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#17




「今日、名前ちゃんち行ってもええ?」
「駄目ですよ」
「なんで!?」
「それはこっちのセリフです。なんでうちに来る必要があるんですか」
「なんでって…今日金曜日やん…」


あの夜から1週間。私達の関係はどうなったかと言うと、特に何の変哲もない。侑さんの方はそれまで以上に押しが強くなったような気がするけれど、元々こんな感じだったのでさほど気にはならなかった。
そんなことより、金曜日だからうちに来るというのはどういう思考回路なのだろうか。今後、週末になる度にうちに来ようとでも考えているのならおぞましい。侑さんのことは好きだけれど、正直なところ私は1人で過ごす時間も欲しいし、週末の度にお泊まりコース、なんて真っ平御免だ。


「侑さんって暇なんですか」
「暇やないよ。失礼な」
「それなら週末は自分の用事を済ませれば良いじゃないですか」
「…名前ちゃんがそうしたいならそれでええけど」
「じゃあそうしましょう」


間髪入れずに返事をしたことに、侑さんは不満そうだった。けれども案外あっさりと、ほなそうしよ、と了承してくれたところを見ると、侑さんも自分の時間が欲しかったのかもしれないとも思う。何はともあれ、私は久々に1人で過ごす週末のフリータイムを手に入れることに成功したのだった。


◇ ◇ ◇



朝はいつもより遅めに起床。目覚まし時計に起こされずに自然と目覚めるというのはとても幸せなことだ。のんびり朝ご飯を食べ、洗濯をし、普段はなかなかできない細かいところまで掃除もした。天気が良かったので布団も干すことができ、今晩は気持ち良く眠れそうだな、と満足感に包まれる。
お昼ご飯も適当に済ませたし、午後からは買い物に行こう。夜ご飯の買い出しと、たまには服や靴や鞄を買うのも良いかもしれない。季節は夏。新しい服を買うにはちょうど良い。
そうして私は予定通りに家を出て電車に乗り、少し遠いけれど大きめのショッピングモールまで足をのばした。お気に入りの店に行き、さてどんな服を買おうかとワクワクしていたところで目に入ったのは、デート中らしい若い男女。どうやら彼氏に服を選んでもらっているようだ。
私はこの手のやり取りがよく分からない。自分の買い物はできるだけ1人で済ませてしまいたいタイプだし、自分が着るからには彼氏好みの服を着ようと思ったこともない。世の中の男女ってのは大変だなあ、と他人事のようにその光景を横目に服を物色し始めて数分後。
今日はどうにも服が選べなかった。選べなかったというか、好みの服はあったのだけれど、いつもなら気に入った服は即決で買うのに、今日に限っては頭の隅で侑さんの顔がチラついて買うのを躊躇ってしまうのだ。
そういえば侑さんってどんな服が好みなんだろう。色は?雰囲気は?私がいつも着ている服を、侑さんはどう思っているんだろうか。侑さんはお洒落だから、今度どこかに一緒に行くとなったら私はどんな服を着たら良いのだろう。今日この服を買って、果たして侑さんの隣を歩いて見劣りはしないだろうか。
先にも述べたように、今までこんな風に周りの視線や彼氏の好みを気にしたことは1度もない。のに、どうして今回に限ってこんなに悩んでいるのだろう。侑さんのことを好きになってしまってから、私は自分が自分じゃなくなっていく感じがして怖かった。今まではこうだった。けれど、侑さんの場合はいつも例外。今まで通り、というのが通じない。


