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徹が大暴走したクリスマスを終え、あっと言う間にお正月。恐らく徹は一緒に年越しとか初詣とかを期待していたと思うのだけれど、私は毎年、お正月になると両親とともに祖父母の家に帰省しているので、今年も例に倣って祖父母の家で年を越した。徹からは年越し早々、LINEと電話で明けましておめでとうを言ってもらったので、私も一応、新年の挨拶をしておいた。
そんな冬休みを終えて、今日からは3学期。センター試験を目前に控えているため、登校してきた生徒達は揃いも揃って参考書や問題集を広げて机に向かっている。私も同じようにラストスパートをかけなければならないのだけれど、目の前で頬杖をついて私のことを穴が空くほど見つめてきている徹が気になりすぎて、全く集中できない。


「徹…邪魔」
「俺、何も言ってないし手も出してないよ」
「目がうるさい」
「えっ!何それ!見てるのも駄目なの?」
「集中できない」


私のピリピリした返事をきき、徹はしゅんと肩を落として教室を出て行った。ちょっと可哀想な気もしたが、今は一分一秒でも無駄にできないのだ。これも徹と同じ大学に合格するためなのだから、少しぐらい我慢してほしい。
そんなこんなで3学期初日は午前中だけだったため、昼前には帰宅となった。徹がバレー部を引退してからは一緒に帰るのが当たり前となっていたので、今日も2人並んで帰路につく。私は帰り道も英語の単語帳を開いて勉強に勤しんでいた。


「今日ってさー…このまま帰る?」
「んー…」
「英単語難しい?」
「んー」
「俺のこと好き?」
「んー…、」
「それとも嫌い?」
「んー、」
「名前、ストップ」


手に持っていた単語帳を徹に取り上げられて、私はそれを取り返そうと手を伸ばす。が、私より圧倒的に背の高い徹が頭上高くに手を上げてしまえば、私の手が届くはずもない。私は取り返すのを諦めて、徹を睨んだ。
けれど、徹は全く怯むことなく、むしろ私よりもじとりとした目でこちらを見ているものだから、少し驚いてしまう。何やらとても不満そうだ。


「俺の話、全然きいてなかったでしょ」
「ごめん。単語覚えるのに集中してたから」
「一緒に帰ってる時ぐらい、息抜きしようよ…」
「もうすぐセンター試験だから、そんなこと言ってられないの」


私の反論にも、徹は顔を顰めたままだ。もう進学先が決定している徹には、この緊張感は分からない。そもそも、分かってもらおうとも思っていない。けれど、分からないなら分からないなりに、私に協力してくれても良いんじゃないだろうか。ただでさえピリピリしている私は、徹の子ども染みた行動にイライラしてしまう。


「徹は決まってるから遊びたいんだろうけど、私はこれからが本番なの。遊んでる暇ないの」
「……遊びたいわけじゃないよ…」
「何でもいいけどそれ返してくれる?」
「…分かった……邪魔してごめんね」


徹はそう言って単語帳を私の手元に返すと、家の方向に歩き始めた。その時の徹には少し違和感があったけれど、私は深く考えることもなく再び単語帳に目を落とす。
そうして、その日から、徹が私に絡んでくることはなくなった。邪魔をしたくないからという徹たっての希望で、一緒に帰るのもやめた。勉強は捗る。それは有り難い。けれど、私はとても我儘なようで、徹と全く接することがなくなると、途端に寂しさに襲われてしまった。
それでもそんな状態で勉強を続け、迎えたセンター試験前日。私は翌日に備えるべく、早めに就寝できるよう準備を整えていた。やれるだけのことはやったし、明日は自分の力を出し切れば大丈夫。何度もそう言い聞かせているのに、緊張はなかなか抑えられなくて、折角寝る準備をしたというのにちっとも眠れそうにない。
このままでは徹夜してしまいそうだ。それならばいっそ、勉強しようか。そう思ってベッドから身体を起こした時だった。スマホの着信音が鳴って画面を確認すると、そこには及川徹の文字。私はすぐさま、通話ボタンを押した。


「あ、ごめん、勉強中だった?」
「ううん…今日はもう明日に備えて早めに寝ようかと思ってたところ…」
「そうなんだ。急に電話してごめんね」


なんだか随分と久し振りに徹の声を聞くような気がして、不覚にも泣きそうになってしまった。徹の声を聞くだけで、先ほどの緊張の糸がするすると解けていくような気がするから不思議だ。


