×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

さようならだけ切り取って


※社会人設定


彼と別れてから、もう1年以上が経つ。未練はなかった。だから新しい彼氏もすぐにできたのだと思うし、その彼氏とは上手く楽しくやれていたと思っている。それなのに、私はどうして今、別れて1年以上経った元カレと並んで歩いているのだろうか。答えは簡単。同窓会の帰り道が一緒になってしまったからだ。

高校時代の同級生が元カレというのは、色々と気まずい。今日の同窓会でも「二人は今どうなの?結婚秒読み?」なんてきかれてしまって、別れたなんてとてもじゃないが言い出せない雰囲気だった。彼の方も明言は避けていたから、恐らく私と同様、根掘り葉掘り聞かれる面倒な展開になるのは御免だと思ったのだろう。
それもそのはず。彼は一般人の私と違って有名なプロ野球選手。変な噂を立てられたら困るに決まっている。適当に質問を受け流すスキルは、何度も取材の受け答えをしているうちに身に付いたのだろうか。高校時代はあんなに喋りが上手ではなかったような気がする。

さて、そんなわけで、私と彼は同窓会の間、何かとセットで扱われていた。だから気付けば同窓会中はなんとなくずっと近い距離にいて、その流れのままお開きとなったから「お前らは一緒に帰るんだろ〜?」と勝手に見送られてしまい今に至る、というわけなのだけれど。
元カレである御幸一也は私の隣をぼけーっと歩いていて、相変わらず何を考えているのか分からない。なんとも緊張感がないというか、覇気がないというか、気が抜けているというか。こんなのが世間を賑わせているプロ野球選手だなんて笑わせてくれる。
悔しいけれど、野球をしている時にカッコいいのは認めざるを得ない。しかし野球から離れると、彼だってただの一般人……いや、まあ、うん、そこらへんを歩いている一般人に比べたら、ちょっぴりイケメンの部類には入るかもしれないけど!だとしても、ちょっと顔が良い一般人程度だ。……と、思う。


「何?」
「いや、なにも」
「ふーん」


無意識にじーっと見つめてしまっていたからだろう。視線に気付いてこちらに顔を向けてきた彼から逃げるように、私は顔を正面に戻す。
夜だけれど通りに面したお店の明かりのお陰で真っ暗というわけではない。だから、彼の顔はよく見える。つまりそれは、彼の方からも私の表情がよく見えるということだ。それを意識すると妙に緊張してしまう。
それでも、ちらり。横目で彼の顔をこっそり盗み見て再確認。やっぱり、黙っていればそこそこ……いや、結構、イケメン。未練はないと言ったけれど、この顔を見たらちょっとは後悔の念が湧き起こってこないこともない。


「そういえば新しい彼氏できたんだっけ?」
「……うん、」
「あれ?嬉しそうじゃないじゃん」
「もう別れたから」
「は?もう?」
「うるさいな。一也には関係ないでしょ」


むっとして刺々しい口調で冷たく言い放った言葉にも、彼はちっとも動じない。それどころか「そんなんだからフラれたんだろ」と失礼なことを言ってくるのだから、いい性格をしているなあと、いっそ感心してしまう。
まったく、本当に大きなお世話だ。この男はいつも土足で人のプライベートゾーンに踏み入ってくる。そのくせ、自分はテリトリーに入られるのを嫌う。そういうところに、歪みが生じた。だから私達は別れたのだ。
私が彼との別れを決断した理由は、プロ野球選手としてどんどん有名になっていくであろう御幸一也という男の隣に立っていられるだけの自信と勇気がなくなったから。私なんかではこの男を支えられないと思ったから。そして、彼は私を必要としていないと感じたから。
別れないかと切り出した私に、彼はあっさり、すんなり「お前がそうしたいなら」と答えた。だから彼の方は、最初からそこまで私のことが好きじゃなかったんだろうなって。きっと未練なんて1ミリもないんだろうなって。別れた直後は、ほんの少し寂しかったような記憶がある。
あれ、これじゃあ私、一也に未練があったみたいじゃん、なんて思ったけれど、それは違う。私はもっと自分の身の丈に合ったそれなりの彼氏と、それなりの人生を歩みたいと思ったのだ。未練なんて……そんな、今更。


