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episode 6
自信、はにかみ


彼女って必要?俺の率直な質問に、チームメイトは怪訝そうな顔をした。だって、野球に打ち込むのに彼女って邪魔になりそうだし。ドラマとかでよく見る、私と仕事どっちが大事なの?って修羅場が訪れたら、俺は迷わず仕事って答えるし。だから、彼女欲しいなあとぼやくチームメートに冒頭の質問を投げかけてしまったのだ。俺の隣で素知らぬ顔をして黙々と食事を続ける一也も、恐らく俺と同じような考えだと思う。


「彼女がいたら、辛い時とか支えになるし」
「彼女に支えてもらわないと辛い時を乗り越えらんないわけ?」
「いや、まあそういうわけじゃないけど…」
「じゃあいらないじゃん」
「成宮はその気になればすぐ彼女できるからそういう考えになるんだよ」
「はあ?」


なんだ、その気になればすぐできるって。確かに、学生時代を振り返ればそれなりに告白されて、それなりに女の子と付き合っていた時期もあった。けれど、揃いも揃って、野球ばっかりでつまんない、と言って俺から去って行ったのだ。野球を頑張ってる鳴君が好き!とか言ってきたのはそっちのくせに、自分勝手な女の子達だった。
そんなわけで、女の子にはもううんざりなのだ。寄ってくるのも告白してくるのも好きにしてもらったら良いけれど、それで勝手に幻滅されたらこっちはたまったものじゃない。特にプロ野球選手になってからはその思いがより一層強くなっていったから、彼女がほしい、なんていうチームメイトの発言はどうやっても理解できなかった。
行きつけのお店で奥の座敷席を貸し切って行われている飲み会。お酒はそんなに好きじゃないからそろそろ帰りたい。こっそり帰っちゃおうかな。そう思ってきょろきょろと周りの様子を窺っていると、女性店員さんに声をかけられてしまった。


「何かご注文承りましょうか?」
「ああ、いや、いいです」
「失礼しました」
「あ、トイレってどこですか」
「座敷を出てすぐ左手にございます」


物腰が柔らかくて愛想のいい店員さんだった。こういう賑やかなお店には似つかわしくないというか、随分と落ち着いた雰囲気が漂っている。見た目は結構タイプかも、なんて思ったのは先ほどそういう話をしていたせいだろうか。俺、少し酔ってんのかも。
そんなことを考えながら教えてもらったトイレに行って、このまま帰ってしまおうかと目論んでいる時だった。申し訳ありませんがそういったことは…、という声が聞こえて振り向けば、つい先ほどの女性店員さんがおじさんに絡まれていた。他の店員もやんわりと事態を収拾しようと四苦八苦しているようだけれど、しつこいおじさんはなかなか手を引かない。それどころか、俺は客だぞ!と暴れ出しそうな雰囲気だ。
面倒事には巻き込まれたくないし、普段ならこういうのは見て見ぬフリをするタイプなのだけれど、今日はなんとなく見過ごせなくて。仕方がないなと溜息を吐きつつ喧騒の中に飛び込んでいった。


「おじさん。迷惑だから出て行きなよ」
「はあ?なんだ小僧?やんのか?あ?」
「別にいいけどさ。俺に何かあったら、たぶんおじさん、すごい額の治療代請求されると思うよ」
「お前何言って…、」


そこで初めて俺の顔を見たおじさんは、さあっと青ざめた。良かった、野球見てるタイプのおじさんみたいで。俺が誰か分かったらそりゃあ手出しできないよね。それからおじさんは嘘みたいに静かになって、そそくさとお店から出て行った。おかげで俺は周りの客に存在がバレてしまったけれど、どうせ帰ろうと思っていたし気にしないことにする。
一也に連絡入れて、先にお店出ちゃおう。お金はまた後日払えばいいし。スマホで一也にメッセージを送りつつ店を出ると、背後から、あの、と声をかけられた。足を止めて振り向けば女性店員さんが立っていて、さっきのお礼かな、なんて思っていると。近寄ってきたその人は、予想だにしていなかったことを言ってのけた。


「どうしてあんなことされたんですか」
「は?助けてもらっておいてそんなこと言ってくんの?」
「結果的には良かったかもしれませんが、もしお客様に何かあったらこちらが困ります」
「…あっそ。余計なことして悪かったね」
「プロ野球選手なんですから…自分のこと、大切になさってください。でも、ありがとうございました」


そう言って深々と頭を下げたその女性は、言いたいことだけ言って店内に戻って行った。何あれ。変な人。あれじゃあお礼言いにきたんだか説教しに来たんだか分かんないじゃん。てっきり、助けてくれてありがとうございました。お礼に何か…とか、言ってくるものだとばかり思っていた。ああいうタイプの人って初めてかも。
それが名前さんとの出会いだった。


  


