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俺には高校3年生の時から付き合っている名字名前という彼女がいる。特別可愛いってわけでも綺麗ってわけでもない。どちらかというと可愛い部類には入ると思うが、良く言っても中の上ってところだろう。触り心地は良いが、スタイル自体は普通。容姿だけで言うなら、名前以上の女なんて腐るほどいる。それでも俺が名前と8年も付き合っているのは、その性格だとか雰囲気だとかに惚れているからだと思う。
月並みな言葉で言うなら、名前は優しくてお人好しだ。過去に何回か俺が他の女と浮気をしてしまった時も、もうしないでね、と言うだけで許してくれた。勿論、浮気と言っても、2人きりで遊びに行ったり抱き着かれたりしたぐらいで、俺から仕掛けたわけではないし本気でもない。ちょっとした火遊び程度のものだ。恐らく名前だって、そんなことは分かっているのだろう。だからきっと、許してくれたのだ。そんな、俺の思いを汲み取ってくれるところも好きだったりする。
一緒にいるだけで幸せそうに笑う名前といるのは楽だ。何もしなくても和むし落ち着く。結婚するならこういう女が良いんだろうなぁと常々思っていたが、俺ももう社会人3年目。いい加減、踏み切ってもいい頃かもしれない。
そんなことを考えていた、とある金曜日。俺は会社の飲み会に参加していた。仲の良い同期と酒の飲み比べをしていたせいか、俺はいつもより酔いが回っているようで、少し頭がくらくらする。そんな俺に水をすすめてきたのは、同期の女だった。
彼女は、入社当初から何かと俺のことを気にかけてくれる。美人だし仕事もできる良い女だ。ぶっちゃけ、名前と付き合っていなかったら手を出していたかもしれない。


「黒尾君、大丈夫?ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「あー。そうだなー。でも俺、負けるの嫌いなもんで」
「黒尾君らしいね」


隣で笑う女は、やっぱり綺麗だ。酒のせいもあってか、俺はなんとなくその女にムラムラしてしまう。まじまじと見たことはなかったが、スタイルも良いし色っぽいし、よく考えたらかなりの優良物件だ。
俺がじーっと見過ぎていたせいだろうか。女が俺を見上げて首を傾げてきた。その仕草にも、なんとなくそそられる。


「黒尾君?どうしたの?」
「…いや。別に」
「ずっと見てたでしょ?私のこと、ちょっと気になっちゃった?」
「ちょっとはな」
「じゃあこの後、2人でどこか行く?」


女の提案に耳を疑う。俺に彼女がいることは既に知っている。それなのにそんな誘い文句を言ってくるということは、俺に気があるのだろうか。
正直、とても美味しい状況だ。彼女がいることを知った上で俺と関係を持っても良いと思ってくれて、オマケに自分から誘ってくるような積極的な美人が、目の前にいる。男なら誰でも心を擽られるだろう。


「俺、彼女いるけど?」
「知ってるよ?」
「だよなぁ…」
「それでも良いよって言ったら?」
「…俺に気があんの?」
「分かってるくせに」


どうやら俺の予感は的中したらしい。他のヤツらには見えない机の下で、女の手が艶かしく俺の足を撫でる。最近、名前とはご無沙汰だったし、溜まっているのは事実だ。
名前にはバレなきゃ良いし、たとえバレたとしてもいつものように謝ればどうにかなるだろう。そんな甘い考えが頭をよぎる。酒が回っているせいもあって、俺の思考回路は大分どろどろだ。


「彼女にバレねーようにできる?」
「もちろん」
「ふーん…じゃあ、お試しってことで」
「ほんと?いいの?」
「誘ってきたのはそっちだろ」


女は少し驚いた後、妖しく笑った。あとでね、なんて耳元で囁くものだからたまらない。名前は恥ずかしがり屋だから基本的に誘うのはいつも俺の方からで、女の方から積極的に誘ってくるというのは新鮮だ。だからこそ興奮する。
ほんの一瞬、名前に申し訳ないなとは思ったが、そこは男の欲が勝ってしまって、あとでどうにか取り繕えば良いかと、あまり深く考えなかった。というか、考えられなかった。


