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昨日を誘拐したい

大学3年生。つまり、自由を謳歌できるお年頃。勉強の傍ら、ちょっとバイトやサークルを楽しんで、夜は仲の良い友達と飲みに行ったりして。私は毎日をなかなか楽しく過ごしていた。楽しみながらも、及第点を与えられるぐらいには真面目に、そして健全に生きてきたつもりだ。それなのに、これは一体どういうことだろう。
朝、いつもより寝心地の良いベッドの上で目が覚めて、とりあえず時間と場所を確かめるべく重たい身体を起こそうとして、恐ろしい状態であることに気が付いた。肩のあたりがひんやりすると思ったら、私はどういうわけか何も身に着けずに寝ていたようで、それだけならまだしも、腰のあたりだけが温かいと思ったら何かが(正しくは誰かが)しがみついているではないか。
恐る恐る布団を捲ると、私にしがみついているのはよく見知った顔で、益々頭が痛くなる。何?なんで?私、昨日何してたっけ?思い出そうとすればするほど頭痛がひどくなって、思考回路は停止させざるを得なかった。これは俗に言う、二日酔いというやつだろう。そう、そうだ、昨日私は飲みに行ってたんだ。
少しずつ蘇ってくる記憶は、私を更なる絶望へと追い遣った。


◇ ◇ ◇



「名字ちゃんも飲みに行くんだったよね?」
「うん!」
「じゃあ行くか」


仲の良いメンバーで飲みながら他愛ない会話を楽しむ。私のここ最近の楽しみはそれで、一緒に飲むメンバーは大体決まっていた。無駄に整った顔立ちをしている及川と、これもまた雰囲気だけは無駄にイケメンな黒尾。揃って巨人かってぐらい大きな図体をしている2人に挟まれて歩いていると、宇宙人に連れ去られる小人の気分だけれど、そんな構図にももう慣れた。
バレー部の2人と知り合ったのは入学してすぐのこと。私はバレーをするのは苦手だけれど観るのは大好きで、高校の時もマネージャーをしていた。だから大学でも迷わずバレー部のマネージャーになったのだけれど、そこで出会ったのが及川と黒尾だ。最初はその容姿と雰囲気から、絶対に仲良くなれないタイプだな、と思っていたのだけれど、話してみればそんなことはなく。気付いたら男女の垣根を越えて仲良くなっていた。
女同士の付き合いってのは色々と気を遣ったり腹の探り合いをしたりと、かなり面倒臭い。けれども、男である2人とは遠慮したり変な気を遣ったりしなくて良いから楽だ。先に述べたように及川も黒尾もルックスは良い方らしいので(らしい、というのは私があまりそういう風に2人を見ていないからあくまでも第三者の意見として、という意味だ)、告白されたという噂はよく耳にする。そのたびに、彼女ができちゃうと一緒に飲みに行けなくなるよなあ、と思うのだけれど、2人ともどうしたことか彼女をつくらないのだから不思議だ。


「なんで2人は彼女つくんないの?」
「そんなの決まってんだろ」
「好きじゃないからでしょ」
「ふーん。そういうもんかあ」


ビール片手に枝豆を貪る私は、女子力ってものが欠けていると思う。けれどもこの2人の前で今更猫を被る必要はないので、私はいつもこのスタイルだ。こういうところが楽なんだよね。私は自分から質問を投げかけておいて興味のなさそうな返事をし、ほろ酔い気分でポテトを摘まむ。
まあ、2人は放っておいてもそのうち彼女ができるだろう。問題は私の方だ。2人とばかりつるんでいるせいで、彼氏の“か”の字もない。しかも、2人と過ごす時間が長い分、知らず知らずのうちに目が肥えてしまったようで、合コンに行ってもちっともときめかないのだ。これはいよいよ死活問題である。
最近、私の周りの女友達にはちらほらと彼氏ができ始めて、よく惚気話を聞かされていた。今日は私にどうやったら彼氏ができるかという相談半分、惚気話を聞かされていることに対する愚痴半分で話を聞いてもらっている。メニュー取って、と言ってきた黒尾は、どうやらビール以外の飲み物を注文するらしい。


「何飲むの?」
「んー、ここワイン美味いってきいたから何か頼もうかと思って。お前も飲む?」
「のむー!」
「名字ちゃん、今日いつもよりペース早くない?大丈夫?」
「だいじょうぶ!」