「お悩みですか?とってもお似合いだと思いますけど…」
「え?ああ…すみません。少し考えてみます」
「そうですか…またのご来店お待ちしております」


店員さんには申し訳ないけれど、結局、私は服も靴も鞄も、何も買えなかった。自分好みのものは見つけた。けれど、最終的には買うところまで至らない。こんなに優柔不断になったことなんてないのに。
不完全燃焼のまま食料品売り場に向かい、夜ご飯は何にしようかと見て回る。そういえば侑さんの好物って何だったっけ。治さんからお寿司のトロって聞いたことがあるような気がするけれど、だとしたら練習して作れるものでもないよなあ。ああ、でも、魚料理が好きなのだとしたら練習する価値はあるかもしれない。
魚コーナーをぐるぐる回りながら、私ははっとして足を止める。どうして今日の自分の夜ご飯を考えていたはずなのに侑さんの好みを予想しながら献立を考えているんだ。食べるのは私だけなのに。
侑さんはここにいない。今週末会う予定もない。手料理を振る舞う予定も勿論ないし、むしろそれを拒んだのは私じゃないか。ああ、もう。調子が狂う。
服選びの時と同様、もやもやしたものを抱えたまま私が買ったのは安売りのお肉と野菜達。侑さんのことなんて気にしてやるものか、と意識している時点で負けた感は否めないのだけれど、そこは気付かないフリ。こんなはずじゃなかったのに。
なんだかどっと疲れが出て、それほど重たくもない荷物をやけに重たく感じながら電車に乗り家を目指す。夜ご飯を作って、ゆっくり湯船に浸かり、アイスを食べながら興味もないテレビをぼーっと見て。スマホを、眺めた。
侑さんからは丸一日連絡がない。暇じゃないって言ってたし用事がなければそんなものだよな、と思う反面、いつものことを考えれば一言ぐらい何かメッセージが送られてきても良いんじゃないかとも思ってしまう。私の方からだって何の連絡もしていないくせに。
だって、金曜日の夜に突き放すようなことを言った手前、私の方から連絡なんてしにくいじゃないか。こういうところが可愛くないって分かっているのだ。昨日会ったばっかりだし、月曜日にもまた会えるし、私の方から週末はお互い自分の用事を済ませましょうって言ったけれど。今何してるの?って。声がちょっとだけききたくなっちゃったって。素直に言えたらどんなに良いだろう。
はあ。出たのは深い溜息。もう侑さんのことを考えるのはやめよう。折角の休みなんだから今日は早めに寝て、明日は気になっていたDVDでも借りて家で存分に観ることにしよう。うん、それが良い。
やっとのことで考えがまとまったところで握っていたスマホが突然鳴り始めて、びくりと肩が跳ねた。なんでこのタイミングでこの人は。私の心を掻き乱すのが本当に上手だ。


「もしもし」
「あ、名前ちゃん?今何しとるん?」
「別に何も。…侑さんは?」
「んー、今まだ外におるんやけど」
「そうなんですか」
「明日なんか予定あるん?」
「どうしてそんなこときくんです?」


不自然な沈黙。侑さん?と呼びかけても返事はない。急に電波が悪くなったのだろうか。一旦切った方が良いのかな。通話終了のボタンを押しかけたところで、はあ、と侑さんが息を吐くのが聞こえたので、もう一度、侑さん?と呼んでみる。


「会いたいなあ、て。思ただけ」
「…え、」
「どうせ月曜日になったら会えるんは分かっとるけど」


侑さんは素直だ。いつも真っ直ぐで、たぶんだけれど私に嘘を吐いたりはしていないと思う。最初は、ヘラヘラしていて誰にでも愛想を振り撒いているから、やることなすこと胡散臭いと思っていた。どうせ本気じゃないんでしょ、って。
それがいつからだろう。この人の言うことを信じても良いかなって思い始めたのは。本気なんだろうなって感じ始めたのは。そんな風にぶつかってくるから、私も少しだけ本音を零しても良いかなって思ってしまったのだ。


「…私も、」
「ん?なに?」
「私も、同じこと、思ってました」
「は?え?」
「侑さん何してるかなって。声、ききたいなって。そう思ってたら電話かかってきたからびっくりしました」
「…びっくりしたんはこっちの方なんやけど」
「らしくないですよね。分かってます」
「そうやなくて。いや、そうやけど…あー…」


電話の向こうで何やら呻いている侑さんは、暫く唸り続けて。


「今、会いたなった」
「へ…、」
「分かっとるよ。行かへんって。その代わり明日…」
「来ないんですか」
「…は、」


自分でも何を言っているんだと思った。けれど、勝手に口が動いていたのだ。きっと私は深層心理の中で侑さんを求めていた。だから、来ないんですか、なんて口走ってしまったのだろう。私自身が驚いているのだから侑さんが戸惑うのも無理はない。
お互い暫く黙っていた。けれど、このままではいけないと思い、私は前言撤回すべくおずおずと口を開く。


「ごめんなさい、さっき言ったことは、」
「もう、遅いわ」
「え、」


心なしか侑さんの声が弾んでいるような気がしたと思ったらチャイムが鳴った。うそ。まさか。慌てて玄関の扉を開けたら、そこにはやはりと言うべきか侑さんが立っていた。
どうして私の家を知ってるの、とか。なんでこのタイミングで家に来たの、とか。何か用事があって外にいたんじゃないの、とか。ききたいことは山ほどあったけれど、視線が交わった直後に抱き締められたら何も言えなくて。
ばたん。玄関の扉が派手な音を立てて閉まった。


向き合う術をぶのです