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名前に別れ話を切り出されてから明日でちょうど1週間。俺はひたすら名前に連絡し続けていた。しかし、メッセージは既読スルーされるし、電話に至っては着信拒否。こんなことになったのは初めてで、さすがの俺もヤバいと思い始めていた。
時間が経てば名前の気持ちも落ち着いて、いつものように丸く収まる。そう目論んでいたのだが、その気配は一向にない。俺はここ2日ぐらい、まさか本気で別れるわけねぇよな?と、答えのない自問自答を繰り返しては溜息を吐き、思い悩んでいる。仕事中も気付けば名前のことを考えていて、今更ながらに俺は名前に相当惚れ込んでいたんだなあと再認識した。
その日の帰り道。退社した俺に事の発端となった同期の女が着いて来て、なんとなく一緒に帰っているような感じになる。勝手に腕に纏わり付いてきて気持ち悪いが、名前との今後のことを考えていて頭がいっぱいの俺は、特に抵抗もせずぼーっと歩いていた。


「最近の黒尾君、元気ないね?」
「…誰のせいだと思ってんだよ」
「もしかして彼女と何かあった?」
「だったら何?どうにかしてくれんの?」
「黒尾君の同意の上での浮気でしょ。私だけのせいじゃないじゃない」


女の言うことは確かにその通りなのだが、面と向かって指摘されるとカチンとくる。俺はこれ以上無駄な会話をしたくなくて、女のことを無視した。今はこんな女に構っている暇はない。名前とのことをどうにかしなければならないのだ。


「またホテル行く?気持ちよくなったら色々忘れられるかもよ?」
「行かねーよ」
「えー?なんでー?」
「それどころじゃねーの。つーかなんで着いて来てんだよ」
「ひどーい。私と黒尾君の仲なのに」


そう言ってわざとらしく胸を押し付けてくる女に嫌気がさした。なんでこんな女になびいてしまったのだろう。やはり酒を飲み過ぎたせいで頭がおかしくなっていたのだろうか。そうとしか考えられない。
そもそも、俺と女の仲って何だ。たった一度セックスをしたぐらいで、俺の心を射止めたとでも思っているのだろうか。もしもそうだとしたら、勘違いも甚だしい。
いい加減にしろ、と。そろそろ不愉快さが限界に達してきた俺が、ベタベタしてくる女を引き剥がそうとした、その時だった。俺達の進行方向に見覚えのある人物の姿を捉えて、俺は思わず立ち止まる。必然的に隣の女も立ち止まり、どうしたの?と声をかけられるが、驚きのあまり声も出なかった。
なんで、こんなところに名前がいるのだろう。ずっと会いたかったし話をしたかった。けれど、タイミングとしては最悪だ。現に名前は、俺と隣の女を交互に見てから表情を曇らせている。きっと、この女が浮気相手だということには、すぐに気付いただろう。


「何回も連絡してくれたから、もう1回話しても良いかなって、思ったんだけど…やっぱり、口だけだったんだ?」
「違う、待てって名前、話せば分かるから…」
「あの。あなたってもしかして、黒尾君の彼女さん?」
「……だとしたら、何ですか」


俺にほとほと愛想を尽かしたと言わんばかりに顔を顰めて帰ろうとした名前を呼び止めたのは、なんと俺に引っ付いている女だった。名前を立ち止まらせてくれたことは有り難いが、嫌な予感しかしない。
とりあえず女を引き剥がして帰らせよう。名前との話はそれからだ。俺がそう思って行動を起こすより早く、女が名前に向かってとんでもないことを言った。


「単刀直入に言うけど、黒尾君にあなたは相応しくないわ。さっさと別れてくれない?」
「おい、お前!」
「黒尾君だって、彼女じゃ満足できないから浮気してるんでしょ?浮気される彼女さんにも原因があるんじゃない?」


矢継ぎ早に言いたい放題の女を黙らせるべく、俺は腕に絡みついていた女の手を掴んで引き剥がした。名前は何も悪くない。浮気の原因なんて俺にしかないし、こんな女にとやかく言われるような問題ではないのだ。
名前は女にひどい言葉を浴びせられたにもかかわらず、何も言い返さないどころか顔色ひとつ変えない。それが逆に怖くて、俺は固まってしまった。


「……そうですね」
「名前、」
「認めるってことは、別れてくれるってことで良いのかしら?」
「おい、お前いい加減に…」
「ご心配なく。もう別れ話は済みましたので。あとはお好きにどうぞ」


