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coeur fonds


薄っすらと目を開けると、見慣れない天井が見えた。そうだ、昨日は同窓会の後で鉄朗の家に来てしまって、それで…。途切れ途切れではあるものの、自分のやらかしてしまったことは鮮明に覚えていて死にそうになった。私、なんてあられもない姿を晒してしまったんだろう。
やってしまったことはもうどうにもならないし、どうせまた鉄朗に何か言われるのは分かっている。けれど、今は隣で眠る鉄朗が視界に入るだけで昨日の夜の情事が思い出されて死にそうになるので、せめてもの抵抗でモゾモゾと背中を向けてみた。
すると、私が動いたからだろう。鉄朗が、ん…と小さく声を漏らした。起きたのかな。背中を向けているから分からない。


「名前?起きてんだろ?」
「……おはよ」
「なんでこっち見ねーの?」
「なんでも」
「…体、痛くねーか?」
「え。あ、うん…ちょっと、だけ」
「ん、そっか」


鉄朗は背中を向けたままの私を咎めるわけでも、昨日のあれやこれやをからかうわけでもなく、ただそれだけ確認すると私の腰に手を回し、背中に擦り寄ってきた。何これ。なんか大きな猫みたい。
恥ずかしいと思っていた自分がなんだか馬鹿らしくなってきて、私は再びモゾモゾと向きを変えると、鉄朗の胸に擦り寄った。こういう、甘えるような行為は普段なら絶対にしないけれど、甘ったるい雰囲気に感化されてしまったのかもしれない。


「珍し…どした?」
「んー、なんとなく。昨日、怒らせたから。ごめん」
「あー…別に……怒ってたっつーか。嫉妬、してただけだから」
「鉄朗ってさ、結構ヤキモチ妬くよね」
「お前なぁ…逆だったらどう思う?ヤキモチ妬いてくんねーの?」


鉄朗に質問され、私は想像してみた。同窓会で元カノと親密そうな鉄朗。その気はないとしても、すごくモヤモヤした。想像しただけでそうなのだから、目の前で現実のものとなったら、ヤキモチを妬くどころの騒ぎではないような気がする。


「すごい、ヤな気持ちになった…ごめん…」
「ん、分かったならいいけど」
「でも、その、好きなのは、ちゃんと鉄朗だけだし」
「……おう」
「昨日だって目移りしたわけじゃなくて、えっと、」
「分かった。分かったから、黙れ」
「んっ!」


弁解に必死になっていた私の口を、鉄朗は強引に塞ぐ。そして、超至近距離でニヤァと笑ってみせた。すごく、ものすごく嫌な予感がする。けれど、危機感を覚えたからといって、素っ裸で布団に埋もれている私に逃げ場などあるわけもなく。冷や汗が流れるのが分かった。


「そんなに反省してるなら、反省ついでに俺のお願いきいてくんない?」
「丁重にお断りさせていただきます」
「俺、結構傷付いたんだけどなぁ?同じことやり返しちゃうかもなぁ?」
「ちょっと!それは…、ダメ…」
「じゃあお願い。きいてくれるんだよネ?」
「……何よ」
「風呂。一緒に入ろ」
「えっ!いや!無理!」


にこやかに笑う鉄朗に、全力の拒絶をした。脅され気味ではあるけれど、そのお願いだけはどうしても聞き入れることができない。
だってお風呂って。裸を晒せってことでしょ?今だって裸だし痴態なら散々晒してきただろと思われるかもしれないが、それとこれとは話が別なのだ。
素面で、明るいお風呂場で、頼りないタオルでしか体を隠せないなんて、無理だ。無理すぎる。なぜ鉄朗は一緒に入ることにこだわるんだろう。


「このまま風呂行くだけだろ」
「そういう問題じゃないの!」
「えー…」
「なんでそんなに一緒にお風呂入りたいの?」
「なんつーか、心許された感あるじゃん」
「…へ?」
「俺にはなんでも晒け出せますー的な?そういうの良くね?」


何でもないことのようにそう言って、鉄朗は私に同意を求めてきた。私はてっきり、お風呂の中でそういうことをするのが目的なんだとばかり思っていた。もしかしたら本音は隠して建前を言っているのかもしれないけれど、たとえ建前とは言え、鉄朗の口からそんなセリフがきけたのは嬉しいかもしれない。私はとっくに、鉄朗に心を許しているというのに。
こういう時、私は鉄朗に懐柔されてばかりのような気がする。今だって、一緒に入ってもいいかなあ、なんて考え始めているのがその証拠だ。


「今まで付き合ってきた人とは入ったことある?」
「はあ?それ、本気でききてーの?」
「私はない。鉄朗は?」
「…まあ……入ったことはあるけど」
「だよねぇ…」
「自分から誘ったことはない」
「え。何それ。相手から誘われたってこと?」
「そう。それがどーした?」


世の中には随分と積極的な女性もいるものだ。私は感心してしまった。過去の女の人と比べられたら嫌だなあと思ってきいたのだけれど、まさかそんな返答がくるとは思わなかった。
それにしても、あの鉄朗がお風呂に誘ったのは私が初めてだなんて。意外だ。意外だし、すごく嬉しい。


「今日だけね」
「は?」
「お風呂。今日だけは特別にいいよ」
「急になんで?」
「嬉しかったから。誘ったの、私が初めてだっていうの」


素直にそう答えると、鉄朗はほんの少し固まって。けれど次の瞬間、がばりと上半身を起こすとさっとパンツを履いて部屋を出て行ってしまった。一体どうしたんだろう。不思議に思う私をよそに、それからほんの数分で帰ってきた鉄朗は再び私の隣に潜り込む。


「湯ためてっから」
「え?あ、そうなんだ…」
「今更やっぱり無理とか、ダメだからな」
「分かってますー」
「名前、昨日の夜、俺が何て言ったか覚えてる?」
「ん?えーと……ごめん、たぶん意識飛んでたかも…」


確かに、意識を失う直前に鉄朗が何か言ってるなあとは思った。けれど、昨日はそれどころじゃなかったし、今の今まですっかり忘れていた。だと思った、と呆れられたが、そういえば何と言ったんだろう。思い出したら気になって仕方がない。


「何て言ったの?」
「ん?知りたい?」
「知りたい!」
「愛してる」
「……は、」
「愛してるって言ったんだよ」


鉄朗が、あんまりにも優しく笑いながら私の髪を掬うから、私は聞かなきゃよかったと後悔した。だって、こんなのズルすぎる。なんでこの男は、いつも私が求めている言葉を簡単に言ってしまうのだろう。だから、どうやったって敵わないのに。
嬉しくてたまらないくせに照れて何も言えない私を、鉄朗がどんな顔で見ているのか。知りたいけど知りたくない。知ってしまったら、また、どろどろに溶けてしまいそうだから。
布団に顔を埋めたままの私の耳に聞こえてきたのは、お風呂のお湯がたまったことを知らせる電子音だった。



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coeur fonds=心が溶ける


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