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ファースト×××


ずーっと、それこそ冗談抜きでずーっと、彼を想い続けてきた。近所に住んでいた2歳年上の彼。物心ついた時には彼がいたから、まるで兄妹みたいに育ってきたという経緯はある。けれど、私が彼を兄のようだと思ったことはなかった。どれだけ小さな子どもの頃でも、私は彼を異性として慕っていたから。
初恋は勿論、彼。そして高校生になった今も、その初恋は続いている。長い長い片想い。初恋は実らないとか、そんな迷信はどうでも良い。私は彼が、一也君が好き。ただそれだけ。だからわざわざ自宅から遠い青道高校に進学したのだ。少しでも彼の傍にいたくて。もはやストーカーと言われても否定はできないレベルのような気もするけれど、それだけ本気なんだと思ってほしい。


「一也君!」
「お前…なんでここに…」
「今週はテスト期間中だから部活お休みだよね?」
「はあ?」


とても怪訝そうな顔はされたけれど、一也君に会うことができた私はホッと胸を撫でおろす。SHRが終わった瞬間に教室を飛び出して、猛ダッシュで一也君のクラスに行った甲斐があった。実は先輩達ばかりの階に行くのは少し緊張したし何か言われるかもしれないという不安があったけれど、躊躇っている間に一也君が帰ってしまうことの方が私にとっては大問題だ。
野球に打ち込む一也君は、放課後も週末の休みも常に練習に明け暮れている。だから、話すことは愚か、こうして会うことだって容易ではない。学年が違えば尚更。というわけで、唯一部活が休みとなるテスト期間中を狙って一也君のもとを訪れたのだ。


「一緒に勉強しよ!」
「なんで3年の俺が1年のお前と勉強しなきゃいけねぇんだよ…」
「分かんないところ教えてほしいの!」
「そんなの友達とやれって」
「私は一也君と一緒にしたいの!お願い!」


周りの先輩達の視線なんて気にすることなく、私は必死に一也君を見つめながらお願いし続ける。すると、好奇の目に晒されていることに耐えられなくなったからか、分かったから…と、諦めたように呟いた。


◇ ◇ ◇



青道高校近くの図書館には個室の自習スペースが幾つかある。テスト期間中は青道高校の生徒達がよく使用していて埋まっていることが多いのだけれど、今日は運良く図書館の奥にポツンとある一室が空いていた。なかば引き摺るようにして一也君を連れて来た私は、早速机に勉強道具を用意し始める。一也君は足を組んでイスに座ったまま、勉強道具を出す様子はない。


「マジで勉強すんの?」
「当たり前じゃん」
「お前、友達いねーの?」
「ちゃんといます!」
「じゃあなんでわざわざ俺と勉強なんか…」
「そんなの、ずっと前から言ってるでしょ」


好きだからだよ。


その言葉は、何度一也君に言ったか分からない。そして返ってくる言葉は、いつも同じ。


「はいはい、どーも」


子どもを宥めるみたいな口調でそれだけ言って、それで、終わり。視線だって合わせてくれない。そう、一也君はいつだって私を女として見てくれていなかった。きっと妹ポジションなのだろう。だからこうして適当にかわされてばかりなんだってことは分かっている。
いつもならここで、そうやっていつも子ども扱いしないでよ〜!って、ヘラヘラ笑いながら一也君にじゃれつくところだけれど、今日はそんなことはしなかった。代わりに、一也君の目の前まで行って真面目な表情で一也君を見つめてやる。


「私、ずっと本気だよ」
「おい、ちょっと、」
「一也君のこと、本気で好きなの」


戸惑う一也君をよそに、私は座っている一也君の上に跨るようにして座り首に手を回した。一也君の顔には、何やってんだお前、って書いてある。自分でもそう思う。でも、こうでもしないと本気だって信じてもらえないでしょう?


「私だっていつまでも子どもじゃない。もう高校生だよ」
「…だから?」
「妹扱いしないで。ちゃんと女として見てよ」


目を見開いて驚いた様子の一也君の唇に、自分のそれをぶつける。ずっと一也君一筋だった私はキスなんて勿論初めてで、ファーストキスがこれで良いのか?と頭を抱えたくなるレベルの重ね方しかできなかった。本当に、唇と唇をぶつけただけ。色気なんてひとつもない。けれどこれが、今私にできる最大級のことだった。
一也君は、もっと驚くのかと思いきや、あまりに予想外な行動にフリーズ気味なのか、私をマジマジと見つめたまま動かない。もしかしなくても引かれた?ドン引き?こんなことして怒ってる?と、焦りを抱き始めた次の瞬間。
するりと太腿をひと撫でされて大袈裟にビクついた。なんと信じられないことに、一也君の手がスカートの中に潜り込んで太腿を弄っているのだ。私は反射的に太腿に落としていた視線を一也君に向ける。するとどうだろう。一也君は今まで見たこともないような笑みを浮かべているではないか。まるで獲物を捕らえた肉食獣みたいに。