今まで8年間一緒に過ごしてきて、初めて、名前の冷たい声をきいた。いつも優しくてふわふわしている名前から、まさかこんなにも抑揚のない、何を考えているか全く分からない音が奏でられるなんて、誰が想像できただろう。
あまりの衝撃に呆然としていた俺だったが、踵を返して走り去って行く名前を確認してやっと我に返る。こんな終わり方なんてさせるものか。そう思って追いかけようとした俺の腕に、女がしがみ付いてくる。女のくせにどこにそんな力があるのか知らないが、必死さゆえか、俺はなかなか前に進むことができない。女をやっとのことで押し退けた時には、名前の姿は見えなくなっていた。言いようのない絶望感と女に対する怒りで、俺の心の中はぐちゃぐちゃだ。


「………お前、ウザすぎ」
「え、ちょっと…待ってよ、」
「消えろ。俺の前から。今すぐ」
「なんで?だって浮気したってことは、黒尾君、彼女のことそんなに好きじゃないんでしょ?」
「お前には関係ねーし。とっとと消えねーとマジで殴りそうなんだけど。殴られてーの?」
「…何よ!私のこと、ちょっと良いなって思ったくせに!あんな女のどこが良いのよ!」
「お前に名前の何が分かんの?少しでも良いなって思った俺の目が腐ってたわ」
「……最低!」


女は喚くだけ喚くと、やっとのことで俺から離れてその場を去ってくれた。確かに俺は最低だと思うが、あの女も同類だと思う。来週から職場で変な噂を流されそうな気もするが、そんなことはこの際どうだって良い。
折角、名前の方から歩み寄ろうとしてくれていたのに、大切なチャンスをあんな女のせいで不意にしてしまった。…いや、違う。あの女のせいじゃない。全部、俺のせいだ。
俺は今まで自分が犯してきたことを振り返る。最初に浮気をしてしまったのは、確か大学に入って暫くしてからのことだったと思う。本当に軽い気持ちで、よく話すようになった同じ学部の女とデートをした。そこそこ楽しかったが、ドキドキはなかった。
それを皮切りに、俺は気が向いたらふらりと他の女と遊びに行ったり、時にはハグなんかもした。何を求めていたのかは自分でもよく分からない。一時の、楽しそうだから、そそられたから、そんな気分だったから、という軽い感情で動いてしまっただけで、何かを求めていたわけではないのだと思う。
はっきり言えるのは、名前以外の女を好きになったことは一度もないということ。そして、いつも浮気をした後で思うのは、名前じゃなきゃ駄目なんだなあということ。ただ、それだけだった。
それならば、なぜ。俺は名前をもっと大切にしなかったのだろう。思えば、大学時代も、社会人になってからも、会うのはいつも名前が連絡してきてくれた時だけだった。それが当たり前になりすぎて、求められるのは当然のことだと思っていた。好きだと言われることに慣れすぎて、俺から気持ちを伝えることを忘れていた。愛されているから全てを許してもらえると勘違いしていた。
俺は、本当に馬鹿で愚かだ。名前はこの8年間、どんな思いで俺と付き合ってくれていたのだろう。こんなどうしようもない俺を責めることも、咎めることもなく、何を感じていたのだろう。逆の立場だったら、きっと俺はとうの昔に怒っていただろうし、そう簡単に許しもしなかったと思う。なんて、自分勝手で理不尽な話。


「…もう遅ェよ……」


後悔なんて、してもしてもし切れない。何度も俺にチャンスを与えてくれたのに、それをことごとく不意にして。名前を数え切れないほど傷付けて。そのくせ、愛されているからと自惚れて自分からは名前に何も与えなくて。
名前が別れ話をする時に言っていた言葉を思い出す。都合の良い女はもう嫌だ、と。確か、そんなことを言っていたような気がする。名前はずっと、そう感じながらも俺の傍から離れずにいてくれたのか。そんな風に思っていることさえも気付かなかった。
けれど俺は、こんなことになってもどうしようもなく名前が愛しくて、手放したくなくて。何度も何度も名前に連絡し続けた。
けれども、当たり前のことながら名前からの返事はひとつもなく、着信も拒否され続けたまま、また1週間が過ぎた。俺は最後の手段で、名前の住むマンションの前で待ち伏せすることにした。まるでストーカーみたいだし、さすがにそんなみっともないマネはしたくないと思っていたのだけれど、もうなりふり構っていられる状況ではない。
これが、最後にはしたくない。けれど、もし最後になるなら、本当に今更だと笑われるかもしれないけれど、せめて、最後に、俺の想いを伝えさせてほしい。
俺は祈るような気持ちで、名前のことを待ち続けていた。

すべていらないから

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