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御幸と秘密の恋愛


パラパラと捲った少女漫画の内容を、私は鼻で笑った。高校生の甘酸っぱいドキドキハラハラする恋愛ストーリー。なんとも羨ましいではないか。同じ高校生なのに、私とは雲泥の差。いや、まあ私だってきちんと恋人がいて恋愛はしているのだけれど。今読んでいる漫画のような甘い関係には程遠かった。
頬杖をついて前の席に座る人物の背中を眺めるのはもはや日課。こっち向かないかな、とドキドキそわそわしていたのは、この席になってから1週間程度のことだった。その人物が振り返るのは、精々授業中にプリントを回してくる時ぐらいだということを思い知ったからだ。しかもその時ですら、ほぼ顔は見えないぐらい一瞬だけ。
言っておくけれど、私は普通のクラスメイトに対してこんな風に不満を抱くほど欲求不満でもなければ理不尽なやつでもない。その人物が、前の席に座っている彼が、私の彼氏だからこんなことを思っているのだ。
一也は野球部のキャプテンで、告白されても彼女をつくらないということで有名だった。今は野球に専念したいから。それがお決まりのセリフらしい、ということを知っていたにもかかわらず告白したのは、勝手ながら自分がスッキリしたかったからだ。


「私、御幸君のことが好きなんだ」
「…へぇ」
「分かってる。野球に専念したいんだよね。気持ち伝えたかっただけだから…」
「俺、まだ何も言ってねぇんだけど」
「きかなくても分かってるから」
「ほんとに?」


そう詰め寄られた時の私は、さぞかしマヌケ面だったことだろう。その後、付き合っても良いって言ったらどうすんの?とニヤつかれた時、更にひどいアホ面を晒してしまったという自覚もある。
御幸君の方からは好きだと言われなかったし、ただの気紛れかもしれない。けれども、告白を断られなかったのは自分だけだという優越感から、じゃあ付き合ってよ、などと、我ながら強気な発言をした私に、御幸君はただ豪快に笑うだけだった。
そうして付き合い始めることになった私達だけれど、それには条件があった。その条件というのが、付き合っていることを公言しない、ということ。
今までの告白を、野球に専念したいから、という理由で断っている手前、私と付き合い始めたことが広まってしまうと面倒なことになりそうだから、という理由らしい。確かに、今までフラれてきた子にしてみれば、話が違うじゃないか、ということになってしまうだろうから、私はその条件をすんなり受け入れた。
別に誰に知られていなくたっていい。私と御幸君だけの秘密なんて、それはそれで素敵な響きじゃないか。そう思えたのは最初だけ。付き合っていることを知られないようにするためには、今まで以上に距離を詰めることも、必要以上に話しかけることもできない。勿論、席が前後になっても御幸君は私に特別話しかけてきたりしない。連絡先は交換したけれど、おはようとおやすみぐらいのやり取りだけ。果たしてこれは付き合っていると言えるのか、甚だ疑問だ。


「はぁ…」
「どうしたの?溜息なんか吐いちゃって」
「んー…なんか上手くいかないなって思って」
「何それ。好きな人でもできたの?」
「あー、うーん…」


友達に相談することもできないので、私は曖昧な返事をしてその場を切り抜けた。なんか、付き合うって難しいなあ。御幸君の広い背中は、この休憩時間中も私の方を振り返ることなく授業開始のチャイムが鳴り響いた。
午前中最後の授業はお腹がすいているせいでちっとも集中できない。まあそんなに真面目な方じゃないから、元々集中力なんてそれほどないのだけれど。


