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episode 3
まるで、魔法だ


大学で初めて会った時に直感で感じた。この子は俺のもんにしたい、て。高校時代から来るもの拒まず去る者追わずだった俺が、どういうわけか自分から欲しがったのは、名字名前という平凡な女の子。もっと可愛い子や美人な子は腐るほどいるのだけれど、それでも名前が良かったのだから仕方がない。


「俺の彼女になってや」
「え?」
「ええやろ?」
「…いや、待って。そもそもあなた誰?」


バレー推薦で入学したし、そこそこ有名だと自負していただけに、この一言にはなかなかの衝撃を受けた。自分のことを知らない?まさか。そこから?思わず、はあ?と眉間に皺を寄せてしまった俺に、まずは名乗りなさいよ!と食って掛かってきた名前のことは、今やネタとなっている。つまり俺は、無事に名前という彼女をゲットすることができたのだった。
同じ大学に通っているということもあり、俺と名前は頻繁に行動を共にしていたし、俺が堂々と公言していたので大体の人間は俺達が付き合っているということを知っている。だから、お互いに浮気を疑うような余地は微塵もなかった。名前が東京に遊びに行くまでは。


「東京?何しに行くん?」
「お姉ちゃんがいるからたまには会いたいなーって」
「ああ、実家あっちやもんな」
「うん。お姉ちゃんが仕事終わるまではてっちゃんに相手してもらえばいいし」
「てっちゃん?」
「お姉ちゃんの彼氏。そういえばバレーやってるって言ってたかも」


バレーをしているとか、そういうことはどうでも良かった。いや、どうでもよくはないか。いつか対戦相手として相まみえることがあるかもしれない。けれども今はそんなことより、そのてっちゃんとやらが男ということが俺にとっては重要なことだった。
いくら名前の姉の彼氏とは言え、結局その彼氏は男なのだ。つまり、仕事が終わるまでの間、名前とてっちゃんとやらは2人きりで過ごすということになる。それは非常に面白くない。


「あかん」
「は?」
「てっちゃんと2人は許さん」
「えぇ…なんで…?」
「俺以外の男は狼やと思え」
「何それ。てっちゃんはそういう系じゃないよ」
「男は狼やねん!」
「はいはい。侑はそうかもね」


俺の発言はスルーされ、名前は恐らく東京に行くたびにてっちゃんとやらに会っている。実家が東京である以上、東京に行くなとはさすがに言えない。心配なら一緒に行けばいいのだけれど、生憎俺はなかなか多忙で、タイミングよく一緒に東京に行くことはできないのだ。てっちゃんとやらを一応写真で見せてはもらったけれど、どうにも胡散臭そうで、益々心配になった。
そんなこんなで、またもや東京に遊びに行くという名前を前に、俺は再度苦言を呈した。名前は抜けているところがあるし、その気になれば簡単に押し倒されてしまうだろう。姉の彼氏だろうが、別に結婚しているわけではないのだから安全とは言い切れない。


「またてっちゃんと会うつもりやろ」
「その言い方だと語弊があるでしょ。私はお姉ちゃんに会いにいくんだもん」
「せやったらてっちゃんに会う必要ないやん」
「あーもう!うるさいなあ!てっちゃんはお兄ちゃんみたいなもんなんだってば!」
「あっちがどう思っとるかは分からへんやん!」


付き合い始めてからこんなに大声で言い合いをしたことはなかった。大体、ここまで言っても会いたがっているというのが気に食わない。やはりこれは浮気かもしれない、と疑いが強くなる。
けれども引き下がる様子のない名前は、じゃあ言わせてもらうけど!と、あろうことか更なる反撃に出ようとしていた。自分の選んだ彼女ながら、もう少しお淑やかさがあってもいいのではないかと思ってしまう。


「侑だって、最近女の子と2人で食事に行ってたの知ってるんだからね!」
「はあ?」


言われてここ最近の記憶を辿ると、確かに、そういえば年上彼氏にフラれて傷心中だった女の子とファミレスで2人になったことがある。けれどもそれは元々他の奴らも来る予定だったのに結局俺だけになってしまっただけで、最初から2人で会うつもりだったわけではない。しかも、相手は俺のことをこれっぽっちも男として意識していない女友達だ。責められる義理はない。
そのことを正直に説明したというのに、名前は、そんなの本当のことか分かんないじゃん!と言ってきた。どうにもこの話は収拾がつきそうにない。俺も名前も負けず嫌いな性格なので、1度ぶつかり合ってしまうとなかなか折り合いがつかないのだろう。と、自分達のことなのにやけに冷静に分析したところで、名前が言い放った言葉。


