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家庭教師亮介×高校生女子


※大学生設定


私は高校3年生。つまり、受験生。去年までは勉強のことになんてちっとも口を出してこなかった親も、4月に入った途端、進路はどうするの?なんて声をかけてくるようになった。そして、私はどちらかというと成績が悪いタイプだったので、この時期になってそのことに漸く気付いた親が、これはいかん!と慌てて打ち立てた策が、家庭教師を雇うというものだった。
正直、進学しようとは思っていなかった。学びたいことがあるわけでも、将来なりたい職業があるわけでもないんだから、適当に仕事を見つけて働いて、良い感じの人と出会って結婚できたらいいなって、それぐらいの将来ビジョンを描いていたのだ。
けれども親は私の人生だというのに、それを良しとしてくれない。大学に行って、何か資格をとって、ちゃんとした仕事に就いた方が幸せになれるからって。そう言われた。幸せってなんだ。私の幸せは私が決める。結局、親は世間体ってやつを気にしているのだと思う。娘が進学もせず、そこらへんの学生でも入れるんじゃないかってレベルの職場に就職して働き始めた、なんて、きっとご近所さんに言えないのだろう。こんなことになるぐらいならいっそのこと、もっと早くから口出ししてくれていたら良かったのに。


「この公式、覚えてない?」
「覚えてません」
「じゃあ今から覚えようか」
「これ、将来役に立ちます?」
「少なくとも受験には役立つかもね」


不満だらけの私の元にやって来たのは、ピンク色の髪をした家庭教師だった。大学2年生ということは私と2つしか変わらない。それなのに随分と落ち着いて見えた彼は、私の刺々しい態度など気にする様子はなく、淡々と勉強を教えてくれていた。週に2回、学校が終わってからの勉強タイム。
最初は憂鬱でしかなかった。けれども、彼に教えてもらっているうちに分かる問題が増えてきて、なんとなく楽しくなってきていた。恐らく、彼は教えるのが上手いのだろう。ずっと勉強のことだけってわけじゃなく、時々雑談を交えてくれるところも、飴と鞭の使い分けができているというか。身に纏っている雰囲気も嫌いじゃなかった。そんなわけで、私は月日を重ねるごとに成績を上げていき、それとともに彼に対して特別な感情を抱くようになってしまった。


「ねぇ小湊先生」
「何?問題終わった?」
「先生って彼女いる?」
「解き終わったら教えてあげる」


そんなことを言われたら問題に取り組むしかなくて、私は必死に答えを書き込んだ。そうして全てを解き終えて、間違えたところの振り返りも終わったところで、彼は言った。いるよ、と。何が?と尋ねる勇気はない。そんなの、さっきの私の質問の答えだって分かっていたからだ。
彼には彼女がいる。それでも私の気持ちは抑えられないし、会いたくなくても彼は週に2回、必ず私の部屋に訪れるわけで、なんだかもう勉強どころではなくて。折角伸び始めた成績も、すっかり立ち往生し始めてしまった。焦らずにゆっくり解けば大丈夫だから、って、そういう問題じゃないのだ。私はこの大事な時期に、勉強以外のことに心を奪われている。
自分の気持ちに気付いてから、私は先生と同じ大学を受験しようと決めていた。不純な動機だ。けれども今まで全く目標がなかった私にとっては大きな進歩だと思う。だから頑張らなきゃ、って思っていた矢先に、彼に彼女がいることを知ってしまった。こんなことになるならきかなければ良かった。そう思ったところでもう遅い。そしてこの気持ちを抱えたまま受験に臨むなんて、不器用で馬鹿な私にはできなかった。


「私ね、先生のこと好きなの」
「それはありがとう」
「はぐらかさないで。私、本気だよ」
「…俺がキミの彼氏になれば勉強にやる気が出るの?」
「え、」
「もしそうなら、良いよ。彼氏になっても」
「でも先生、彼女いるんじゃ…」
「うん、いるよ。だから、2人きりのときだけ。みんなには内緒で」


