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御幸と雨の日


ぴちゃんぴちゃん。今日もどんよりとした曇り空から、止めどなく雫が降ってくる。大きな水溜りに次から次へと雨粒がダイブしていく様をぼんやりと見つめながら傘を叩く音に耳を傾けるのは、この季節の日課と言っても過言ではない。
雨の日でも晴れの日でも、私は毎日野球部のグラウンド近くにひっそりと佇む花壇に足を運ぶ。園芸部として手入れをしなければならないから、というのは建前で、本音はこの場所からなら誰にも迷惑にならず気付かれることもなく、とある人物を眺めることができるから、である。
基本的に雨の日なら、運動部は屋内で筋トレをしていることが多いのだけれど、野球部は屋内練習場もあるようなので天気に関係なく練習に励んでいるらしい。運動音痴な私からしてみれば、何が楽しくてそんなに野球に打ち込めるのだろうかと思ったりもするけれど、自分がひそかに恋心を抱いている相手が汗を流している姿を見ると、野球は魅力的なスポーツなんだろうなあと思えてしまうから不思議だ。
はたから見ればストーカー紛いなことをしているという自覚はあるけれど、今日も私は懲りずに花壇へ足を運ぶ。すると、なんとも珍しいことにそこには先約がいた。しかも、絶対にその場所には用がないであろう人物。


「御幸、君…?」
「あ、来た」
「え…」
「いつもここにいるの見えてるから」


なんということだろう。まさか意中の相手に自分の存在がバレていたなんて。穴があったら入りたい。
私は自分の傘でさり気なく顔を隠しつつ花壇に近寄る。引き返したいのは山々だけれど、何もせずに踵を返すのは不自然すぎるからやめたのだ。
野球部は雨の日でも関係なく練習をしているはずなのに、どうしてこんなところに御幸君がいるのだろうか。私は少し遠くの屋内練習場の方へ耳を傾ける。雨の降るザアザアという音に紛れて野球部員達の声が聞こえるので、練習が休みというわけではなさそうだ。


「練習…行かないの?」
「行くけど、その前にきいとこうと思って」
「何を?」
「なんでいつもここに来てんの?って」


傘で隠していた御幸君の顔を恐る恐る見上げてみると、その表情は何かを察しているようで。口元が緩く弧を描いているような気がするのは気のせいだろうか。
お互い傘をさしているので微妙な距離を保ったまま、雨が降り続く音だけがシトシトと聞こえる。何か答えなきゃ。どくどくと煩い鼓動には気付かないフリをして、私は必死に平然を装う。


「私、園芸部だから…花壇の手入れ、しなきゃいけなくて」
「ふーん…雨の日でも?毎日?」
「そ、そうだよ」


眼鏡の奥で光る瞳は真っ直ぐに私を捉えていて、その視線に耐えられなくなった私は、さりげなく傘をおろして物理的な壁を作る。何かしら気付かれているような雰囲気はバシバシ伝わってくるけれど、私から触れるような勇気はない。
すると御幸君は、あのさ、と。1歩私に近付いてきた。傘がとん、とぶつかって、ぼたぼたっと水滴が落ちる。


「花壇手入れしてるところ見たことないし、野球部の方を見てる姿ばっかり見かけるんだけど。それって俺の気のせい?」
「…き、気のせい!」
「はっはっは!意外と頑固だな」


バレている。完全にバレているけれど、もしここで見ていることを認めてしまったら、なんでいつも見てるの?と尋ねられるに違いない。そうなったら私は、もう取り繕えないだろう。いや、今も取り繕えているとは言えないけれど。
心臓の鼓動がどんどん速くなっていくのを感じながらも、私はその場を動くことができずに無言を貫く。このままちらっと花壇の手入れをするフリをして時間を潰してから帰ってしまおうか。そんなことを考えていると、私の手から傘が奪われた。
何事かと反射的に顔を上げれば、私の傘を持った御幸君がすぐ近くにいて固まってしまう。御幸がさしていた筈の傘はなぜか畳まれていて、今、私と御幸君はひとつの傘の下に入っている。所謂、相合傘の状態だ。何がどうなってこんなことになっているのか。私にはさっぱり分からない。


「てっきり俺目当てかと思ってたのに、違うんだ?」
「ち…ちが、う…よ、」
「顔、赤いけど。どうした?」
「御幸君…っ、近い、」


わざとらしく覗き込んできた御幸君から必死に顔を逸らしてみるけれど、その視線からは逃れられない。こんな反応をしたら私が御幸君のことを好きだってことはバレバレだろう。なのにこんなことをしてくるのは、私のリアクションが面白いから遊んでいるだけなのだろうか。


「見られてるって気付いたの、なんでだと思う?」
「そんなの…毎日いたら……おかしい、から…?」
「まあそれもあるけど、」


元々近かった距離が更に近付いて、これ以上近付いたら肌が触れ合ってしまうというギリギリのところまで迫ってきた御幸君。心臓が爆発しそうな私はどうしたら良いものかと内心ワタワタしているけれど、実際は微動だにしていない。というか、動けないのだ。だって少しでも動いたら、御幸君に触れてしまいそうなんだもの。
そんな私の焦りをよそに、おもむろにポンと頭に乗せられた手は御幸君のもので。触れないように気を付けていた自分は何だったのだろうかと思ってしまった。


「俺も見てたから」
「…え?」
「って言ったら、どうする?」


ぽかんとマヌケにも口を開けて呆けている私に眩しいほどの笑顔を向けて傘を私に返してきた御幸君は、じゃあまた明日、と何食わぬ顔で自分の傘をさして屋内練習場の方へ走り去ってしまった。
残されたのは触れられた頭への熱と、初めて投げかけられたキラキラの笑顔だけ。これは期待しちゃっても良いのかな。明日、またここに来たら御幸君に会えるだろうか。雨でも、雨じゃなくても。次に会った時は、勇気を出して言っても良いですか。


「好きです、」


既に何メートルも向こうへ行ってしまった御幸君の背中に向けて呟いてみる。勿論、聞こえる筈なんかない、のに。タイミングよく、くるりとこちらに振り向いた御幸君は、またニヤリと、私の心臓を射抜く笑顔を見せたのだった。