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君見知りにて心停止


私が密かに恋心を抱いている倉持君は、同じクラスのムードメーカー的存在で、2年生にして強豪野球部のレギュラーだ。いつも明るく誰とでも仲良さそうに話をしていて、極度の人見知りである私とは正反対の世界で生きているような倉持君に、私は最初、憧れの気持ちを抱いていた。
すごいなあ。あんな風に喋れたら楽しいだろうなあ。そう思っているだけだったはずなのに、その憧れはいつしかキラキラした倉持君を想う恋心に変わっていて、今ではすっかりご執心だ。
ただの地味なクラスメイトでしかない私のことなんて、人気者の倉持君は恐らく覚えてすらいないだろう。そう思っていたのに、席替えで私の後ろの席になった倉持君が声をかけてくれた時には、心臓が飛び出そうなほど驚いた。


「名字と席近くなるの初めてだな!」
「そ、そうだね…」
「ヒャハ!まさか緊張してんの?」
「私…人見知り…だから……」


持ち前の人懐こさを発揮して私にぐいぐい話しかけてくる倉持君。私が特別じゃない。きっとガチガチに緊張しまくっている私の反応を見るのが面白いだけだろう。
私としてはどんな理由であれ想い人の倉持君と会話ができて飛び上がりそうなほど嬉しいのだけれど、それに比例して心臓が破裂しそうなほどドキドキしてしまう。


「俺がその人見知り直してやろうか?」
「へ、いや、そんな、」
「まあ任せとけって!」
「あの、ちょっと…え?」


倉持君は満面の笑みを浮かべて胸を張っているけれど、私は全く展開が理解できずにアワアワするばかりだ。私の人見知りはかなりのものだし、そもそもこれは生まれ持った性格なわけで直るとか直らないとかそういう次元の話ではないと思う。
けれど、倉持君が背後から身を乗り出して話しかけてきてくれるのはすごくすごく幸せだったから。私はズルいことに、この幸せな時間を逃したくなくて戸惑いながらも嫌がるような素振りは見せなかった。


「名字ってホントに人見知り?」
「え?う、うん…どうして?」
「いや!別に!」


一瞬、倉持君の表情が真剣になったような気がするけれど、すぐにいつもの明るい笑顔に戻ったところを見ると私の勘違いかもしれない。そこで先生が、静かにしろー、と声を張り上げたので会話は途切れてしまったけれど、その日から私と倉持君の距離は以前と比べものにならないほど近くなった。
嬉しい反面、それが余計に私の心を掻き乱す。だって、距離が近付けば近付くほど、倉持君のことを意識してしまってうまく話せない。これはもはや、人見知り云々の問題ではない。
しかし、倉持君のおかげなのか定かではないが、私の中で人と話すということに対するハードルが下がってきたのは事実のようで。なんとなくではあるけれど、それまでに比べてクラスメイト達とすんなり話すことができるようになってきた気がするのは気のせいなんかじゃないと思う。
その証拠に、昼休憩の今、私は隣の席の男子と割と普通に話すことができている。前ほど緊張していないのは、倉持君と話すのに比べたら全然平気だと思っているからかもしれない。


「名字さん、前より話しやすくなったよね」
「そうかな…?」
「うん。表情も柔らかくなったし」
「それはたぶん……、」


倉持君のおかげかも、と続けようとした言葉は、すぐ後ろから聞こえたガタン!という大きな音によって遮られた。恐る恐る振り返れば、そこには今まで見たこともない刺々しいオーラを放った倉持君がいて、息を飲む。その視線は私に向けられているから、余計に怖い。


「倉持君…?」
「名字、ちょっと話あんだけど」
「あ、うん、ど、どうぞ…」
「ここでじゃなくて。違うところで話す」
「えっ…!くら、もち、くん…!」


先ほどのガタンという音は席を立ったことにより生じたものらしく、立ち上がっていた倉持君によって右手を掴まれた私はぐいぐいと引っ張られるまま付いて行くことしかできない。埃っぽい社会科資料室に来たところで私の手は解放されたけれど、それを名残惜しいと思ってしまう私は相当倉持君のことが好きみたいだ。
よくよく考えてみれば2人きりなんてシチュエーションは初めてで、私の緊張は最高潮に達していた。話って何だろう。早くこの状況から逃れないと、私の心臓が爆発してしまう。


「名字は人見知りだったんじゃねぇのかよ」
「そうだよ…?」
「さっき、普通に話してた」
「それは…最近、倉持君が、沢山話しかけてきてくれるから、慣れてきたっていうか…」
「俺とは普通に話せねぇのに?」


