、ん…」
「は?ちょ、名前、おま、なんで泣いて…」
「ごめん、なんか、まだ夢みたいで、」


私は鉄朗の言葉を聞きながら、いつの間にかぽろぽろ泣きだしてしまっていた。だって、あの鉄朗が、真剣に私との未来を考えてくれている。こんなに嬉しいことがあるだろうか。
ぐすぐすと鼻をすする私に、鉄朗はティッシュを渡してくれた。そして漸くして私がやっと落ち着いた頃、ゆっくりと私のことを抱き締めてくれた。


「待たせてごめんな」
「ううん、待った甲斐あるよ」
「でさ、これ以上待たせらんねーじゃん?」
「ん?どういうこと?」
「…これ、書いてくんない?」


いつからどこに忍ばせていたのだろう。カサカサと音を立てて鉄朗が取り出したのは、婚姻届だった。既に鉄朗が書くところは埋まっていて、私が書き込んで保証人の欄さえ埋まれば、すぐにでも提出できる状態だ。
たった1枚の頼りない紙。けれど、これを役所に提出すれば、私は名字名前から黒尾名前になる。


「いつから持ってたの?」
「あー…結構前から」
「なんで今日?」
「俺、提出したい日があんの。だから準備しとこうと思って」


鉄朗がニヤリと笑う。提出したい日?それって、もしかして。私は壁にかけられたカレンダーを確認する。私達が付き合い始めた日まで、あと2週間。その日でちょうど、鉄朗と付き合い始めてから丸8年になるのだ。
ここ数年、記念日なんて一緒に祝ったことはない。だからてっきり、鉄朗はもう記念日なんて忘れているものだと思っていた。


「覚えてくれてたんだ、」
「忘れたことねーっつーの」
「その割に、ここ数年一緒にいてくれたことなかったけどね」
「…それは言うなよ」


悪かった、と言いながらぎゅうと抱き締める腕の力はなんとなく弱々しい。私は鉄朗の背中に手を回し頭を撫でながら小さく、いいよ、と囁いた。
なんか、らしくないなあ。元々、優しいところはあった。けれど、以前にも増して優しくなったと思うし、本当に大切にされているとも思う。たぶんこれが幸せの形なのだろう。けれども、我儘な私は、前みたいに自信満々で強気な鉄朗が恋しくてたまらないのだ。つくづく私って、ダメ女だよなあ。
私は鉄朗から離れてじっと顔を見つめる。


「ね、鉄朗」
「ん?」
「もう謝るのなしにしよう。私ももう、昔のことは責めないよ」
「…名前はそれで良いの?」
「ちょっと弱気な鉄朗も可愛かったけどね。もう何年も強気な鉄朗と一緒だったから、なんか調子狂っちゃって」
「名前って…」


ドMだよな、と。下品な言葉をさらりと言ってのけた鉄朗は、私の顎を捉えて噛み付くようなキスをしてきた。ぬるりと侵入してきた鉄朗の舌が、口内を蹂躙する。
いつの間にか腰に回された手によって私の身体は鉄朗の方に引き寄せられて、もう逃げられないな、と悟った。


「は…、婚姻届、書かなきゃ、」
「後で良いんじゃね?」
「都合良いなあ…」
「まだ昼だから、たっぷり楽しめて良いだろ?」
「…明日、仕事だから手加減してね」
「えー?強気な鉄朗君には手加減とかできないカモー」
「何それ…」


いやらしく笑う鉄朗は、やっといつもの調子を取り戻したようだ。それでも言葉とは裏腹に、私に触れる手はとんでもなく優しい。
鉄朗の言う通り、私はドMなのかもしれない。だって、優しいばかりの鉄朗より、今みたいに少し意地悪な顔をしている鉄朗の方が、ずっとカッコよく見える。


「名前…愛してる」
「…それ、よく言ってくれるようになったね」
「何回でも言ってやるって約束したろ」
「うん」
「いつか、聞き飽きたって言わせてやるから…覚悟しとけよ」


あ、また、やらしい笑い方してる。なんて思って。その笑みに見惚れながら、私は鉄朗に身を委ねたのだった。

心以外を巻き戻し

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