「名前ならきっと大丈夫だよ」
「ありがとう」
「応援してる」
「うん…」


思えば、年が明けて学校が始まってからというもの、自分に余裕がないせいで、徹にはかなり酷い言葉を言ってしまったような気がする。今冷静に振り返ってみると、なんでそこまで言われなきゃいけないんだとキレられてもおかしくないようなことを言ったと思う。
元々可愛い性格じゃないくせに、ここ数週間は輪をかけてツンツンした態度だっただろう。それでも徹は、何ひとつ文句も言わず、センター試験前日の今日になって優しい言葉まで与えてくれる。


「徹…ごめんね」
「え?何が?急にどうしたの?」
「私、余裕なくて…徹にひどいこと言ったなと思って…」
「結構傷付いたなあ…俺」
「だからごめんってば」
「じゃあさ、お詫びに俺のお願いひとつだけきいてくれる?」


なんだかしてやられたような気分だが、申し訳ないとは思っているので渋々了承する。すると、電話の向こう側にいる徹の声が突然聞こえなくなった。もしもーし?と呼びかけてみるが、反応はない。
一体どうしたのだろうか。電波でも悪くなってしまったのかと思い、電話を切りかけた時、漸く徹が、もしもし?と言う声が聞こえた。その声はなぜか弾んでいる。まるで全力疾走でもしたかのようだ。全力疾走…?まさか。


「直接会って、話、しようよ、」


少し途切れ途切れにそう言う徹の声を聞いて、私は勢いよく窓を開けた。家の前にはスマホ片手に白い息を吐く徹の姿があって、胸がいっぱいになる。私は寝間着の上にパーカーを羽織ると、急いで玄関を飛び出して徹の元に走った。


「なんで、来てるの…」
「最近、名前の目を見てちゃんと話できなかったから。今日ぐらい目を見てゆっくり話したいなと思って」
「……徹…、」


この人は、どこまでも優しくて甘い。こんな寒い日の夜に、わざわざ私に会うために走ってくるなんて飛んだ大馬鹿者だ。けれど、そんな大馬鹿者に、私はいつも救われる。優しく弧を描く口元も、細められた双眸も、私の安心材料だ。


「明日、頑張ってね」
「うん…ありがと」
「俺の力も分けてあげる」


そう言って道端で堂々と私を抱き竦めた徹は、私の身体の感触を確かめるようにぎゅっと腕に力を込める。嫌がることもできたけれど、真っ暗な夜道は誰もいないし、私も少し寂しかったので、今日だけは特別に徹の思い通りになってあげることにした。


「キスしたら怒る?」
「……怒る」
「だよね……」
「うそ。今日は良いよ」
「え!なんで?」
「………明日、頑張るため」


本当はただ、徹に触れられるのが嬉しかったから、なんて絶対に言ってやらないけれど。もしかしたら徹には、私の気持ちなんてバレているかもしれない。
徹はほんの少しだけ驚いて、けれどすぐにゆるりと笑うとゆっくりと唇を重ねた。冷たい唇同士が触れ合って、そこにだけ熱がこもる。唇が離れると同時に伏せていた目をゆっくり開けると、至近距離で目が合うのが気恥ずかしい。


「徹、あのね…私、徹と同じ大学受けようと思ってるの」
「………うん、」
「知ってたの?」
「ううん。でも、そんな気がしてた」
「そっか」
「遠距離でも別れない自信あるけどさ、やっぱりこうやって会える方が嬉しい」


意を決して言ったつもりだったのに、徹はどうやら薄々勘付いていたらしい。これでいよいよ後戻りは出来なくなった。再び緊張してきた私に目ざとく気付いたのか、徹がちゅ、と額にキスを落とす。


「そろそろ戻った方がいいね。風邪ひいたらいけないから」
「うん」
「ちゃんとあったかくして寝るんだよ」
「お母さんみたい」
「受験終わったらいっぱい遊ぼうね」
「分かった」
「名前、」
「うん?」
「大丈夫だから、頑張っておいで」


大丈夫、なんて根拠のない言葉は嫌いだ。けれど、徹が言うとなぜか大丈夫な気がしてきてしまうのだからおかしな話である。私は大きく頷くと、手を振って帰って行く徹の後ろ姿を見送った。
その後、家に帰ってからベッドに入った私が嘘みたいにぐっすり眠ることができたのは、徹の「大丈夫」のおかげだと思う。


解き絆すやさしさ


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