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episode 2
特別は必要ない


高校を卒業する前、俺から告白した。好きなんだ、って。ヘラヘラすることなく真面目な顔をして、シンプルに、ストレートに。目を見開き口元を手で覆って、うそ…、と涙ぐんだ名前を抱き締めたのは、もう2年以上前のことになる。
月日は流れ、俺は大学3年生になった。名前は関西の大学に進学し、今は絶賛遠距離恋愛中。及川に遠距離恋愛なんて絶対無理!と言っていたマッキーに、俺と名前は現在進行形でラブラブだから!と報告したのは1週間ほど前だろうか。岩ちゃん、マッキー、まっつんという懐かしいメンバーと酒を酌み交わしつつ高校時代の話に花を咲かせたのは、なかなか楽しい時間だった。
なんだかんだで、俺と名前は上手くいっている。と、思う。俺にしてはマメに連絡しているし、長期休暇の時にはどちらかが出向いてできるだけ会うようにしている。それでも、全く不安がないわけではない。


「でね、侑君は徹さんと同じセッターなんだけど、高校時代もすごく有名だったんだって」
「へぇ」
「徹さん、きいたことない?」
「さぁ」
「…私の話、きいてる?」


まとまった休みが取れたので名前のところに来たは良いものの、先ほどから名前の口を突いて出るのは侑君という同学年のバレー部の名前で、正直面白くない。そりゃあ生返事にもなるというもの。
実際のところ、宮侑という名前には聞き覚えがあった。けれど、それを言ってしまうと侑君の話題は更に長引きそうなので、俺は敢えて何も知らない素振りを見せたというわけだ。細かいことを言えば、年上とは言え俺のことを「徹さん」、男友達のことを「侑君」と呼ぶあたりも、馴れ馴れしくて気に入らない。
年下の彼女を前に、自分でも大人気ないとは思う。俗に言う、嫉妬。特定の女の子に執着したことのなかった俺が、初めて経験する感情である。信じていないわけじゃない。ただ、いつも傍にいられない分、不安は募る。


「名前ってバレーそんなに詳しくなかったよね?」
「侑君が話してくるからなんとなく覚えちゃって」
「…俺の話はあんまり聞いてくれないくせに」
「え?何?」
「いや、なにも」


非常に面白くない。名前が一人暮らしをしているマンションの一室、ソファに並んで腰掛けたまま会話を続けていると、テーブルに置いていた俺のスマホが震えた。画面には、バイト先の女の子の名前が表示されている。
今日明日はシフト変われないって言ったはずなんだけどな。そんなことを思いつつとりあえず電話に出てみると、先輩!と、切羽詰まった声が聞こえてきた。
何やらとても焦った様子で話すものだから何事かと思ったけれど、バイトでミスをしてしまったらしくどうすればいいかと俺に泣きついてきたという状況のようだ。俺以外にも先輩はいるし、なんならそこに社員さんもいるだろうに、この子はだいぶヌけている。
とは言えここで俺が、他の人に聞いて、と突き放すとパニックに陥ってしまいそうだし、バイト中のメンバーに支障をきたすかもしれない。そう思うと無碍にはできなくて、俺は暫く電話でその子を宥め続けた。
ヘトヘトになるまで電話をして、漸くスマホを耳から離すことができた俺に、なんとなくじとりとした視線が突き刺さる。はいはい、わかってますよ。


「バイト先の人?」
「うん」
「徹がわざわざ電話で対応する必要あったの?」
「まあいつも俺のことを頼ってくれてる可愛い後輩だからね。可哀想でしょ」
「…ふーん」


名前が嫉妬していることは分かっていた。だってそうなるように仕向けたから。俺ばっかり嫉妬するのはフェアじゃないし、なんて、考えが子どもじみているということは分かっている。だから、機嫌を直してもらうべく、すぐに言ってやるつもりだった。1番可愛いのはお前だけどね、って。
けれども俺がそう言う前に、名前はソファから立ち上がってキッチンの方へ行ってしまった。どうやらかなり機嫌を損ねてしまったらしい。まあそれだけ俺のことが好きってことだよね〜と能天気に考えていた俺だったけれど、キッチンで洗い物をする名前の口から飛び出した言葉に、衝撃を受けて固まるハメになるとは、思いも寄らなかった。


「じゃあその子と付き合えば良いのに」
「は?」
「遠距離って大変だし。徹さんが好きだよって言えば、大抵の女の子は断らないよ。私もそうだった」
「…何それ。じゃあお前は俺のこと好きでもないのにとりあえず告白を受けたってこと?」
「そういう意味じゃ、」
「この2年間、俺に付き合ってくれてたんだ?で、侑君に乗り換えようと思ってるからちょうど良いやって?」
「どうしてそこで侑君が出てくるの?」


だって、どう考えたっておかしい。今まで何度か同じようなことがあった。俺の元に女の子から電話がかかってきて、少し嫌そうな顔をされて、けれどいつもすぐに仲直りしてきたというのに、今回は名前の方から突き放してきたのだ。
俺と別れたいから。別れて、新しい恋を始めたいから。きっと心の中で燻っていた思いがあったのだろう。だからこんな風に爆発したに違いない。