「そんなに私のこと信じられないなら別れればいいじゃん!」
「なんでそうなんねん!」
「口うるさい侑のことなんて嫌い!ばいばい!」


俺の制止の言葉も聞かずに飛び出して言った名前は、そのまま東京に行くのだろう。嫌い、て。なんやねん。そんな一言で傷付くほどウブでもなければ純情でもない。はずなのに、イライラではなく胸にぽっかり穴が空いたような気分に陥っているのは一体どういうわけか。
自分の気持ちを素直にぶつけていれば、名前に伝わると思っていた。好きだから心配なのだと、分かってもらえると思っていた。けれど、どうやら俺の考えは違ったらしい。自分の部屋なのにやけに広く空っぽに感じる室内に、俺の大きな溜息だけが溶けて消えた。


  


大学に入学してから間もなくして告白された。見ず知らずの男の子に。背が高くてイケメンだなあという第一印象ではあったけれど、俺の彼女になってや、ええやろ?という、あまりにも一方的な告白の仕方には、正直あまり好感をもてなかった。けれども紆余曲折あって、結局私は侑に落ちてしまったわけである。
元々、押しが強くて何でもはっきり言う性格だということは分かっていた。それが良いところだと思っていたし、私もどちらかというと侑と同じようなタイプだと思っていたから性格は合うのかもしれない。そう思っていたのに。同じような性格だと、喧嘩をしてしまった時にお互い意地を張りすぎて仲直りできないと悟ったのは、ここ数ヶ月のこと。
思ったことを口にしすぎてしまう分、どうにも柔らかい言い回しというものができなくて、今回はそれによって最悪の結果を招いてしまった。勢い任せとはいえ、今まで決して口にしないように気を付けていた単語。別れる、嫌い。この単語だけは言わないように気を付けていた。けれども今日は、我慢の限界だったのだ。
よく考えてみれば、私達はお互いのことが好きなのかどうか分からないまま彼氏彼女の関係を続けてきた。告白だって好きと言われたわけではないし、私も好きだと言ったことはない。好きか嫌いかで言えば好きだ。けれど、それが恋人に対する特別な好きなのかどうか、私は今更ながらに分からなくなっていた。恋愛って難しい。


「自分だって女の子と2人でご飯食べてたんだよ?なのに私だけダメって言うのはおかしくない?」
「まあその話だけ聞けばそうだな」
「でっしょー?」


侑と喧嘩別れをしてそのまま東京にやって来た私は、てっちゃんとともに私お気に入りのカフェに来ていた。お姉ちゃんの彼氏であるてっちゃんは優しい。いつも私の愚痴を黙ってきいてくれるし、無駄に意見してくることもない。歳はたった1つしか変わらないけれど、これが年上の男の人なのかと、少し憧れを抱いたりもした。
けれどもそこに恋愛感情は全くない。そもそもお姉ちゃんの彼氏にときめくとか有り得ないし。侑は一体何をそんなに心配しているのか。私のことをただ信じていないだけではないか。そう考え始めると、漸く収まりつつあった怒りがまた沸々と込み上げてきた。


「詳しいことは分かんねーけど、彼氏クンは名前ちゃんのことだいぶ好きなんじゃね?」
「侑が?私のことを?……ないない」
「なんでそう言い切れんの?」
「だって…うーん…そういう雰囲気ないし…」


上手く答えられないけれど、侑はなんとなく女の子に執着しそうにないタイプだと思う。私とてっちゃんを2人きりにさせたくないのは、単なる独占欲の表れではないだろうか。自分のものに手を出されたくないのは、プライドが傷つくから。そんな感じ。


「男は意外と女々しいからな」
「そうなの?」
「ちゃんと話したら分かることがあるかもしんねーよ?」


優雅にコーヒーを啜るてっちゃんは、やっぱり大人に見えた。お姉ちゃんはてっちゃんのこういう雰囲気に惹かれたんだろうなあ。
私の中で、お姉ちゃんとてっちゃんは理想のカップルだ。穏やかで、喧嘩なんてしそうにないし、いつも温かい会話をしているようなイメージ。だから、散々愚痴を聞いてもらった後になって、てっちゃんとお姉ちゃんが別れたと知った時には驚きとともに残念な気持ちに苛まれた。
私に何かできることはないだろうか。そう思ったけれど、てっちゃんも、そしてお姉ちゃんも、私に首を突っ込まれるのは良しとしないだろう。こんな時でも、てっちゃんは私と侑の仲のことを心配してくれて、軽口を叩く。本当に良いお兄ちゃんである。
だから、そのお兄ちゃんの助言に倣って。私は決心した。むこうに帰ったら、侑ときちんと話をしようと。その結果、本当に別れることになったとしても、それは受け止めなければ。


  