プロ野球選手の成宮鳴と言えば、そこまで野球に詳しくない人間でも名前ぐらいはきいたことがあるだろう。私も、きちんと野球を見たことはないけれど、その名前と顔ぐらいは知っていた。とは言っても、お店にチームメイト達とやって来ることもあったので、あれが有名人かあ、ぐらいの認識。だから、結局はそこまで興味をそそられる対象ではなかった。勿論、あっちだって私のことなど店員の1人としか思っていないだろうし、もはや存在そのものを覚えられているかどうかすら危ういと思っていた、のに。


「ねぇ、名前さんって野球観に行ったことないの?」
「…ありません。お通しです」
「じゃあ今度チケットあげるから観に来てよ」
「ご注文はいかがいたしましょうか?」
「俺の話きいてる?」


きいている。きいている上で無視しているのだ。なぜ成宮さんがこのお店に1人で来ていて、私のことを名前さんなどと親し気に名前で呼んでいるのか。私はいまだに理解できない。
お客さんに絡まれていたところを助けてもらった日以来、なぜか成宮さんは個人的にお店に来る回数が増えて、ついでに私に話しかけてくることが多くなった。最初は自意識過剰かと思って気にしないようにしていたのだけれど、周りのスタッフに、成宮さんのお気に入りって名字さんですよね、と指摘されてしまっては気にするなという方が無理な話だ。
名前をきかれて、年齢もきかれて、ついでに連絡先をきかれて(これはさすがに教えていないけれど)、成宮さんがどういうつもりで私に接触してきているのか、さっぱり分からない。もしかして新種の嫌がらせか何かだろうか。接客しながら、私は色々と考えを巡らせる。


「今日って仕事何時まで?」
「それをきいてどうするんですか」
「送ってあげようかなって」
「大丈夫です。いつも1人で帰ってます」
「俺がそうしたいだけなんだけど」


成宮さんはとても押しが強い。私のことを本当に気に入ってくれているらしく、それは素直に有難い。けれど、こんなに個人的な関係になってはいけないような気がする。だって成宮さんはプロ野球選手で、野球界のスターだ。仮に私のようなやつと帰ったりして週刊誌にでもすっぱ抜かれようものなら一大事である。


「気持ちだけで十分なので」
「そういう社交辞令いらない。ていうか前から言ってるけど名前さん俺より年上なのにいつまで敬語なわけ?」
「成宮さんはお客さんですから…」
「だから、成宮さんじゃなくて鳴でしょ」


ここ最近毎回言われていることだけれど、本当に困る。俺、本気だからね。そう言われた時にはドキッとしたし、少なからずときめいた。けれども、すぐに我に返って思い直したのだ。こんなにキラキラした人と私が、これ以上距離を縮めてはいけない、と。
今日もそうしてなんとかその場を凌ぎ、成宮さんは帰って行った。途端、どっと押し寄せてくる疲れと、少しの寂寥感。自分から距離を取っているくせに、離れて行ってしまうと寂しいと感じてしまうなんて、私はひどく我儘だ。


「名字さん、お疲れっす」
「倉持君さぁ…成宮さんと知り合いなんでしょ?少しは助けてよ…」
「無理っすよ。アイツ、言い出したらきかない我儘王子なんで」
「それにしたって…」
「名字さんは本当にアイツのこと何とも思ってなくて迷惑してるだけなんすか?」
「え?そりゃあ…うーん…」
「世間体とか気にしてるだけならアイツ余計に怒ると思いますけど」


痛いところをずけずけと責めてくる倉持君は、成宮さんと高校時代に面識があるらしい。野球をしていたと言っていたのでその関係だろう。私と成宮さんの成り行きをただ傍観しているだけでちっとも助けてくれないと思ったら随分と厳しいお言葉。これで年下なのだから本当に恐れ入る。もしもいつか倉持君から恋愛相談を持ち掛けられたら、私も容赦なく言うようにしよう。
そんなくだらないことを考えつつ、先ほど倉持君に言われた言葉を反芻してみる。暗に世間体抜きで考えろと言われているような気がするけれど、相手があの成宮鳴では考えるなという方が無理な話ではないか。私は再び頭を悩ませることしかできないのだった。


  


「もしもし?何か用?」
「ただの暇潰し」
「…切るわ」
「あの居酒屋の店員、覚えてる?」
「はあ?急になんだよ…店員の顔なんか覚えてねぇけど」
「だよねぇ…一也だもんねぇ…」


店から少し離れたところで電話をする俺は、名前さんの仕事が終わるのを待っていた。その間の暇潰し相手に一也に電話をかけたのだけれど、これはチョイスミスだったかもしれない。恋愛音痴の一也では、ほんの少しの恋愛相談もできないし。


「一也は誰かのこと好きになったことないの?ないか」
「マジで切っていい?」
「俺、今かなりマジで好きな人がいるんだよね」
「へぇ」
「年上なんだけど、今までの女とは違う気がする」
「それって今電話できかなきゃいけねーこと?」
「うん。今その人待ってんの」
「あっそ。じゃあ切るわ」


一也は本当に電話を切りやがった。今後俺に色恋沙汰でアドバイス求めてきても絶対に何も教えてやんない。そんなことを固く決意した時だった。タイミングよく名前さんが店から出てくるのが見えて、俺はすぐさま駆け寄りその手を取る。びくっと肩を跳ねさせた名前さんは俺の姿を認めて少しばかり安心した様子だった。不審者だとでも思われたのだろうか。まあ確かにいきなりすぎたとは思うけれど、逃がしたくなかったのだから仕方がない。


