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1月曜日、突撃のち違和感

「及川君、1週間だけ私の彼氏になってくれないかな?」
「え?」


及川はその整いすぎた顔を一瞬歪めかけて、けれどもギリギリのところで笑顔に切り替えた。
昼休憩。人気のない体育館裏。となれば、及川は自分が告白されるであろうことが容易に想像できていた。なんせイケメンで高身長、バレー部の主将を務めている上に人当たりも良くて、笑顔が爽やかなことで有名。所謂、学校内の王子様だ。告白されることなんて、もはや日常茶飯事。及川は決して驕ってなどいない。今述べたことは全て事実である。
しかし、今回の告白はどうもいつもと違うようだった。「好きです。付き合ってください」というお決まりのセリフじゃなかったのも勿論だが、それよりも気になったのは、目の前の女の子がどこからどう見ても自分に好意を寄せているようには見えなかったことだ。
緊張している様子もなければ照れてそわそわする素振りもなく及川を真っ直ぐ見つめている女の子は、同じクラスの名字名前。
同じクラスにもかかわらず、及川は名前と話をしたことがほとんどない。現在夏休みを目前に控えた七月の中旬。だからさすがに名前と顔が一致しないということはなかったが、及川には名前がどんな女の子なのかさっぱり分からなかった。

この子、何考えてんだろう。ほんとに俺のこと好きなのかな?ていうかなんで1週間だけ?俺とお試しで付き合おうとしてるってこと?

及川の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだったが、それを顔には表さなかった。イメージの問題だ。本当は困惑していたし、どういうつもりだ?と少しばかり不愉快な思いもしていたが、自分が苦労して築き上げてきた今までの「王子様」のイメージをそう簡単には壊したくなかったのである。


「えっと…それは試しに俺と付き合ってみたいってことかな?」
「え、いや、そういうわけではなくて…」
「そういうわけじゃない?」
「ちゃんと1週間、普通に、及川君と付き合いたいなっていう…」


しどろもどろしながら言う名前に、及川は益々首を傾げた。普通に付き合いたいと思っているのに、どうして自分から1週間という期限を設けるのだろう。非常に不可解だ。
けれども名前は冗談や罰ゲームの類いで告白をしてきたわけではなさそうで、むしろ先ほどから向けてくる視線は真剣そのものだった。その真剣さは鬼気迫っていると言っても過言ではない。何かのっぴきならない事情があるのだろうか。
及川は暫く考える。今付き合っている女の子はいない。ついでに言うなら、バレーで忙しい及川にとって彼女はそんなに必要な存在ではなかった。だから通常なら、ここでフってしまうのが当然の流れである。しかし、1週間。1週間だけという響きが、及川には魅力的に思えた。
1週間後にはちょうど夏休みに入る。夏休みに入ってしまえば、学校がある時よりも格段に告白される機会が減るのだが、それでも例年、練習の合間に告白してくる女の子が何人かいた。
しかし、もし夏休み前に彼女ができたという噂が流れたらどうだろう。告白してくる女の子はいなくなるんじゃないだろうか。この夏休みはバレーの練習に全力を注ぎたい。できればバレー以外のことで神経を使いたくないのだ。夏休みに入ってから名前と別れたところで、それを知る者はいない。つまり及川にとって、これほど都合の良いことはなかった。


「分かった。いいよ」
「ほんとに?」
「俺で良ければ」
「ありがとう!」


こうして2人の奇妙な、1週間だけの恋人関係は幕を開けた。


◇ ◇ ◇



昼休憩を終えて5時間目の授業を受けている時、及川はふと気付く。そういえば連絡先を聞いていなかった。それに、今日は月曜日だ。仮にも付き合い始めたのなら、部活のない今日の放課後は一緒に過ごすべきなんじゃないだろうか。
思い立ったが吉日。及川は5時間目の授業が終わってすぐに名前の席に行き、ねぇ、と声をかけた。名前はひどく驚いた様子で及川を見つめていて、とても告白してきた時の落ち着いた雰囲気は感じられない。


