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私には、高校3年生の時から付き合っている彼氏がいる。名前は黒尾鉄朗。背が高くてバレーが上手で、少し意地悪なところはあるけれど肝心なところでは頼り甲斐があって優しい、そんな彼氏。私は鉄朗のことが大好きだ。だから浮気なんてしたことは一度もない。けれど、鉄朗は違った。
高校生の頃は、一緒に過ごす時間も長かったし付き合い始めたばかりだったから、鉄朗も私のことを大切にしてくれた。それが大学生になってから、鉄朗は浮気を繰り返すようになった。別々の大学に通っていたし、お互い一人暮らしではあったけれど頻繁に行き来することはなかったから、誘惑も多かったのだろう。だからと言って、浮気をしていい理由にはならない。
浮気がバレるたびに、鉄朗は私に謝る。もうしないから。これが最後だから。本気なのは名前だけだから。そう言われると、私はついそれ以上鉄朗を責めることができず、許してしまう。もうしないでね、と。何度言ってきたことだろう。
私はある時から諦めていた。どうせまた、浮気されるんだろうな、と。そして同時に思った。鉄朗は私のことがそこまで好きではないのだろう、と。本気で好きならば、浮気なんてするはずがないのだ。現に私は一度も浮気をしたことがない。それは勿論、鉄朗のことが好きだから。
私は最近になって漸く決心した。もし次に鉄朗が浮気をしたら、別れよう。いつまでもこんな関係を続けていても未来はない。長い付き合いだし、鉄朗のことは今でも好きだ。けれど、よく考えてみれば私は鉄朗から、好きだとか愛してるとか、そういった直接的な言葉は言われたことがない。それはつまり、鉄朗がそう思っていないからなのかもしれなかった。浮気も許してくれるし、会いたいと言えば会ってくれる、都合の良い女。鉄朗にとって私のポジションなんてそんなものだったのだろうか。
私は落ち込んだ気持ちを払拭すべく、とある金曜日の夜に鉄朗へメッセージを送った。会社の飲み会だと言っていたから今日は会えないだろうけれど、休みである明日なら会えるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。
けれど、鉄朗から返ってきたのは、私の期待を裏切るものだった。飲み会が長引きそうだから会えない、と。がっかりした。別に朝からずっと一緒にいなくても良い。昼からでも夕方からでも、何なら夜だけでも。少しでも良いから会いたいと思っているのは、どうやら私だけのようだ。
どうしても会いたいと言ったら、鉄朗はどうするだろう。そんなことを考えたけれど、駄々をこねて困らせたくはない。私は聞き分けのいい彼女だから。いつものように鉄朗を気遣うメッセージを送って、スマホを仕舞う。結局、私が眠りにつくまで、鉄朗からの返事はなかった。


◇ ◇ ◇



翌朝、スマホを確認したけれど、鉄朗からのメッセージはなかった。折角の土曜日なのに何の予定もない私は、何をしようかと思案する。そんな時、突然スマホが着信を知らせる電子音を鳴らし始めた。もしかして、と画面を見て、少し肩を落とす。鉄朗かも、なんて期待するんじゃなかった。私は気持ちを入れ替えて通話ボタンを押すと、もしもし?と電話に出た。


「名前?今日時間ある?」
「え?あるけど…急にどうしたの?」
「ちょっと話したいことがあって。昼ご飯、一緒に食べようよ」
「…分かった」


電話の主は大学時代から仲良くしている友達だ。なんだか切羽詰まったような声だったが、何かあったのだろうか。私は心配になりつつも、待ち合わせ場所と時間を決めると電話を切って支度を始めた。


◇ ◇ ◇



アットホームでこじんまりとした可愛らしいカフェで、私と友達は久々の再会を果たした。会うのは数ヶ月ぶりだ。パスタランチを食べながら、私は早速、友達に本題を切り出す。


「それで…話って、何?」
「それなんだけどね…名前って、まだ黒尾君と付き合ってる?」
「え?付き合ってる…けど、それがどうかしたの?」
「……あのね名前。本当は言おうかどうか迷ったんだけど…」


友達が言い淀む。どうやら鉄朗に関することらしい。嫌な予感がしつつも、私は友達に先を続けるよう促した。


「実は昨日…その、彼氏と駅裏の辺りを歩いてたんだけど、」
「うん」
「あそこら辺ってホテル街になっててね、」
「うん。知ってる」
「そこで、黒尾君と知らない女の人が、ホテル入って行くところ見ちゃったの」


私は思わず、食べかけていたパスタをフォークごと落としてしまった。店員さんが笑顔で新しいフォークを持って来てくれたけれど、それどころではない。
今まで何度も浮気はされてきた。こんなことで慣れっこにはなりたくなかったけれど、もはや鉄朗の浮気に関して、ちょっとやそっとのことでは動揺なんてしない。けれど、ホテルに行くなんて。今まで、そこまでの浮気なんて、一度もなかったのに。さすがに身体の関係までには至らないはずだと信じていたのに。