「話あるんだけど」
「え、そんな急に…」
「この後予定でもあるの?」
「そういう問題じゃ…」
「時間あるならこっち」


僅かに抵抗はあったものの、俺がぐいぐいと手を引っ張って行けば途中から諦めたのか、名前さんは大人しく付いて来てくれた。少し離れたところに停めていた車に乗るよう促し、とりあえず鍵を閉める。これでゆっくり話ができる。店員さんとお客さんではなく、ただの男と女として。


「今はお客さんじゃないから敬語も成宮さんも禁止ね」
「あの、ちょっと…状況が飲み込めないんだけど…」
「俺は前から言ってるよね。本気だって。はぐらかしてるのはそっちでしょ」
「そうだけど、いや、でも、」
「本当に迷惑?嫌?」
「…それは……」


言い淀む名前さんは目をキョロキョロと忙しなく動かしていて、本当に困り果てている様子だった。けれど、俺だってそろそろ我慢の限界だ。アプローチし続けて1ヶ月は経過しただろうか。俺は元々気が長い方じゃないし、これでも待った方だ。いつまでもこんな状態、真っ平御免である。


「なんていうか…信じられないというか…成宮さ…鳴、君は、住む世界が違う人だし…」
「はあ?同じ世界にいるし。じゃあ今名前さんの隣にいる俺は何だと思ってんの?」
「私は鳴君みたいに自分に自信がないから、好意を寄せられて、ああそうですか私も好きなんですじゃあ付き合いましょう、なんてすぐに決断できないの!」
「名前さん、俺のこと好きなの?」
「え?いや、それは…」
「じゃあいいじゃん。付き合えば。名前さん、今から俺の彼女ね」
「ちょ…そんな簡単に決めないでよ」


大人ってのは面倒臭い。俺より大人な名前さんはきっと俺が考えもしないような小難しいことまで考えているから悩んでいるのかもしれないけれど、俺に言わせてみればそんな悩む時間は無駄以外の何ものでもない。だって俺は名前さんが好きで、名前さんも俺のことが好きなら、そこに付き合えない理由なんてないじゃないか。
俺は自分の考えをそのまま吐露した。すると、目を真ん丸くして驚いていた名前さんは暫くそのまま固まって。やがて、観念したとばかりにふっと笑みを零した。そういえば営業用スマイル以外の笑顔を見たのはこれが初めてかもしれない。年上だけれど、可愛いじゃん、と思ってしまった。


「鳴君、ほんとブレないね…」
「何それ。褒めてんの?」
「半分は褒めてる。けど、半分は呆れてる」
「はあ?」
「私のどこを気に入ってもらえたのかは分からないけど、なんかもう意地張ってるのが馬鹿らしくなってきちゃった」


どうやら色々吹っ切れたらしい名前さんは、清々しい顔をしていた。最初からそうやって素直になれば良かっただけなのに、時間かかるんだから。まあ何はともあれ全てが上手くいったところで、俺は車のエンジンをかけた。助手席に座る名前さんは、どこに行くの?と少し不安そうだけれど、そんなの決まってんじゃん。


「送るから家教えて」
「いいよ、そんなに遠くないし」
「もう発車させた。引き返すの無理」
「ほんと強引…」
「このまま教えてくれなかったら俺んち帰るけど」
「…じゃあ教えない」
「は?」
「って言ったら、どうする?」


こういうところは年上としての経験の差か。不意打ちにそんなことを言われたら、俺だってどうしたらいいか分からない。赤信号でゆっくり停車させてから、隣の横顔をちらりと盗み見る。本当に家を教えるつもりはないのか、あれから名前さんは黙ったままだ。


「本当にうちに帰るけど」
「来られたら困る?」
「別に」
「じゃあ行こうかな」
「本気で言ってる?」
「……鳴君はどっちがいい?」


散々俺を焦らしておいて、今度はこれである。女ってよく分からない。攻守交替と言わんばかりに俺を攻め立てる名前さんはなんだか楽しそうで、このままやられっぱなしでは終わりたくないと負けず嫌いな性格が顔を覗かせる。


「俺はどっちでも良いし」
「じゃあ、」
「じゃあ?」
「このままもう少しドライブしたいかな」
「…良いよ。それぐらいの我儘ならきいてあげる」
「ありがと」


信号が青に変わった。発進させる前にもう1度盗み見た名前さんの顔は幸せそうで。柄にもなくつられて笑ってしまった。
チームメイトの皆、ごめん。彼女ってやっぱり必要かも。

1周年記念成宮夢でした。成宮は自分に自信満々でぐいぐい押していくタイプだろうなと思って、ひたすら押し続けてもらいました。最後の最後で照れちゃうあたりが可愛いかなと思ったのですがいかがだったでしょうか。私の趣味を押し付けすぎですかね笑?長くなってしまいましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。