「いいよ。別れよっか」
「…徹さんは、そんな簡単に別れられる程度にしか私のこと好きじゃなかったんだね」
「先に言い出したのはそっちでしょ」
「あれは、だって、」
「いいじゃん。新しい彼氏とお幸せに」


別れとは案外あっさりしたものだ。泊まる予定で持ってきた鞄を持って名前の家を出る。バタンと閉じた扉の向こう、名前はどんな表情で、どんなことを考えているだろう。
何でもないことのように出てきた俺は、今更のように自分の顔が歪んでいることに気付いた。お幸せに、って。どの口が言ったんだよ。俺が幸せにしてやりたいって思ってたくせに。
一瞬、戻ろうか、やっぱり別れたくないって縋りつこうか迷った。けれど、そんな度胸があったら最初からこんなことにはなっていないわけで。俺は今日の宿を探すべく、夕陽が沈みかけた街へ足を向けた。


  


徹さんは、私が通っていた高校の王子様だった。イケメンで、バレー部の主将。普段は男女問わず誰にでも気軽に話しかけてくれるし、気取った感じもない。だから、徹さんに告白する女の子は後を絶たなかったし、あの子と付き合い始めたんだって〜という噂もよく耳にしていた。
私も徹さんに惹かれている女の子の1人ではあったけれど、話したことは愚か、目を合わせたこともできなくて、雲の上の存在というか、同じ学校に通っているというのに違う世界に生きる人だと思っていた。だから、徹さんが高校を卒業する前に告白された時には、それはそれは驚いた。
まず、私のことを知っていたという事実。そして、告白されたという夢じゃないかと疑うしかないような展開。いつから、どこで、私を知ったのか。そういえばきちんと尋ねたことはなかった。こうなる前にきいておきたかったなあ、と。1人取り残された部屋で思った。
付き合い始めてすぐ、徹さんは東京の大学に進学したので遠距離恋愛を余儀なくされた。それでも、マメに連絡をくれたり、長期休暇の時には帰ってきてくれたりと、徹さんはどこまでも王子様みたいな人だった。私が関西の大学に行くことを決めた時にも、今でも遠距離だから変わんないよ、と笑いながら背中を押してくれた。そうして、穏やかに、平凡に、月日は流れて。
私が大学に進級したばかりの頃からだっただろうか。私と一緒にいる時、必ずと言っていいほど特定の女性から徹に電話がくることに気付いた。最初はたまたまだろうと思っていたけれど、それが毎回ともなれば不信感を抱いてしまうのは仕方のないことで。けれど電話のたびに、ただのバイトの子だから、ときちんと言ってくれていたし、隠す素振りもなかったから追及することはなかった。
けれど今日は、その子のことを可愛い後輩だ、と。徹さんはいつもと違う言い回しをした。徹さんとそのバイト先の子の間で、何か進展があったのではないか。そんな不安と不信感が一気に押し寄せてきて、勢い任せにぽろりと零してしまった一言。それによって、まさか別れ話に発展するなど誰が予想できただろうか。
そういえば徹さんは電話の前の会話中から上の空というか、つまらなそうにしていたし、やっぱり私と付き合うことに疲れてしまったのかもしれない。そう考えるとこうなってしまったことにも説明がつくような気がして、更に苦しくなった。ああ、そうか。今までの2年間が夢だったんだ。そう思わされたようで。


「はぁ?なんで俺が慰めなあかんねん」
「別に慰めてなんて言ってないもん…」
「飯奢ってくれる言うからきてみたら…しょーもな」


うちと大学の間ぐらいにある行きつけのファミレス。私の目の前に座っている侑君はドリンクバーのジュースを飲み干しながら実に辛辣な言葉を投げつけてきた。本当は2人きりで話す予定ではなかったのだけれど、仲の良い友達のグループで声をかけたら侑君しか来てくれなかったのだ。なんて薄情な友達だろう。
彼氏と別れた。そう伝えれば、ひっどい顔しとるなあ、と笑われた。女の子に言う第一声がそれってどうなんだ。これで大学ではそこそこ人気があって可愛い彼女もいるのだから解せない。徹さんの方が何万倍もイケメンで優しくて理想的な彼氏だ。そんなことを考えて、また落ち込んだ。


「別れたないなら今から連絡すればええやん」
「えぇ…無理だよ…」
「なんで?」
「またフられたら…本当に死んじゃう…」
「人間はそう簡単に死なへんし。飯食お」


自信満々男の侑君に話をきいてもらっている時点で、共感が得られないことには薄々気付いていたけれど、本当に何の参考にもならないし慰めにもならない。人の金だと思ってステーキと大盛ご飯を貪っている侑君とは対照的に、食欲のない私はジュースを啜るばかりだ。


