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これで融解できるね

「久し振りに声かけてくれたのは嬉しいけどさあ…なんで俺を呼ぶかなあ…」
「だって…最初から2人きりとか無理だもん…」
「黒ちゃんは2人だと思ってるんじゃない?」
「ちゃんと及川もいるって言ったよ」


あの騒動から1週間が経過した。私は黒尾と話をしてから少し冷静になれたようで、部活にも休まず顔を出している。けれども以前と決定的に違うのは3人で一緒に過ごす時間がなくなったこと。私が無意識のうちに避けていたからかもしれないけれど、この1週間は部活が終わったら真っ直ぐ帰宅していた。
けれども、このまま3人で過ごせなくなるのはとても寂しい。大学生活は残り2年を切っている。どうせなら今までのようにいつもの3人で楽しい時間を共有したい。そのためには、黒尾とのことをはっきりさせる必要があった。
あの日私は、黒尾がせっかく伝えてくれようとした気持ちを遮って、待ってくれとお願いした。それは私に心の準備というか、覚悟ができていなかったからだ。受け止める勇気も、断る勇気も、きっとあの時の私にはなくて。中途半端なことをしたくないからというのは手前勝手な言い訳で、黒尾には申し訳ないことをしたと思う。
この1週間、私は黒尾が言い残したセリフ通り、頭の中を黒尾でいっぱいにさせて過ごした。勉強も、部活のことでさえも上の空で、黒尾とのことを真剣に考えたつもりだ。そうして辿り着いた結論は意外にもシンプルなもので、自分でもこれで良いのか?と何度も問いかけてみた。あまりに不安だったから及川にも相談した(及川はもう全部知っているし相談できるのは及川しかいない)。
結局、自分で導き出した結論が覆ることはなく。私は今日、意を決して黒尾を食事に誘ったのだった。自分の気持ちを伝えるために。そこで冒頭の会話に戻るわけなのだけれど、及川にはいてもらわないと困る。だって、いきなり黒尾と2人で真面目な話なんて。心臓が幾つあっても足りない。


「わりー。遅れたー」
「お、つかれ、」
「んー。もう飲み物頼んだ?」
「まだ。ビール飲む?」
「俺ジンジャーエールで」
「私、オレンジジュースで」
「……ねえ、俺帰っていい?」


ビールを飲む気満々だったのであろう及川は、拍子抜けしたと言わんばかりに私と黒尾を交互に見遣ってメニューをテーブルの上に置いた。真剣な話をしようとしているのにお酒なんて飲んでしまったら、また何をしでかすか分かったものじゃない。きっとそれは黒尾も同じなのだろう。飲まないなら帰る、と立ち上がろうとした及川を止めるのは勿論私だ。


「そもそも、俺はいるべきじゃないよね?」
「まあ、そうだな」
「え、待ってよ」
「どうなったかはまた明日にでもきかせてよ」
「ハイハイ了解しましたー」
「ちょ…及川!」


私の制止の声は聞こえないフリを決め込んで、及川は無情にも席を立ち、店を出て行ってしまった。ひどい。ひどすぎる。こんなにも心細いことってない。目の前に座る黒尾はちっとも緊張していない様子で、何食うかなー、とメニューを眺めていて、コイツは今日私が食事に誘った意図を理解しているのか?と疑問を抱く。けれど、分かっている。黒尾は、全てを理解した上で、いつも通りを貫いてくれているのだ。
店員さんに飲み物と適当な食べ物を注文してくれた黒尾は、テーブルに頬杖をついて私を見つめてくる。行儀が悪いぞ、と指摘する余裕など、今の私にはない。自分から誘ったわけだし、きちんと心の準備はできていたはずなのに、いざその時が訪れると尻込みしてしまう。何も言わない私を、黒尾は責めたりしないし、何か言えと催促することもない。ただ、黙って視線を送ってくるだけ。その優しさが、私の心臓を握り潰しそうなのだけれど。
賑やかな店内に似つかわしくない長い沈黙が続き、私は漸く大きく息を吸って、あの、と切り出した。しかし、なんともタイミング悪く飲み物とお通しが運ばれてきたことによって、私の勇気は一瞬にして塵と化す。ああ、もう。私の勇気を返してくれ。