◇ ◇ ◇



飲み会がお開きになり、それぞれが帰路につく中、俺も何食わぬ顔で自宅方面を目指して歩く。すると、スマホが震えた。画面を見ると、名前からのメッセージ。
“飲み会はどうですか?いつもお仕事お疲れ様。明日、会えそう?”
純粋で優しい名前からのメッセージに、今からやろうとしていることへの罪悪感が募る。今ならまだ引き返せるが、どうするか。理性と本能の狭間で揺れる俺だったが、続いて女からの着信が入る。


「黒尾君?今どこ?」
「あー…店出て、駅の方向かってる」
「じゃあ駅の裏で良い?」
「……、」
「黒尾君?」
「…分かった。あとでな」


数秒悩んだ。悩んだ結果、俺は本能を優先させた。今までだってなんとかなってきたんだから、今回だってなんとかなる。名前なら分かってくれる。そう言い聞かせた。俺はスマホに指を滑らせて名前への返信をする。
“飲み会、長引きそうだから帰りも遅くなると思う。たぶん明日は会えねーわ。ごめんな。”
後ろめたさはある。が、名前に本当のことを言うわけにはいかないのだ。最後のごめんな、には、無意識の内に、嘘吐いてごめんな、の意味も込めていたのかもしれない。俺は罪悪感から目を背けるようにスマホをポケットに仕舞うと、駅裏を目指して歩を進めるのだった。


◇ ◇ ◇



駅裏は少し歩くとホテル街になっている。誘ってきた女も、元々そういうつもりだったのだろう。合流すると、少しも迷うことなくそちらの方面へ歩き出した。豊満な胸を腕に押し付けてくるあたり、少し積極的すぎるような気もするが、こちらとしてもそういうつもりなのだから、まあ悪い気はしない。


「彼女さん、知ったら悲しむね?」
「謝りゃ許してくれるだろ。前もそうだったし」
「ふぅーん…それって、彼女さんも浮気してるからだったりして?」
「アイツに限ってそれはない。絶対」
「なんでそう言い切れるの?」
「だってアイツ、俺のこと大好きだもん」
「それが分かってて浮気する黒尾君って、最低じゃない?」
「その最低男を誘ってきたのは誰だっけ?」
「…私、そういう男の人、嫌いじゃないから」


女の言うことは尤もだったが、誘ったのは俺じゃない。俺の腕に絡みついて艶かしく笑う、女の方だ。俺達は適当なホテルに入ると、そのままシャワーを浴びることもせずベッドに身体を沈めた。
結論から言うと、身体の相性はそこまで良くなかったと思う。何度も名前を呼んでと強請られたが、なんだか女だけが酔いしれているようで、正直興ざめだった。名前とヤってる時はすぐにイきそうになって胸が高鳴るのに、そんなことは一切なく。自分の下で下品に喘ぐ女は名前より綺麗でスタイルも良いはずなのに、なぜか情事中はちっとも興奮しなくて、俺は男としておかしくなったのかとさえ思った。


「黒尾君、気持ちよかった?」
「あーまあ、そこそこ」
「何それ。激しかったくせに」
「自分で腰振っててよく言うよな」


情事後のベッドの中で満足そうに擦り寄ってくる女は、全くと言っていいほど可愛くない。名前だったら、恥ずかしそうに顔を赤らめてくれるのに。やっぱ名前とヤりてーなぁ。隣で裸の女に腕枕をしながら思うことではないのだが、俺はそんなことを考えていた。


「ねぇ、またこういうことしてくれる?」
「それは無理。彼女にバレんのヤだし。会社にもバレたくねーし」
「私、誰にも言わないよ?」
「んー。まあ、考えとく」


もう二度とヤんねぇよ。そう思ってはいたが、女がしつこいので適当に返事をする。すると女は俺の唇にキスをして、スヤスヤと眠り始めた。…駄目だ。ひとつもときめかない。
俺は名前にメッセージを送って以来放り投げていた枕元のスマホに手を伸ばす。今更、数時間前の名前からのメッセージを見て、俺は胸が締め付けられた。
“そっか。会いたかったけど仕方ないね。鉄朗の時間がある時にまた連絡してね。あんまり飲みすぎないように気をつけて…おやすみなさい。”
俺が浮気しているなんて微塵も思っていないであろう、優しさばかりの文面。いつも、浮気をしてしまった後で気付く。俺には、名前しかいないのだと。名前以外を好きになることはないのだと。
微睡む意識の中、ふと思い出したのは、名前の幸せそうな笑顔だった。

愛ゆえに自惚れる

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