「下手くそ」
「え、」
「キス」
「そんなの、初めてなんだから仕方ないじゃん…!」
「初めてでももう少しマシなやり方あるだろ…こんな風に」
「っ…、」


大好きな顔が目の前に近付いてきて、まさか、と身構えるより先に唇が重ねられた。先ほどの私とは全然違う。ぶつける感じではなくて、柔らかくゆっくりと唇の感触を確かめるみたいなキス。離れた直後にペロリと私の唇を舐めたりして、一也君はキスが上手なんだなあと漠然と思った。
一也君に彼女ができたというのは聞いたことがない。けれど、私が知らないところで彼女を作っていてそういう経験を既に済ませていても何らおかしくはないのだということに、今更気付いてしまった。そうか。一也君はもう誰かとこういうことをしたことがあるのかもしれない。だから上手なんだ。


「何落ち込んでんだよ」
「落ち込んでなんかないもん」
「こういうことされたかったんじゃねーの?」
「そういうわけじゃ…」
「自分から誘ってきたくせに?」


するすると内腿を撫でる手にぞくりとする。確かに一也君の言う通り、こんな格好で迫ったのは私だけれど、それは私がどれだけ本気で一也君のことを想っているか分かってほしかったからであって、そういう行為自体を求めているわけではない。それをどう説明したら伝わるか、考えている最中に聞こえた溜息。
一也君は呆れているのか、そうでなければ軽蔑しているのか、はたまたそのどちらでもないのか。眼鏡の奥の瞳がどこを見つめているのかも私には分からない。


「こんなことして…人の気も知らねぇで…」
「私はただ本当に一也君のことが好きって気持ちを伝えたくて…!」
「そんなの、知ってる」
「え…?」
「お前の初恋が俺ってことも、俺を追いかけて青道高校に進学してきたってことも、俺のこと本気で好きだってことも、全部」
「でも一也君、ずっとはぐらかしてばっかりで相手にしてくれなかったじゃん…」
「あのな…俺のことずっと見てきたなら、俺が意外と不器用だってこと知ってんじゃねーの?」


不器用、という表現が合っているのかは分からないけれど、一也君が常に野球のことを優先してきたことは知っている。勉強だって馬鹿ってわけじゃないけれど、それは赤点を取ったら野球に差し支えるから頑張っているだけであって、やりたくてやっているわけじゃないと言っていた。つまり一也君の頭の中を占めているのは野球のことばかりで、それ以外のことは基本的に疎かになりがちだったりするのだ。
ん?でも、だから何?それと私への対応とどう関係があるっていうの?


「野球のことで頭がいっぱいなうちは恋愛なんかしてる暇ないんだって」
「それは…そうかもしれないけど…」
「ほんと、せっかちだな。色々ちゃんと考えてたのに…名前のせいで台無し」
「かずや、くん…?」
「だから責任取って」


責任を取るってどうやって、ていうかなんで、って尋ねる暇は与えられなくて、またもや唐突に塞がれた口。私は咄嗟に目を瞑る。さっきと違うのは、腰と後頭部に一也君の手が回されているということ。まるで、逃がさない、とでも言われているかのようだ。
唇が離れてから恐る恐る目を開ければ、至近距離で見つめ合う形になってしまい慌てて逸らした。その様子を見てくつくつと笑う一也君は、昔から変わらず性格が悪い。


「照れてんの?」
「当たり前でしょ…!どういうつもりでこんなことしてるの?」
「はあ?名前と同じ気持ちだからしてるに決まってんだろ」
「え?は?待って、」
「ついでに言っとくけど、さっきのファーストキスだから」
「うそ!」
「まさか奪うつもりが奪われるとはな」


ニヤつく一也君に言い返す言葉は見つからない。
高校での野球が落ち着いたら気持ちを伝えるつもりだったのに、とか、そんなの知らないよ。ずっと一方通行だと思ってたんだもん。相手にされてないと思ってたから必死だったんだもん。それなのにこんなの、意味分かんない。
嬉しいはずなのに事実を受け止めきれなくてオロオロしている私に、一也君は笑みを深めて尋ねてくるのだ。


「で?勉強、どうする?…この状態で」


一也君の上に跨ったままの私は依然として腰をホールドされていて動けない。さすがにハジメテをここではしねぇけど、と言った後、また言われた。責任取って、って。そんなの、こっちのセリフだ。こんなに好きにさせた責任、取ってよね。