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名字名前を好きになるのにそう時間はかからなかった。
時折行くコンビニに最近可愛い店員がいるよな、って部員たちで盛り上がっていれば、


「あー、俺たちのクラスの名字じゃないっすか?」


別にどうでも良さそうに倉持と御幸が説明した。


「あ?お前ら何組だ?!」
「B組ですよ!純さんこの間、遊びに来てたじゃないっすか」


結城について行っただけだから、そんなこと気にもしていなかった。
その情報を得たからなんだって話。
可愛い子の情報は聞いといて損はねーだろ?

ただし、何か起こるまでは日々の喧騒に紛れて完全に失念しちまうけどよ。



「大丈夫か?」


だから、まさか、こんな形で知り合うとは思ってもみなかった。
増子たちより先に会計を済ませてコンビニの外にでれば、入り口で小さくうずくまっている人がいた。
そんな行動に出たのは、その姿はどこか見覚えがあるような気がしたからで、よく見れば、…ああ、やっぱりそう…B組の…名前までは思い出せない。
その時は他意があるわけでもなく、ただものすごく具合が悪そうだったから声をかけただけ。
聞けば親が迎えに来るって言うし。
気晴らしになるかわかんねぇけど…そう思って買ったばかりの炭酸を差し出せば素直に受け取って飲んでくれた。

次にコンビニへ行った時には屈託無い笑顔で「ありがとうございました!」と言われ、コロンといとも簡単に心の中で恋に落ちる音がしたのは言うまでもない。

その笑顔は卑怯だわ。

自分でもわからないくらい素直に笑って「おう」と返していた。
そこからは何かにつけて気になった。
試合を観に来てんのも、学校で一瞬見かけるのも、目が合わねーかなーなんて。
あれ?もしかして見られてる?なんて思ってチラリとそちらを見れば、すぐに逸らされる視線が結局どこを見ていたのかわからない。

もう一回、俺にあの笑顔向けてくんねーかなって思った瞬間、はっきり自覚。





「あ…そういえば、名字、純さんのこと好きらしいっすよ」


夕飯の最中に、突然倉持が切り出した言葉に噴き出した。


「はぁ??!」


名字サンとの出来事をなに一つ言ったわけじゃねぇけど、恐らくしつこく名字サンについて教えろって言ってるからさすがに勘付くよな。
今の今まで一方的に何聞いても「知らねっす、わかんねぇっす」ってめんどくさそうに適当にあしらいやがってたクセに今更なにを言いだすんだ…。


「お前それいつ知ったんだよ?!」
「昨日っす」
「なんでもっと早く言わねーんだよ!!」
「昨日コンビニから帰ったら、純さん寝てたじゃないっすか」


寝てたわ。
寝てたけども!!
朝とか、昼とか言う時いっぱいあっただろうが!!
昨日、コンビニに買い物行くっつーから名字サンがいれば渡せつって差し入れと、ほんの少しの言伝。


「ヒャハ、すんません、忘れてました」
「ざけんな!!」


途端に、名字サンの笑顔とかバイト中の顔とか思い出してしまい、加えて倉持の「好きらしいですよ」の言葉が確証もねぇのに口元を緩ませた。
やべぇ、もうこれ以上飯食えねえわ。
そんな情けない顔を隠すように触れれば熱い。


「純さん飯残すとペナルティーっすよ?」


ヒャハハハと笑い逃げるあのバカな後輩を絞め上げるのは後にして、とりあえず味のしなくなった飯を無理やり口に突っ込んだ。

今度からどんな顔してあのコンビニ行きゃ良いんだよ…。



寮の自販機へ行くと、まさか、俺のお気に入りの炭酸がついにそのラインナップに入っていた。
もうコンビニまで行かなくとも買える。
それがもう会わなくても良いと言われているようで。

ずっと行き悩んでたコンビニ。

倉持の言ったことの真偽を確かめたい気もあって、けどどうやって確かめれば良いか名案もない。

でも、会いてぇ。

できることなら、名字サンから直接、聞きてぇ。
そう思えば、ムズムズしたこの気持ちを抱えながらコンビニへと歩いていた。



また具合が悪そうに座り込んでる名字サンをみて、心配と、嬉しさと。
聞けば具合も悪いのにこんな時間に歩いて帰るなんて言い出すもんだから、半ば無理やりに送ることにした。
二人で歩く住宅街は人気もなく閑散としていて、数十メートル置きにある街灯だけが光をくれる。