「連絡先教えてくれる?」
「あ、そっか、ごめん」
「俺も忘れてて」


ポケットから出したスマートフォンの画面をなぞりながら、お馴染みのメッセージアプリを起動させる。名前も及川と同じ動作をしており、無事に連絡先の交換には成功した。
続けて及川はスマートフォンをいじりながら何の気なしに言葉を続ける。


「今日の放課後、一緒に帰ろっか」
「えっ」
「え?」


及川からしてみればまさかの反応だった。

俺達さっき付き合うことになったんだよね?彼氏と彼女なんだよね?じゃあ一緒に帰るのって普通じゃない?え?俺が間違ってんの?今までの歴代彼女は大喜びだった…っていうか自分から一緒に帰ろうって言ってきたけど?

名前と会話を交わす度に、及川の頭の中にはクエスチョンマークが増えていく。けれども今までにないパターンだからなのか、興味深いとも思っていた。
これなら変にベタベタしてくることもなさそうだし、彼女のフリをしてもらうには打って付けだ。及川は告白を受ける直前に考えた自分の思惑通りに事が運んでいることに、密かにほくそ笑んだ。


「及川君、予定とかないの?」
「ないよ。月曜日は部活休みだし」
「それは知ってるけど…」
「明日からは一緒に帰れないしさ、今日ぐらいは帰ろ」


少しぐらい付き合っている雰囲気を周りに感じ取ってもらわなければならない。及川の思考はどこまでも策略的だった。名前はそんな及川の思惑を知ってか知らずか、少し考えた後こくりと首を縦に振って了承の意を示す。
そのやり取りを見ていた名前の隣の席の女の子が、2人の会話が途切れたのを見計らって恐る恐る尋ねてきた。2人って付き合ってるの?と。及川にしてみれば、まさに願ったり叶ったりのアピールチャンス到来である。
名前はちらりと及川を見上げて、どう答えるべきか悩んでいるようだった。普通なら、そうだよ!私及川君と付き合うことになったの!と彼女となった女の子が意気揚々と言う場面だが、名前は決してそんなことはしない。だから及川は代わりにさらりと答えてやった。


「うん。実はさっき付き合うことになったんだ」
「えー!意外!そっかあ…名字さん、及川君のこと好きだったんだあ…」


名前はその呟きに対し、否定も肯定もしなかった。好きだとも好きじゃないとも言わず、ただやんわりと笑うだけ。
表情にこそ出していないが、及川は少しムッとしていた。自分から1週間は普通に付き合ってほしいとお願いしてきたくせに、嘘でも俺のことが好きだと言えないのか、と。
本来ならそれはいちいち気にするようなことではなかった。及川自身、そういうことが気になったのは初めてでハッとしてしまう。

何ムキになってるんだろう。この子が俺のことを好きだって言おうが言うまいが、1週間の関係なんだからどうでもいいじゃん。

それはまるで自分自身にそう思わなければならないと言い聞かせているようで、及川は益々もやっとしてしまう。それでも、次の授業が始まっちゃうから、と爽やかに手を振ってその場を退散することができたのは、日頃からそういう「及川徹」を演じ続けてきた賜物だ。
結局その日は、真っ直ぐに帰路を共にしただけだった。どこかに寄り道して甘いものを食べたり、夕暮れの公園で意味もなく雑談をしたり、そんな有り触れた高校生カップルらしいことは何ひとつせず、本当に一緒に帰っただけ。交わした会話もシンプルなものだった。


「家こっち?」
「うん。及川君は?」
「あっち。送ろうか?」
「ううん!大丈夫。ありがとう」


そんなやりとりをして、分かれ道で普通に別れた。手を繋ぐこともなく並んで歩いて、これじゃあちっとも付き合ってるって言えないじゃないか。これで名前は満足しているのだろうか。及川の頭の中に、またひとつ、クエスチョンマークが増えた瞬間だった。
しかし何度も言うように、及川にとってこれは理想的な状況である。しつこく迫ってくることも、無駄にベタベタしてくることもない。それを喜ぶべきなのに違和感の方が勝るのがまた不思議でならなかったが、深く考えないことにした。
何をどう考えたってこの関係は1週間限定。考えるだけ無駄なのだから。