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かみさまだけが知っている


彼は常に傲慢で、自信満々で、挫折なんて言葉を知らなくて、他人のことを見下して生きている人間なのだと思っていた。だから、どれだけ野球部ですごい結果を残していると聞かされようとも、どうしても素直に応援することはできなくて。ただのクラスメイトの1人でしかない私に応援されなかったところで彼には何の支障もないだろうけれど、甲子園に行こうがプロ野球選手になろうが、私はこの先ずっと彼のことを応援しないと決めていた。
けれど、私はある時知ってしまった。彼が色んな重圧を背負ってあのマウンドに立っていることを。大きな壁にぶち当たって挫けそうになっても負けずに這い上がってきたことを。自信たっぷりなあの態度は、それに見合うだけの努力を積み重ねてきたからだということを。私は、知ってしまったのだ。
人間とは不思議なもので、そういう泥臭い部分があることを知ると途端にその人が素晴らしい存在に見えてくる。ああ、すごいね。頑張ってるんだね。そんな安っぽい賞賛の言葉を贈りたくなってしまう。尊敬、してしまう。そして私もその例に違わず、それまでの感情が嘘であるかのように、彼のことを応援していた。そして、気になっていた。なんと身勝手な女だろうか。
そんな状態になってから彼を目撃したのは、近所の神社だった。初詣にしては遅めの1月5日、昼前。と言っても、初詣は家族とともに元日の朝に済ませているので、私の目的は別にあるのだけれど。


「成宮君」
「うわ!」
「明けましておめでとう」
「…おめでとう…あー…びっくりしたー…」


格好からして、トレーニングでもしている最中だったのだろうか。彼は私の存在に気付いていなかったらしく、声をかけたら大袈裟に驚かれてしまった。顔を見て、アンタ誰?という表情をされなかったところを見ると、私がクラスメイトの1人だということは覚えてくれているようで、それにはホッと胸を撫でおろす。
急に声かけちゃってごめんね、と謝れば、別に良いけど、という素っ気ない一言が返ってきた。まあそれぐらいしか返せないよな、と思うので腹を立てたりはしない。


「こんなところで何してたの?」
「階段ダッシュ」
「この石段を?」
「そう」
「すごく…疲れそうだね…」
「こんなので疲れてたらプロでやってけないから」


長い長い階段を見遣りながら私が述べた感想に対する彼の言葉には、一切迷いがなかった。そりゃあそうだ。彼は来年からプロ野球の球団に入ることが決まっている。世間を騒がせている高校球界きってのエースなのだから、プロ入りすることは誰もが予想していたこと。彼自身も、そういう未来しか考えていなかっただろう。
けれどもプロ入りが決まったからと言って、野球選手として活躍できるとは限らない。二軍や三軍なんかで燻ったまま表舞台に立てない人も多い厳しい世界だときいたことがある。だからこそ彼は、新年早々こんなところで自主トレに励んでいるのだろう。これから先も輝き続けるために。そういうストイックさは、どんなに陳腐な表現方法だとしても、やっぱり素直に凄いなあと思った。


「名字サンは?」
「へ?」
「こんなとこに何しに来たの?初詣?」
「ううん、違うよ。御守りを買いに来たの」
「御守り?」
「合格祈願の…」


そこまで言って漸く彼は気付いたようで、センター試験今月だっけ?と尋ねてきた。それに対して頷く私。そう、私達は高校3年生。彼はプロ野球選手になる進路が決まっているけれど、多くの同級生達はまだ進路が決まっていない。私もその内の1人だ。
今月下旬に行われるセンター試験。それで志望大学に行けるかどうかが決定する。だから私は今日、初詣の時に買いそびれてしまった合格祈願の御守りを買いにやって来た。そんなことをしている時間があるなら少しでも勉強しろという話なのだけれど、こういうのはもう迷信でも何でも良いから、神様というものにも頼っておこうと思ったのだ。
彼は自分に全く関係がないからなのか、そもそも興味がないからなのか、ふーん、と適当な相槌をうつ。良くも悪くも裏表のない性格だからとても分かりやすい。随分と前の私なら、なんだその態度は、と勝手に腹を立てていたかもしれないけれど、今はそんなこともなく彼らしいなと思えてしまうから不思議だ。というか、以前までの私だったら彼に声すらかけていなかっただろうけれど。
会話が途切れてしまって、私と彼の間に微妙な沈黙が流れた。声をかけたのは私の方だから、じゃあね、と切り出すのも私からが良いだろう。本当はもう少しお喋りしてみたいような気もするけれど、話題がないのだから仕方がない。それに、彼は今トレーニング中。私との無益な会話でこれ以上邪魔するわけにはいかないだろう。