「ねぇ名前…前にも言ったと思うんだけど…」
「分かってる。今まで好きだからって全部許してきたけど、もう限界かな」
「じゃあ、」
「うん。私、鉄朗と別れるよ」


友達は私の発言をきいて安心したようだった。大学時代から、この友達にはずっと、浮気するような男とは別れた方が良いと言われてきたのだ。忠告されるたびに、もう1回信じてみるよ、と言い続けてきた私だけれど、今回ばかりは許せなかった。何度も何度も許してきたのに、最後の最後でこの仕打ちだ。やはり鉄朗は、私のことがもう好きじゃないのだとはっきり分かった。だから、別れよう。
私はスマホを取り出すと鉄朗にメッセージを送った。どうしても話したいことがあるから会いたい、と。胸がキリキリと痛んだけれど、もう決めたことだ。早く、返事がほしい。早く、この気持ちを伝えたい。すぐにでも言わなければ、また、気持ちが揺らいでしまいそうだから。
私の思いを汲み取ってくれたのか、友達は何も言わず、ただ傍にいてくれた。


◇ ◇ ◇



その日の夜。私は鉄朗の家を訪れた。恐らく、ここに来るのはこれが最後になるだろう。緊張した面持ちでインターホンを鳴らすと、少ししてから扉が開いて鉄朗が現れる。会うのは数週間ぶりだろうか。社会人になってからは大学時代よりも会う頻度が減ったから、いつぶりか定かではない。
久し振りの鉄朗の部屋は何ひとつ変わっていなくて、なんだかそれだけで泣きそうになってしまう。そんな私の心情になど気付きもしない鉄朗は、話って何?と平然と切り出してきた。いつも思っていたことだけれど、浮気しておいて毎回悪びれもしないこの態度はいかがなものか。悪いと思っていないからなのか、隠し通せる自信があるからなのか、はたまたそのどちらもか。さすがの私も、堪忍袋の緒が切れた。


「鉄朗、昨日の夜、どこにいた?」
「昨日?飲みだった。名前も知ってるだろ」
「その後、どこか行かなかった?」
「……いや?」
「嘘。友達にきいたよ」
「…何を?」
「とぼけないで。駅裏の、ホテルに、女の人と、行ったんでしょ…?」


私の問い掛けに、鉄朗は目を丸くさせて驚く。きっと、こんなにも早くバレるとは思っていなかったのだろう。けれど、そこはさすがというべきか、鉄朗はすぐさま態度を翻すと、私に近付きぎゅっと抱き締めてきた。これはいつものパターンだ。


「酒飲み過ぎてあんまり覚えてねーし、あっちが強引に言い寄ってきたから、つい…でも、本気なのは名前だけだから」
「……、」
「これで最後にする。もうしねーから…な?」
「最後、ね」
「約束する」
「……そんなの、もう聞き飽きたよ」


いつもなら、分かった…もうしないでね、と言うところ。そこで私は、いつもと違うセリフを言った。鉄朗は明らかに驚いていて、抱き締めるのをやめて私の顔を覗き込んでくる。


「何回も約束した。もうしないでねってお願いもした。けど、鉄朗は、何回も浮気した」
「悪かったと思ってる。今回でホントに最後にするから、」
「そうだね。最後にしよう」
「名前…」
「私達、別れよう」


一瞬、許してもらえたと思ったのだろう。鉄朗に安堵の色が浮かんだ。けれど、続く私の発言に、その表情は驚愕と絶望が入り混じったものへと変化した。
今まで何があっても別れ話が出たことはなかった。だからきっと、私の言ったことが信じられないのだろう。鉄朗は珍しく固まったまま動かなかった。が、急にふっと笑いをこぼしたかと思うと、


「…冗談だろ?」


私を嘲るように、鉄朗はそう言った。冗談で、別れ話なんかすると本気で思っているのだろうか。私がどんな気持ちで別れを切り出したかも知らないくせに。どれだけ悩んで、どれだけ苦しんだかも分からないくせに。
気付いたら私は、鉄朗の頬を叩いていた。パァンという乾いた音が響く。鉄朗はまたもや放心状態だ。


「…名前?」
「人の気も知らないで。よくそんなこと、言えるね」
「落ち着けって…悪かった。ほんとに、もう絶対浮気しねーから。な?」
「そんなの信じられると思う?裏切られたの、1度や2度じゃないよね」
「…だから、今回は本気で…」
「ホテルまで行って!よくそんなこと言えるね?昨日、私会いたいってメッセージ送ったよね?その時、なんとも思わなかったんだよね?だから女の人と平気でホテルに行けたんだもんね?」
「違うって、名前、」
「都合の良い女はもう嫌なの。だから別れる。もう決めたことだから」


私は鉄朗の胸を突き放すと、振り返りもせずに家を出た。追ってくる気配はない。これでいい。これで終われる。勝手に溢れ出す涙を必死に拭いながら、私はひたすら、自分にそう言い聞かせた。
翌日から、毎日何通ものメッセージが鉄朗から送られてきた。もう1度話がしたい。考え直してほしい。せめて返事をくれ。勿論、全て無視した。電話も着信拒否をした。けれど、連絡先を消去することまではできなくて。
最低なことをされたし、今でも許すことはできないのに、私はこんな状況でも鉄朗のことが嫌いになれなかった。別れる。その決意は変わらない。けれど、あんな男のことがまだ好きな私は、本当にどうしようもないと思った。

哀ゆえに朽果てる

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