「じゃあ今って実家?」
「え」
「彼氏と同棲するってわざわざ俺に報告してきたじゃん」


あなたとは別れたけど私の方は全然大丈夫ですから心配しないでください!という意味を込めて、彼にわざわざ新しい彼氏ができたとメールを送ってしまったのが仇になった。表情には出ていないけれど、彼は今、惨めな女だと心の中で嘲笑っているに違いない。
そもそもあの頃の私は、どうしてそんな当て付けみたいなことをしてしまったのだろう。別れを告げたのは私。自分の中で整理して、納得して別れた。それなのに、まるで彼に八つ当たりしているみたいな行動を取ったりして。


「今は実家に戻ってる。けど、一人暮らししようかなって考え中」
「なんで?」
「そりゃあ、私だって一応は社会人だし。ずっと実家でお世話になるのもどうなのかなって」


どうでも良い話をしながら、赤信号で立ち止まる。彼はどこまで行くのだろう。いつまで一緒なのだろう。信号、早く青にならないかな。
そう思いながらそわそわしていたら、突然名前を呼ばれた。名前、って。とても馴れ馴れしく。付き合っていた頃と同じように。まあ私も、一也って、あの頃と同じように呼んでいるのだけれども。私が彼の名前を呼ぶのと、彼が私の名前を呼ぶのは違うのだ。たぶん。心情的に。


「じゃあ、俺んち来れば?」
「へ?」
「どうせ俺以外の男じゃ相手すんの無理だろうから」
「な、なに言って……、」


ただでさえ名前を呼ばれただけで動揺しているというのに、この男は急に何を言い出すのか。わけの分からないことを言われて動揺する私を見て楽しみたいだけなのだとしたら悪趣味だけれど、彼の性格を考えたら有り得ないとは言い切れない。
信号が青になる。先に歩き始めた彼に、ほら行くぞ、と声をかけられるまで、私はその場から動けなかった。だって、揶揄うこともせずに、ほら行くぞ、って。
いやいや、ほら行くぞ、じゃないよ。今さっき言ったことってどういう意味?今からうちに来いよ、って、今夜だけのことを言ってる?それとも、それとも……?
言葉の真意を探るべく、さっさと前を行く彼に小走りで駆け寄り、顔を覗き見る。そして気付いた。彼の耳がほんのり赤く色付いていることに。何それ。澄ました顔しちゃって、全然キマってないじゃん。イケメンのくせに、それじゃあ台無しだよ。


「ちゃんと言ってくんないと分かんない」
「は?」
「俺んち来れば?ってどういう意味?」
「それは、だから……」


首裏に手を回してちらりとこちらに視線を流してきた彼は、私がニヤけていることに気付いたらしい。お前な……!と頭をぐしゃぐしゃにされてしまった。
どうしよう。未練ないと思ってたけど、こんな何を考えているかよく分からない、恋愛に疎い感じの男はもう願い下げだと思っていたはずだけれど、ちょっとときめいちゃった。
最近彼氏と別れて失恋したばっかりだし、お酒を飲んだ後だから、正常に判断できてないのかもしれない。けど、これだって何かの縁かもしれないし、なんて。


「前向きに検討させていただきますね」
「お前に選ぶ権利ねぇから」
「横暴!」


そんな憎まれ口を叩きつつニヤける顔を元に戻すことはできなくて「ニヤけてんぞ」と指摘されてしまったけれど、それすらも浮かれる要因となってしまうのだからおかしなものだ。
次の同窓会では、もしかしたら良い報告ができちゃうかもしれない。次の同窓会がいつ行われるのか分かんないけど。もしかしたらもう同窓会なんて開かれないかもしれないけど。問題はそこじゃなくて。
彼が立ち止まった。それに2、3歩遅れて私も足を止める。振り返ったら思っていた以上に近い距離に彼が立っていて、驚きのあまり心臓がひゅんと縮こまった。そしてその直後、どどど、と忙しなく動き始める。
彼とは、手を繋いだりキスをしたり、セックスだって経験した。だから至近距離に立っているぐらいで胸を騒つかせるなんておかしいのだ。今日はおかしいことだらけ。だから、またおかしなことが起こったとしても驚きはしない。


「で?どうすんの?」
「……有名人と噂になる覚悟、まだできてない」
「じゃあ覚悟できたら来るってことで良いんだな?」
「それは来てほしいってこと?」
「…………そういうこと」


やけに素直な彼はやっぱり耳を赤らめていて、私にまでその色が移ってしまった。困ったな。覚悟なんて全然できてないのに、今すぐにでも彼に飛び付きたくなっちゃった。