確かに、いつもよりお酒が進んでいるという自覚はあった。けれど、意識はちゃんとあったし、何より美味しいワインがあると聞いたら飲んでみたいと思ってしまって。そこからは黒尾と一緒にワインの飲み比べ。お互いにお酒に弱いというわけでもないし、及川も時々飲ませて〜なんて言ってきて、いつも通り楽しい飲み会だったことは覚えている。
お会計をした記憶はギリギリあるのだけれど、その後の記憶はほとんどない。ほんの少しだけ覚えているのは、黒尾ちゃん後はよろしく〜と言って手を振っていた及川の後ろ姿。そう、私は今腰回りにしがみついている黒尾と、帰路を共にしたのだ。何がどうなってこうなったのか。お酒の勢いだけで過ちを犯すなんて馬鹿のすることだと鼻で笑っていたけれど、もはや他人事ではない。とにかく、まずは服を着なければ。
昨日着ていた服は無残にもベッドの下に散らばっていて、手が届かない。黒尾を起こさないようにそっと動こうとしたのだけれど、ほんの少し動いただけで、ん…という声とともに黒尾の目が開いて寝ぼけ眼と目が合ってしまった。これは、やばい。


「…おはよ」
「……おはよう」
「身体、痛くねぇ?」
「え、う、うん」
「そっか」


呑気に挨拶してる場合じゃないだろ!と言いたい気持ちは山々だったけれど、私の身体を気遣ってふにゃりと笑う表情にはすっかり毒気を抜かれてしまった。ていうか、身体が痛くなるようなことしちゃったんですか。私は記憶がないんですけど、黒尾には記憶があるんですか。知りたい、けど、知りたくない。ほとんど答えは分かり切っているけれど、私は意を決して尋ねてみた。
昨日、シちゃったの?と。
他にもっとオブラートに包んだ尋ね方があっただろうに、混乱した頭で露骨な表現しかできなかった自分を呪う。黒尾は眠たそうな表情から一変、目を見開いたかと思うと、覚えてねぇの?と質問し返してきた。申し訳ないことに、その問いかけに頷かざるを得ない私は、コクリと首を縦に振る。


「マジ?」
「…マジ」
「ここに入ったことも?」
「うん…」
「何言ったかも?」
「私、何か変なこと言ったの!?」
「……いや、覚えてねぇならいいわ…」


どうやら黒尾はきちんと記憶を飛ばすことなく今朝をむかえているようで、どんな顔をしたら良いのかいよいよ分からなくなってきた。ああ、また頭痛がひどくなった気がする。
覚えてないならいいって言われても、こっちは全然よくない。けれども詳しくきく勇気もなくて、とりあえず黒尾から離れて布団の中に潜り込む。いや、まあ、黒尾のニュアンスからすると昨日見られたんだと思うけど、堂々とさらけ出せるほどのプロポーションは持ち合わせていないのだ。
頭から布団をかぶって蹲ったままの私に声をかけることなく、黒尾は何やら物音をたてて部屋から出て行った。直後、水音がし始めたのでどうやらシャワーを浴びに行ったらしい。私はその間に衣服を身に着けてそれなりに身だしなみを整えると、逃げるようにして部屋を飛び出した。
黒尾には悪いと思っている。何も言わずにラブホテルに1人置き去りにしたことも、記憶のないまま何かしらをやらかしてしまったことも、全て。けれども、今の私に全てを受け止めるだけの覚悟はない。明日から、いや、むしろ今日の午後から、一体どんな顔をして黒尾に会えば良いんだろう。今までの関係が、たった一晩の出来事で綺麗に崩れ落ちてしまった。
どうしよう、どうしよう。家まで帰る道のりで考えていたのは、及川に指摘された時点でお酒を飲まなければ良かったという後悔と、今黒尾がどんな気持ちでいるのかという不安。黒尾、ごめん。でも、どうして私とそんなことしちゃったの?自分が悪いはずなのに黒尾を責めてしまう私は、とんでもなくズルい女だ。
できることなら昨日の夜に戻りたい。私を昨日の夜に連れ戻してよ。勿論、そんな願いが叶うはずもなく。家に着いた途端、狙いすましたかのように届いたメッセージは、ごめんな、という黒尾からの懺悔だった。