「じゃあ今から宿題のプリント配るからな〜」


高校3年生というと受験生。最近は宿題の量がじわじわと増えてきた気がする。憂鬱な気持ちでプリントが回ってくるのを待っていると、前の席の御幸君が珍しくこちらを向いてプリントを渡してきた。
久し振りにまともにぶつかり合った視線と、そっと触れられた手。驚きのあまりプリントを落としてしまったけれど、これは全て御幸君のせいだ。たったこれだけのことで動揺するぐらい、私は御幸君への耐性がないということが証明されてしまった。
プリントを拾う私に、何やってんだよ、と零しながらも拾うのを手伝ってくれた御幸君。ありがとう、とお礼を言おうとして上げた顔は、再び御幸君を捉えて口ごもってしまう。だって、そんな風に笑うところなんてほとんど見たことないもん。


「これぐらいのことでそんな反応されたらバレちまうんだけど?」
「な…、」
「頼むよ、カノジョさん」


私にしか聞こえないぐらいの小さな声。プリントを渡すフリをして撫でられた手。御幸君は何事もなかったかのように自分の席に座って、私も慌ててそれに倣った。後ろの人にさっさとプリントを回して、不自然なぐらい真っ直ぐに前を向く。
どうしよう、顔、熱い。もう授業も空腹もどうだっていい。私の頭の中では、御幸君の笑顔と先ほどのセリフがぐるぐる回っているだけで、あっという間に授業の時間は終わってしまった。


「なんかあったの?」
「え?へ?私?」
「うん。授業の後から様子おかしい気がして」
「そんなことないよ!」
「そう?」
「うん!」


隣の席の男子に心配されるほど私は挙動不審だったのだろうか。昼休憩に入ってもぼーっとしていたのがいけなかったのかもしれない。なんとか取り繕ってはみたものの、その男子はまだ首を傾げている。


「いつも昼休憩になったら真っ先にお弁当の準備始めるのに、今日はそうしないんだね」
「ああ、うん、朝ご飯食べすぎちゃったのかな」
「そういえばさっきの授業中…、」


意外にもぐいぐい詰め寄ってくる男子が、まだ何か言っている最中だった。前の席から名字を呼ばれたので、会話が途切れる。


「さっき担任が呼んでたけど」
「え?そうなの?」
「さっさと行ってきたら?」
「…うん」


何か呼び出されるようなことしたっけ?と思いながらも、この状況から逃れることができたことに安堵する。随分とタイミングよく呼び出してくれたものだと教室を出て職員室に向かっていると、後ろからまた私の名字を呼ぶ声。
なんとも珍しいことに、というか、恐らく初めて、廊下で御幸君に呼び止められた。今日は一体どうしたというのだろうか。


「こっち」
「でも私、職員室…」
「あんなの嘘に決まってんだろ」
「え!そうなの?」
「良いから早く」


なんとなく苛立った様子で急かされ、なんとなく付いて行くしかないと御幸君の後を追えば、昼休憩はシンと静まり返った野球部のグラウンド近くまで来ていた。野球部の人が練習に来たりしないのかな。2人きりでいても大丈夫?
辺りをキョロキョロと見回して落ち着かない私に、御幸君がまた私の名字を読んだ。本日3回目。普段は滅多に呼ばれないのに、本当に今日は何事か。


「俺への当てつけ?」
「何が?」
「…いや、やっぱいい…あー…もう…」
「御幸君?」
「たまにはここで飯食う?」
「え?…2人で?」
「当たり前だろ」
「いいの?誰かに見られたら…」
「そん時はそん時。ここは滅多に人来ねぇし」
「御幸君が良いなら…」


嘘みたいに嬉しいお誘いにふわふわしてしまう。既にだらしなく緩んでいるであろう頬を更に緩ませようとでも思っているのか。御幸君は続けて言うのだ。


「言っとくけど、俺は好きじゃないやつと付き合ったりできるほど暇じゃないし器用じゃないからな」
「それって…」
「もう少し自信もってくんないと困るんだけど、って意味」


俺のカノジョなんだろ?ってニヤリと笑う表情に、私はまた恋をした。なんだ、私も少女漫画に負けないぐらい甘酸っぱい恋愛できてるじゃん。