「じゃあまた年明けに学校で…」
「ちょっと待って」
「え」


立ち去ろうとした私を止めたのは彼。予想外の展開に、私は一歩を踏み出したところでマヌケ面のまま固まる。彼は私が動きを止めたのを見て、そのまま待ってて、とだけ言うと、なぜか走ってどこかへ行ってしまった。
はて。これは一体どういうことだろうか。状況が理解できないまま、けれども待っててと言われたからには動くこともできず、私は寒空の下1人でポツンと立っていた。
それから数分後。彼は帰ってきた。そして私に近付いてくるなり、はい、と。小さな紙袋を渡してくる。神社の名前が印刷された紙袋。ということは、もしかして。私は彼からそれを受け取って中身を確認した。やっぱり。中に入っていたのは予想通り御守り。合格祈願の、赤い御守りだ。


「それあげる」
「えっ、なんで?」
「買いに来たんでしょ?」
「そうだけど…どうして成宮君が買ってくれるの…?」
「別に。気が向いたから」


そんな、気が向いたからという理由だけでたまたま遭遇したクラスメイトに御守りを買ってくれるなんて、こういう言い方をしたら失礼だとは思うけれど、彼はそんな親切なキャラじゃないと思う。じゃあどうして?
嬉しい反面、彼の意図が汲み取れないことで素直に好意を受け取り切れない私の顔はとても微妙な表情だったのだろう。彼は不機嫌そうに、何?嬉しくないわけ?などと突っかかってきた。


「そもそも俺今日誕生日だから、本来ならそっちが何かくれなきゃいけないんだけど」
「そうなの!?じゃあ余計おかしなことになってるよね…ごめん、お金返す…誕生日プレゼントは…えっと…年明けてからでもいいかな…?」
「いらない。お金もプレゼントも」


驚愕の事実を知らされて慌てて財布を取り出す私に、彼は依然として不機嫌そうなままで私の提案を切り捨てる。これは困った。どうしよう。彼の考えがさっぱり分からない。
100歩譲って御守りは好意に甘えて受け取ることにするとしても、せめて誕生日プレゼントぐらいは用意させてもらいたいところだ。けれど、彼はそれを良しとしていないようだし、不機嫌そうなままだし、私は一体どうしたら良いのだろうか。


「俺が御守りあげたからには合格しないと許さないから」
「えぇ…そんな…プレッシャーがすごい…」
「合格してから御礼ちょうだい。誕生日プレゼントも一緒に」
「さっきいらないって言ってなかったっけ?」
「今は!いらないって意味!」
「ああ…そうなんだ…」


これは彼なりに私の受験を応援してくれているということで良いのだろうか。だとしたら非常に分かり辛いし合格しなかった時のことを考えると恐ろしいけれど、これはこれで彼らしくて、嬉しいなあと思った。私のポジティブな勘違いだと言うのなら、それはそれで良い。大切なのは彼が私のために行動を起こしてくれたということなのだ。
勢いに気圧されていてリアクションに困っていた私だったけれど、こうして落ち着いて頭の中を整理してみると漸く表情が緩んだ。しかしそれと同時に気になることが。もしここで出会ったのが私じゃなくて他の誰かだったら、彼はどうしただろうか。私にしてくれたのと同じことを、その人にもするのだろうか。ききたいようなききたくないような、とても複雑な心境だ。でもまあ今日のところは、このじんわりとした嬉しさだけで胸をいっぱいにさせて受験勉強に臨んだ方が良いような気がする。


「成宮君ありがとう。私、頑張るね」
「うん」
「それから、誕生日おめでとう」
「ああ、うん」
「受験が終わって合格したら、ゆっくりお祝いさせて」
「その約束、忘れるなよ」
「プレゼント何が良いか考えておいてね」
「…それはもう決まってるんだけど」


どうやら彼の中で欲しいものは決まっているらしいので、この御守りと受験に向けたやる気をいただいた分、きっちりお返しできるように頑張らなければ。それじゃあまた、と言って石段を駆け下りて行く彼の背中を少しの間ぼんやり見送る。寒さのせいだろうか、彼の耳はほんのり赤く色付いていた。