普通に考えてみれば最低な提案だと思った。彼女がいるくせに、誰にも内緒で生徒である私の「彼氏役」をする、なんて。けれども私は馬鹿だから、その提案にのってしまった。2人きりの時だけでもいい。それがたとえ、誰にも言えない関係だとしても、週に2回、数時間だけの契約だったとしても、私のことを名前で呼んで、ちょっぴり優しくしてくれたらそれだけで十分。そう思えるぐらい、彼にのめり込んでしまっていたのだ。
それからの勉強タイムは、本当に幸せだった。彼は忠実に私の「彼氏役」をしてくれた。私が「先生」ではなく「亮介さん」と呼び始めても怒らずに、なあに?と微笑んでくれたし、それまでよりも至近距離で勉強を教えてくれるようになった。キスしたいという我儘にも、問題が解けた後にご褒美で、という条件付きで応えてくれた。彼女さんに対する罪悪感や後ろめたさがなかったと言えば嘘になる。けれども、私は週2回の数時間をたっぷり使って、彼に愛されることを望み続けた。だってこの関係は、受験が終わったらそこで終了。誰にも知られないうちに終わる、期限付きの恋愛ごっこなのだ。それならば、短い間でも幸せを噛み締めたいじゃないか。
きちんと私に向き合ってくれた人は、彼が初めてだったのだ。友達は上辺だけの付き合いだったし、親にさえ興味を持ってもらえない。そんな私に、彼は言ったのだ。俺は最後まで味方だから一緒に頑張ろうね、って。そんなことを言っても、私が不真面目で出来の悪い生徒だったら放り出すんだろうって、ちゃんと勉強しないと成績上がらないぞって、親や教師と同じことを言い出すんだろうなって思っていた。
けれども彼はそうしなかった。文字通り、ちゃんと一緒に同じ方向を目指してくれた。それが家庭教師としての務めだからなのかもしれない。彼氏役を引き受けてくれたのだって、私の成績が上がらないと自分が困るから仕方なく付き合ってくれているだけなのだと思う。それでも私は、彼に惹かれた。こんな高校生の戯言に付き合って優しくしてくれる彼を、もっともっと好きになった。けれども終わりは訪れる。


「合格おめでとう」
「…ありがとう」
「あんまり嬉しそうじゃないね。折角俺と同じ大学に合格したのに」
「だって、」
「ご両親も喜んでたよ。俺は今日で家庭教師の契約終了だって」
「やだ」
「そんなこと言われても、元々そういう約束で始めたわけだから」
「やだ、亮介さん、私、」


大学に合格したってちっとも嬉しくなかった。たとえ同じ大学に通えるとしても、彼はもう私の「彼氏」ではない。構内で会った時にも、彼の隣には本物の彼女がいる。そんなところ見たくない。受験が終わるまでの契約も、今日で終了。分かっていたこと。こうなることを覚悟して望んだ関係だった。けれど。
部屋を出て行こうとする彼にみっともなく縋り付く。やだ、行かないで、終わりにしないで。泣きじゃくる私の頭を、彼は軽くポンポンと撫でた。キミは馬鹿だね、って優しい声音で囁きながら。


「最初から俺、彼女なんていないよ」
「…へ?」
「さすがに二股はね。いくら秘密だとしても抵抗あるし」
「じゃあなんで、普通に付き合ってくれなかったの…?」
「一応、先生と生徒だからそこの線引きはしておきたかったし…本当に付き合うことになったらキミは秘密を守れそうなタイプじゃなかったからね」
「それは…そう、かも、だけど…」
「もし付き合ってるのがバレたら俺はキミの先生を続けられない。それは嫌だったから」


ところで今日で先生は終わったんだけどどうする?って。彼は笑った。どうする?って、そんなの決まってる。
亮介さん、私の彼氏になってください。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、必死の告白。それに対して、やっとデートできるね、と言ってくれた彼に思いっきり飛びついた私を受け止める力は、思っていたよりも強かった。