「伊佐敷先輩、何も買わなかったですけど良かったんですか?」
「ああ。増子のプリン買いに来ただけだ……から…」


あ、待て。
これじゃあ俺、増子のパシリみたいじゃねぇか。


「あと、俺のジュースを!!帰りに寄るから!!気にしてんじゃねぇ!!」
「は、はい?」


緊張して上手く話せないとか、くそダセェ。


「増子先輩って本当プリン好きですよね」
「ん?あ、ああ。いつも食って…ってよく知ってるな」


俺たちの間を抜ける蒸し暑い夜風は、少しだけひんやりとしたものに変わっていた。


「!?…えっと、それは、まぁよく来てくださる人は、覚えてマス。伊佐敷先輩も…。」


途端にたじろぐその姿をみて、倉持の言っていたことが一瞬過ぎるし、もしこれが倉持の言っている通りなら、少なからず最後の言葉は、俺へのアピールだろうか。

なぁ、こんなわかりやすいもん?

恥ずかしそうに俯いてしまう様子が、可愛い、なんて視線を背けたくなるのは俺のほう。


「…ああそうだ。お礼、すっかり忘れてたんだけどよ」
「お礼されるほど大したことしてませんから、もう気にしないでください!むしろ、助けられすぎてて…」
「いっつもこんな帰り、遅いんか?」


俺の中でこうしてやりたい、って思っているお礼がある。
けれど、それは俺が思っているお礼であって、彼女が求めているものでなかったら困るから。
少しだけ、回りくどい言い方をする。


「今日は早退しましたけど、いつもはもう少し遅いです」


そこから導き出される答えが、俺の望むこれと繋がってくれれば良いのだけど、と心の中で念じる。


「色々考えたんだけどよ…良いの思いつかなくて。俺にできることなんかねぇのか?」
「え…?」


足を止めるのと、彼女の手を掴んだのは同時。
驚いた名字サンがこちらを見上げる。


「一番良いのは、バイトの帰り、送ってやりてぇんだけど…」


ダメか?
と聞けば、この暗がりでもわかりやすく真っ赤に染まっていく彼女の表情。
名字サンはすぐに動揺し、掴まれていないほうの手で顔を覆う。


「…く、倉持たちから…聞いた、んですよね?だ、だから…」


からかってる、と続くその言葉を遮るように、掴んでいる手を引いた。


「だから、だろ?」


ぐっと近寄った距離は自分でも恥ずかしいと思ってる。
でも、逃げたくねぇし今言わなきゃまたグダグダくだらねぇこと悩んじまう。


「それは…えっと…」
「迷惑か?」
「いや!そうじゃなくて!!」


片手で押され距離を取ろうとするその手ごと、抱き寄せた。
バカみてぇ。


「あー…その、なんだ……俺も、名前が好きだ」


すっげぇ心臓鳴ってるし、こいつのが移って絶対顔赤いし、余裕無さすぎて本当かっこ悪い。
けどわかりきった両思いなら、早く、どうにかしたかった。


「う、うそ」


そっと抱きしめているつもりの腕の中が、小さく揺れる。


「そんな、いつから…」
「お前が具合悪くなったあと、次にコンビニで会った時、お前にありがとうって言われて…」


可愛いと思った。
その言葉は恥ずかしくて小さく耳元で囁いた。


「〜〜っ!」


思い切りドンと無理やり両手を突っぱねてきたものだから、離れる距離。


「い、一緒です!私も、あの日、伊佐敷先輩が初めて笑ってくれて、嬉しくて……好きに、なってました」


途切れ途切れの言葉でも、はっきりと聞こえたその声。
こんな時、倉持と御幸のしてやったり顔が目に浮かぶ。


「っありがとう、ございました!家そこなので!」


スルリと離れた彼女だけど、きっと頭の中真っ白なんだろうな。
だって俺もそうだから。


「名前!」


呼び止めれば、一応は止まる足。


「…名前。次からは名前で呼べよ」


他に言うこといっぱいあるはずなのに、そんなことしか言えねぇのか、俺は。
けれど、これは正解だった。


「おやすみなさい、…純さん!ありがとうございます」


ようやく見れたその笑顔は、あの日と同じ。
玄関を抜けてもう一度手を振ってきた名前に、手を振り返した。
姿が見えなくなった途端に緊張の糸が切れて、そばの塀にズルズルと背中を預けた。


「くっそ…可愛すぎかよ…」


次の日B組に行けば、名前は風邪で熱が出たらしく学校を休んでいて、俺たちが正式に付き合い始めたのはそれからまた三日後。
名前のバイト帰りを送って行った時の話。

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