やはりピリピリした空気を身に纏っている倉持君。私はちらりちらりとその表情を盗み見つつも、視線が交わりそうになる度に逸らし続ける。今の倉持君がちょっぴり怖いというのもあるけれど、好きな人と一瞬でも目を合わせてしまったらそれこそ死んでしまうような気がするからだ。
倉持君とだけいつまで経ってもうまく話せない理由はたったひとつ。私が倉持君のことを好きだと思ってしまっているからに過ぎない。けれど、まさかそんなことを言うわけにもいかないので、私は押し黙る。その行動にまた、倉持君がイライラを募らせているのが雰囲気で感じ取れたけれど、私にはどうすることもできない。


「倉持君のおかげで、人見知り、克服できてるのかも…しれない…」
「俺と普通に喋れなかったら意味ねぇじゃん」
「ご、ごめんなさい…」


責められても仕方がないとは思う。けれど、こればっかりはどうしようもない。倉持君を好きでいる限り、たぶん私は一生、まともに目を見て話せないと思うしオドオドしてしまうと思うから。
謝ることしかできない私に、倉持君は何を思ったか、はぁ…と溜息を吐いて。 私に近付いてきたかと思ったらその場にしゃがみ込んで、名字、と。私の顔を下から覗き込みながら名前を呼んだ。
呼ばれたことで反射的に向けてしまった視線が、倉持君とバッチリ交わってしまって、身体中がぶわあっと熱くなる。だって、そんな、苦しそうな顔。見たこと、ないもん。


「これでも俺、結構頑張ってんだけど」
「な、なにを…?」
「名字と仲良くなるためにすげー話しかけてんだってば」
「私の人見知り…直すためじゃ…、」
「そんなの口実に決まってんだろー…」


カッコ悪ぃな…と項垂れる倉持君だけれど、カッコ悪いなんて微塵も思わない。そんなことより、馬鹿で鈍感な私でも今の倉持君の発言には期待してしまう。もしかして、倉持君も私と同じ気持ちなんじゃないかって。
いや、でもこんな地味で何の取り柄もない私のことを倉持君みたいにキラキラした人が好きになってくれるなんて、そんな夢みたいなことがあっていいのだろうか。勇気を出してきいてみようかと、あの、と零した言葉が、倉持君の、あのさ、という言葉とシンクロする。ど、どうしよう。お互い口を噤んでしまったがために気まずい沈黙が訪れてしまった。


「……先に言えって」
「い、いや、倉持君から、どうぞ…」
「…じゃあ言う。俺、名字のこと好き」


半信半疑だったことが倉持君の言葉によって確証に変わった瞬間、僅か呼吸の仕方を忘れる。夢かもしれない。けれど、夢じゃないなら。再び交わった視線を逸らさずに、私も素直な気持ちを伝えていいだろうか。


「…私、も。そう言おうと思ってた…」
「は?」
「え、あの、ごめんなさい、好きってまさか、そういう意味じゃなかった?」
「いや。そういう意味だけど!俺のこと苦手だったんじゃねーの?」


どうやら倉持君は私が倉持君にだけドギマギしているのを苦手だと思われているからだと勘違いしていたらしい。恥ずかしながらも好きだから意識しすぎて上手く会話ができなかったことを伝えると倉持君は、なんだよもー…とまた項垂れて、本日2度目の「カッコ悪ぃ…」を呟いた。
そして、控えめながらもぎゅっと握られた手に全神経が集中する。依然としてしゃがみ込んだままの倉持君は、少し恥ずかしそうに、けれどニィッと口角を上げて私を見つめていて。私にはやっぱり、ちっともカッコ悪いなんて思えなかった。


「これからはもっとガンガン話しかけていくからな!慣れろよ!」
「が、頑張る…」
「あと、名字は今から俺の彼女なんだから、」
「か、かのじょ…!」
「名字じゃなくて名前って呼ぶわ」


駄目だよ倉持君。私、倉持君に笑いかけられながら手を握られてるだけでこんなにドキドキしてるんだから、そんな簡単に名前なんて呼ばないで。心臓、本当に爆発しちゃうよ。
全身ゆでダコ状態の私を見て、ヒャハッ!真っ赤!って笑う倉持君が握っていた私の手を引っ張るものだから、必然的に私もしゃがみ込む形になり、それまでよりも至近距離で倉持君を見つめることになってしまう。


「早く直せよ、人見知り」


ごめんなさい。他の人への人見知りは直るかもしれないけど、倉持君への人見知りは一生直りそうにないよ。だって、ドキドキが止まらないんだもん。
そんな私の心中を知ってか知らずか、トドメと言わんばかりに、ちゅ、と額に柔らかいものが触れて、それが倉持君の唇だと気付くまであと数秒。ああ、駄目だ。キスされたって認識した瞬間、心臓、止まっちゃった。