「とりあえず乾杯」
「乾杯…」


控えめにジュースの入ったグラスをぶつけて、一口。カラカラに乾いていた喉にオレンジジュースが流れ込んで、少しだけ緊張が解れたような気がする。


「あの、黒尾」
「なに?」
「話があって」
「でしょうね」
「待たせて、ごめんなさい」
「ほんと、待ちくたびれたわー。催促しようかと思った」


ですよね。そうだと思います。でもそんなにはっきり愚痴を零さなくてもいいじゃないか。凄く真剣に考えたから時間がかかったわけであって、私だってこんなに待たせるつもりはなかったもん。だからちゃんと謝ったのに。
唇を噛み締めて心の中でぶつぶつと文句を言った直後、ぷっ、と吹き出す黒尾は本当に失礼だ。むっとした表情のまま黒尾を睨みつけたところで、ああ、しまった、と後悔。そうだ、この男は。いつも、なんだかんだで私を傷付けたりしないんだ。


「冗談。そんなぶっさいくな顔すんなって」
「不細工って…そんなぶっさいくな顔した私のことが好きなのは誰ですかあ?」
「ん?俺」


時間が止まったみたいに、固まる。完全に自爆だ。ついノリで、いつもの調子で言ってしまったせいで、私はまた黙り込むしかなくなる。いや、分かってたけど。知ってたけど。黒尾は本当に私のことが好きなのか。ライクじゃなくてラブの意味で。さらりと私のことが好きだと言ってのけた黒尾は、もう開き直っているのか、照れる素振りのひとつも見せずジンジャーエールを口に運んでいる。
料理が運ばれてきて、それらを摘まみながらちらりちらりと黒尾の表情を窺う度に視線がぶつかって、逸らす。それを何度繰り返したか分からないけれど、唐揚げを飲み込んだところで、私はオレンジジュースを飲み干して黒尾を見つめた。


「私、3人でいるのが好きなの」
「おう」
「及川も黒尾も大切な友達だよ」
「…おう」
「あの日、黒尾と…色々あったけど、私、後悔してないよ。黒尾も、でしょ?」
「そう言っただろ」
「でも、もしあの日の相手が及川だったら…私は後悔してたと思う」
「なんで?」
「及川とはそういう関係になるの想像できなかったし…友達、だから」
「じゃあ俺は?」


いつの間にか、少しばかり緊張を孕んだ表情になっている黒尾が新鮮だ。及川は友達。じゃあ黒尾は?黒尾も友達だ。けど、及川とは違う。
黒尾はあの日、私に尋ねてきた。何も覚えていないのかと。何を言ったのかも覚えていないのかと。どんなに頑張っても、あの日のことは思い出せない。けれども、私はきっと、黒尾を困らせるようなことをしてしまったのだろう。私のことを傷付けたりしない黒尾が、間違いを犯してしまうような発言をしてしまったのだろう。
そうやって振り返って気付いた。私はきっと、深層心理の中で黒尾を特別視していたのだろうと。思い返してみれば、及川と2人きりになってもなんとも思わないくせに、黒尾と2人きりになると少しだけ鼓動が速くなっていたような気がするし、及川が告白されたときいても、またかあ、ぐらいにしか思わないのに、黒尾が告白されたときくと、彼女できちゃうのかな、なんて心配になっていた。
本当に些細なこと。でもそれはきっと、とても大きな違いだった。


「黒尾は、友達だけど、友達じゃない」
「…つまり?」
「私、黒尾のこと、好きみたい」
「なんでそんなに他人事なんだよ」
「実感わかなくて」
「友達から恋人になる実感が?」
「……そう、」
「じゃあ、実感してみる?」


ニヤリと笑った顔は、とても妖艶。恋人を実感する、とは。つまり。脳内で、あの日の朝のことが鮮明に思い出される。もしも恋人としてあの日のような朝を迎えることができたら。私は、どうなってしまうんだろう。怖い。不安。でも、相手が黒尾なら、と思っている私は、やっぱり黒尾のことが好きみたいだ。
カラン。空になったグラスの中で、溶けた氷が音を立てて崩れた。