名前から話をしようと連絡をもらったのは、東京に旅立って行った翌日だった。あんなに盛大に別れの言葉を切り出しておいて、よくもまあ冷静に話をしようなどと連絡を入れられたものだと感心する。まあどうせ、名前が帰ってきたら俺の方から話をしようと声をかけるつもりだったから好都合だ。
何度も訪れたことのある名前の部屋。部活が終わってから来てみると、良い香りが部屋中に充満していた。なんとも珍しいことに夜ご飯を作っている最中だと言う。手料理なんてほとんど振る舞われたことがないというのに、一体どういう風の吹き回しだろうか。


「どないしたん?」
「たまにはこういうのも良いかなって」
「ふぅーん…」
「そういえば侑の好きな食べ物とか聞いたことなかったね」


どうもいつもと様子が違う。良くも悪くも、名前はこんなにしおらしいことを言うような子ではなかったはず。東京に行ってお姉ちゃんか、もしくはてっちゃんに何か言われたのだろうか。お姉ちゃんなら構わないけれど、てっちゃんの助言ならば手放しでは喜べない。
あと少しでできるから、とキッチンから言われたけれど、俺は席につくことなく名前の元へ向かった。エプロンなんかつけた名前は、らしくなさすぎて調子が狂う。


「話て、何?」
「それはご飯が終わってからゆっくり…」
「別れ話やったら聞かへんけど」
「…侑はさぁ、自分勝手だよね」
「否定はせぇへんわ」
「付き合おうって言ってきた時も、付き合い始めてからも、今も…」
「せやから別れたいん?」


料理をしていた名前の手の動きが止まる。急に押し黙ったかと思うと、火を止めてくるりと俺の方に向き直った名前は、信じられないことに唇を噛み締めていて、まるで涙を堪えているようだった。
名前の考えとることがさっぱり分からへん。今までそんな顔したことないやんか。なんなん。ほんま、どないしたらええん?


「そんなに何回も別れるって言わないでよ馬鹿」
「先に言い始めたんは名前やんか」
「それは!…そう、だけど、」
「俺のこと嫌いやって言うたんも名前やんな?」
「……本当は別れたいんでしょ?」


ついにぽろりと、瞳から零れ落ちたものが頬を伝った。その涙の意味が分からないほど、俺は鈍感じゃない。名前はどんなことを考えて夜ご飯を準備して、俺のことを待っていたのだろう。どんな話をするつもりでいたのだろう。俺には分からない、けれど。


「俺はそんなこと、ひとつも言うとらんやろ」
「でも、私、侑に好きって言われたことないもん。私も言ったことないけど、別れるってなったら侑ともう一緒にいられないんだなって…そう思ったら悲しくて、だから私は侑のこと、」
「好きやないのに付き合うわけないやん」


馬鹿やなぁ。
瞬きと同時にまたもや零れ落ちた涙を、今度は指で拭い取ってやる。散々自分の気持ちは伝えたつもりでいた。けれど俺はずっと、肝心なことを伝え忘れていたのかもしれない。
馬鹿は俺もか。


「好きやって言うてほしかったん?」
「そういうわけじゃないけど」
「可愛ええとこあるやん」
「それじゃあいつもは可愛くないみたいじゃん」
「ワガママなお姫さんやなぁ」


好きやで、名前。
たったそれだけの言葉で、名前はこの上なく幸せそうに笑って俺に飛び付いてきた。名前が作ってくれた料理は美味しそうだけれど、これはどうやら先に名前をいただくことになりそうだ。


  


侑と仲直りした後、てっちゃんから連絡があった。私の理想のカップルは、どうやら今後も安泰そうだ。スマホの画面を見ながら思わずニヤついていると、隣に座っていた侑が怪訝そうな顔をした。


「浮気じゃないからね」
「知っとるわ。そんなん許さへん」
「侑は私のこと大好きだもんね〜?」
「そう言う名前も俺のこと相当好きやんな?」
「…当たり前でしょ?」


面食らった侑の顔はなかなかレアで、少し恥ずかしくてもたまには素直に気持ちを伝えてみようという気分になる。ふふ、と笑う私はなんとなく勝ち誇ったつもりでいたけれど、侑に勝てるわけがなかった。
ほな、行動で見せてみ?
意地悪そうに笑った侑の端正な顔が近付いてきて、触れ合う直前で止まる。ああ、もう。振り回されようが自分勝手だろうが、侑のことを好きになってしまった時点で、私の負けは決まっていた。
意を決してぶつけた唇。下手くそ、と言われて上手な口付けを落とされるのは時間の問題だろう。

1周年記念宮侑夢でした。いつも宮侑は捻くれまくっているお話しか書いていなかった気がするので、あえてどストレートな性格という設定で書いてみました。彼女大好きで子どもっぽい宮侑も良いですね。長くなってしまいましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。