×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


お母さんに電話をかけながら、私はひどく焦っていた。及川と及川の家で2人きりになった瞬間から、少なからず緊張はしていた。けれども、それを悟られまいと必死にいつも通りの私を装っていた。及川にはそんなことすぐにバレてしまうかもしれないと思っていたのに、意外にも私より及川の方が緊張しているようで拍子抜けだ。
とは言え、先ほどの発言を思い返すと、及川は随分と私を大切に思ってくれているようで嬉しかった。前からなんとなく大事にされているとは感じていたけれど、面と向かって大切にしたいなんて言われて嬉しくないはずがない。だから及川が望むことには、できるだけ応えてあげたいと思った。人前では無理でも、せめて2人きりのときぐらいなら、もっと心を許しても良いかな、と思えるぐらいには、私は及川のことが好きなんだと思う。


「名前?どうしたの?」
「あ、お母さん。あの、今日なんだけど…、友達の家に、泊まってもいい…?」
「お友達?ご迷惑じゃないの?」
「友達の方から誘ってくれて…」
「……そう。名前が泊まりたいなら、好きにしなさい」
「いいの?」
「失礼のないようにね」
「うん…ありがとう」


電話は呆気なく終わった。お母さん、嘘を吐いてごめんなさい。友達じゃなくて彼氏の家に泊まるなんて、とてもじゃないけど言えなかった。罪悪感はあるけれど、今から及川の家に泊まるのだと思うと嬉しいやら不安やらで頭の中はぐちゃぐちゃだ。
及川の部屋に戻ると、私はお母さんに許可を得たことを伝えた。及川も私と同じ心境なのか、嬉しいとも不安とも取れる複雑な表情をされた。


「とりあえず、お風呂入る?服、貸すよ」
「先に入っていいの?」
「お客さんから入るのが普通でしょ。…これ、使って。洗濯機、乾燥機付きだからお風呂入ってる間に使っていいよ」
「うん…ありがと」


及川に案内されてお風呂場に向かう。一通り使い方を説明してくれた及川は部屋へ戻っていった。
お言葉に甘えて、下着類を洗濯機の中に放り込む。お風呂に入っている間も緊張は増すばかりで、どこをどう洗ったのか全く覚えていない。
のぼせる前にお風呂を済ませると下着はすっかり綺麗になっていた。借りた及川のTシャツは当たり前だけれどダボダボで、袖は肘ぐらいまであるし裾も膝上ぐらいのワンピースサイズだ。ズボンは履いてみたらずり落ちてきたので諦めた。Tシャツだけでもワンピースに見えるし、問題ないだろう。
ドライヤーを借りて髪を乾かすと、私は再び及川の部屋に戻った。私がいない間に部屋の真ん中には布団が敷いてあって、無駄に意識してしまう。


「及川、お風呂ありがとう。ズボンはずれるから履けなかったけど」
「えっ……、あ、そっか…、うん」


及川は一瞬私を見た後、驚いたような顔をして視線を逸らした。そして、お風呂入ってくるね、と早口で言い残すと、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
何かおかしなところでもあっただろうか。よく分からない。
私はどこに座るべきか悩んだ結果、布団の隅に腰をおろした。どうにも落ち着かない。
私は悩んでいた。いつ、及川に切り出すべきか、と。私は処女だ。高校3年生にもなって未経験だなんて周りに比べたら遅いのかもしれないけれど、今まで付き合った人とはそういう関係になる前に別れてしまったし、シたいとも思わなかった。
けれど、及川とはそこそこ続いているし、何より、そういうことをしても良いかなと思えるようになっていた。だからこの状況は、緊張するけれど嫌ではない。
しかし処女だと知ったら、及川はどう思うだろうか。重いと思われてしまうかもしれない。それならそれで何もしなければ良いだけなのだが、今後、それのせいで及川と気まずくなったら、正直つらいような気がする。処女だなんて言わなくてもいいのかもしれないけれど、後になって分かったら、なんだか騙したようで嫌なのだ。


「ごめん、お待たせ」
「あ、おかえり」


色々と考えている内に時間が経っていたらしい。及川が帰ってきて、部屋にはお互いの緊張が充満している。いつもならペラペラと何か喋る及川が、今日は信じられないぐらい静かだ。


「ね、名前ちゃん、こっちおいで?」
「……うん、」


私は布団の真ん中に座って手を広げる及川に近付く。及川の目の前に正座すると、頬に手が伸びてきて優しく撫でられた。ゆっくりと及川の顔が近付いてきて、唇が重なる。いつもより長いそれに、私は頭がぼんやりしてくるのを感じた。やがて、名残惜しそうに唇を離した及川は、私の額に自分のそれをコツンと合わせて、囁くように言葉を落とす。


「…色々余裕ないんだけど」
「私も、」
「その格好、ホントだめ……」
「え?」
「彼シャツ的な?足とかすごい出てるし、もーなんか…色々大変」
「そうなの?」
「そうなの。だから…いい?」


とん、と。まるでスローモーションのようにゆっくりと布団に倒されて、目の前には及川の綺麗な顔。このままきっと、行為が進んでいくのだろう。それならば今、言うしかない。


「及川、あのね、」
「ん?」
「私……その、はじめて、なの」
「……え?」
「ごめん、なかなか言い出せなくて…」


私を組み敷いたまま、及川は固まった。そうだよね、驚くよね。どうすることもできず、私は及川を見つめる。
すると、及川はふっと笑って、私のことをぎゅっと抱き締めた。


「てっきり経験あるかと思ってた」
「ごめん…引くよね」
「引かないよ」
「重くないの?」
「むしろ嬉しい。俺が初めての相手でいいの?」
「…うん。及川が、いい」
「優しくする」


どろどろに甘くて溶けてしまいそうな言葉を紡いで、及川は私の口を自分のそれで塞いだ。口付けすらも噎せ返るほど優しくて、私はもう、彼に身を委ねることしかできなかった。


おちて、落ちて、堕ちる


BACK |