「そのトオルサン?がどんな人か知らへんけど、この状況知っても何も言わへんの?」
「この状況?」
「自分以外の男と2人きりで飯食っとるこの状況」
「…言わないんじゃないかなあ…」
「俺は嫌やけどな。自分の彼女が知らん男と飯食っとるの」
「自分も彼女いるくせにそれ言う?」
「俺んとこは安泰やもん」


そういえば侑君の話をしている時の徹さんは不機嫌そうだったな、と思い出したけれど、それは話の内容がつまらなかっただけかもしれない。徹さんが頑張っているバレーのことをもっと知りたくて侑君に教えてもらっていたというのに、全て無駄になってしまった。


「ごっそーさん」
「食べるの早っ!」
「あんな、名前は考えすぎやねん。ちゃんと気持ち伝えてへんからすっきりせぇへんのやろ?どうせフられるんやったら玉砕しぃや。中途半端やねん」
「私に死んで来いと…?」
「骨ぐらいは拾ったるわ」


食べるだけ食べて席を立った侑君は、彼女の呼び出しやねん、とにこやかに去って行った。侑君の言うことは確かに一理あるかもしれない。ぐずぐず考えているだけで何ひとつ伝えられぬまま、それではさようなら、なんて納得できないのは当たり前だ。徹さんに連絡してみようか。もう東京に帰っちゃったかな。それとも、まだこっちにいるかな。
怖い。また冷たくあしらわれたら、お前とはもう終わっただろって突き放されたら、私はどうしたらいいのだろう。それでも、このまま終わりなんて、それこそ一生引き摺りそうで。震える指先でスマホの画面をなぞる。なけなしの勇気を振り絞ってタップしたのは、勿論、彼の番号だった。


  


「…なんでそんな顔してんの」


電話に出てくれた徹さんはまだ東京に戻っておらず、再び私の家まで来てくれた。そうして数時間ぶりに再会して私の顔を見た徹さんの第一声。自分がどんな顔をしているのか分からないけれど、侑君に、ひっどい顔、と言われたことを思い出す。ひどい顔ってどんな顔だろう。今にも死にそうな顔ってことかな。だとしたら間違ってはいない。
ソファにも座らずお互い立ち尽くしたまま。ただ、そっと頬に伸びてきた手は私が知るいつもの徹さんの温もりを伝えてきて、呼吸がしづらくなった。私はこの温もりを、もう感じることができなくなってしまうのだろうか。そんなの、嫌だ。


「何か俺に言い残したことでもある?」
「…うん」
「何?」
「私は、徹さん、が、好きです」
「は?」
「徹さんが良い。徹さんと別れたくない。他の人のものにならないで」
「ちょ…名前、落ち着いて、」
「徹さんに嫌われたくないから我儘も言わなかったし、浮気されてたとしても私が1番ならいいやって思いこむようにしてたけど、どうせフられるなら全部言わせて。私と一緒にいる時に他の女の子のこと考えてほしくなかった。もっと私のことだけ見てほしかった」


それこそ玉砕覚悟で気持ちをぶちまけた。どうせフられるなら、重たい女だと思われようが別に構わない。ほぼ息継ぎなしで捲し立てた私に、徹さんはきっと引いていることだろう。そう思って見上げた顔は、なぜか笑いをこらえているような表情だったから、その場の空気が一気に軽くなるのを感じた。
なんでこの状況で笑ってるの?私、そんなにおかしなこと言った?


「俺のこと、相当好きだね、お前」
「……ごめん」
「なんで謝るの。俺は喜んでるんだよ」


ごめんね。
その言葉とともに視界が暗くなった。肺いっぱいに取り込んだ空気は徹さんの匂いで満たされていて噎せ返りそう。この温度、やっぱり好きだなあ。好き、だなあ。そうやって好きを実感した分だけ、視界がぼやけていく。


「侑君に嫉妬してたんだよ、俺」
「え…え!?」
「ほんと、餓鬼くさいよね。でも俺もそれだけ名前のことが好きなんだよ。いつも独り占めしたいって思ってる」


私を抱き締める腕の力が増した。徹さんが私なんかのために嫉妬してくれるなんて思いもよらなかった。私が見知らぬ女の子に嫉妬しているのと同じように、徹さんも不安だったんだ。私、ちゃんと愛されてるんだ。伝わる熱が、それを教えてくれる。


「仲直りしようか」
「…うん!」
「名前、好きだよ」


私も。そう答えるより先に、徹さんの唇が降ってきた。


  


後日、無事に仲直りしたことを侑君に伝えると、非常に不愉快そうな顔をされた。友達の話によると、安泰だと言っていた彼女との間に不穏な空気が漂っているらしい。しかもそれが私とファミレスに言った後の出来事だと知って、嫌な予感しかしない。でもまあ侑君はなんだかんだで私を責めたりせずに、もう相談はのらへんからな、と言ってきただけだったので、きっと仲直りする日も近いだろう。


1周年記念及川夢でした。年下遠距離彼女。及川はこの手の話が多い気もしますが及川は王道が似合う男じゃないですか…!と、自分に言い聞かせています。最終的に王子様な及川が個人的に大好きです。長くなってしまいましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。