×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

それはアルビレオだったの


※社会人設定


ちょっと怖いかも。たぶんそれが第一印象。つまり、第一印象は決して良くなかった。愛想が悪いわけではないけれど上辺だけというか、何を考えているのか分からない。だから怖い、と。仕事でミスをしても怒鳴られたりするわけじゃない。ただ淡々と指摘されて終わり。それがまた逆に怖かったりもして。
そんな彼が、入社3年目になってどうしてただの上司から彼氏になったのか。私にもよく分からない。いや、分かるけど。そんなの、ステキなところをいっぱい見つけてしまったからなんだけど。どうして彼が私を選んでくれたのかは分からなかった。
私のどこを好きになったんですか?などと尋ねられるほど、自分に自信はない。そっちが好きだって言ってきたから仕方なく、なんて答えられたらショックから立ち直れない気がする。


「考え事?」
「え?」
「俺といる時に考え事なんて、随分余裕なんだね?」
「いや、そういうわけじゃ…!」
「まあ別に良いけど」


仕事終わりに食事に行かないかと誘われて注文した料理が運ばれてくるのを待つ間、ぼーっと今までのことを振り返っていたせいで妙な誤解をされてしまった。彼を前にすると弁明することすら許されない。
彼のことは好きだ。けれど、上司ということもありまだどこか恐れている部分もあって、なかなか本音を吐き出すことはできていない。別に良いけど。この一言を言われると、いつも口を噤んでしまうのだ。これ以上は何も言うな、と言われているような気がするから。
やっとのことで運ばれてきたハンバーグ定食。そんなに気取った店ではなく、町の洋食屋さんといった雰囲気の店内は、夜ご飯時ということでそこそこ賑わっている。彼の元にもカレーライスが運ばれてきたところで、2人揃って黙々と食事に徹する姿は、恋人同士には見えないだろう。


「それ、美味しい?」
「え?私の、ですか?」
「他に誰がいるの?」
「…ごめんなさい、」
「別に良いけど」


ああ、またやってしまった。緊張しすぎて上手に会話ができない。美味しいですよ、って。ただそれだけ答えれば良かったのに。
再び沈黙が訪れて、静かな食事風景へと逆戻り。その空気は崩れることなく続き、お互いに料理を全て平らげたところで、じゃあ行こうか、と席を立つ彼に私が慌てて付いて行くことで終わりを迎えた。
何も言わずにスマートにお会計を済ませてくれた彼にお礼を言いつつお店を出れば、これもまたスマートに、家どっちだっけ?と送る様子を醸し出される。なんというか、慣れてるなあ、なんて。


「私、1人で帰れます」
「……俺と一緒にいるの、そんなに嫌?」
「な、そんなことは…!」
「俺達、付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「そうです…」
「じゃあなんでずっと、こっち見ないの?」


そんなの、益々緊張してしまうからに決まっている。だから、隣を歩く彼からの視線は感じているけれど、そちらを向く勇気はない。


「俺のこと怖い?」
「そういうわけじゃないんですけど…」
「けど?」
「……小湊さんと話すの、緊張しちゃって…」
「彼氏なのに?」
「ごめんなさい…」
「あのさ」


彼が足を止めて、私も反射的に立ち止まった。声のトーンに変わりはないけれど、なんとなくイライラされていることは感じ取れる。何を言われるのかとビクビクしながら俯いたまま待つこと数秒。聞こえてきたのは大きな溜息。
きっとウジウジして面倒な奴だと思われて嫌われてしまったのだ。こんな奴とは付き合えないって愛想を尽かされてしまったに違いない。次に言われるのは、やっぱり付き合うのは無理、とか、そういうことだろうな。
ネガティブな考えがぐるぐると私の頭の中を駆け巡っている中、彼からは何も告げられぬままさらに数秒が経過。あれ?何も言われない?呆れて物も言えない、という状況に陥っているのだろうか。待てど暮らせど、彼からの言葉は降ってこない。
なんだか怖くなって、今日初めて、彼の顔を覗き見た。すると、待ってましたとばかりに視線がぶつかる。と同時に、突然心臓が忙しなく暴れ始めた。だから、見ないようにしてたのに。


「やっとこっち向いた」
「ごめ、」
「謝るの禁止」
「……」
「俺、謝られるようなことされてないし」
「ご…、そう、ですか…?」
「ていうか確認しても良い?」
「はい」
「俺のこと、本当に好きなの?」


それは純粋な疑問のようだった。足を止めたのが人通りの少ない路地裏で良かった。薄暗い街灯で辛うじてお互いの表情は認識できるものの、この状況を赤の他人にじろじろ見られるということはなさそうで胸を撫で下ろす。
本当に好きなの?という質問の答えは勿論、そうです好きです、である。けれども、なぜか好きだと伝えることは躊躇われてしまった。私なんかが好きだなんて言うのはおこがましいんじゃないか。小湊さんの迷惑になっているんじゃないか。そんな考えが燻っているからだと思う。
口籠る私を、彼は責めない。けれど、逃してくれるわけでもない。すうっと吸い込んだ息は、きちんと肺に取り込まれたのだろうか。どれだけ深呼吸しても息苦しい。


「好き、です…」
「そっか」
「…はい…」
「良かった」
「え?」
「それなら別に良いんだけど」


待って。何が良いんだ。私はちっとも良くない。私は小湊さんが好きで、じゃあ小湊さんは?私、何も聞いてない。
咄嗟に、再び歩き出そうとしていた小湊さんのスーツを引っ張って引き留めていた。振り払おうと思えばすぐにでも振り払えたはずなのに、小湊さんは弱々しい私の制止に応じてくれる。そういうところが、優しいと思うんだ。いつだって小湊さんは、グズグズしている私を待っていてくれる。


「小湊さんは…?」
「ん?」
「小湊さんは、私のこと…、あの…」
「好きだよ。だから付き合ってる」


心臓が止まるかと思った。いや、むしろ、もしかしたらほんの一瞬止まったかもしれない。好きだって。私のこと、好きだって。ちゃんと言ってもらえた。それだけで私はキャパオーバーになるぐらい幸せだ。


「だから、もう少し彼女らしくしてよ」
「えっ、あの、小湊さ、」
「その小湊さんっていうのも気に入らない」
「ごめんなさ…、っ、」


不意に握られた手。それに動揺している隙に壁際に追い込まれる。彼は私と同じぐらいの背丈で、決して大きいわけではない。けれども、抵抗する間も無く、身構える余裕も無く、唇同士がぶつかって。


「謝るの禁止だって言ったよね?」
「…っ、だからって…」
「嫌だった?じゃあ逃げてよ。俺から」


嫌だなんて思っていない。ただ、現状を受け止めきれなくてフリーズしているだけで。ただでさえもう何がなんだか分かっていない私に追い打ちをかけるように、小湊さんは困ったように笑うのだから狡い。


「言っとくけど、俺だってそんなに余裕ないよ。名前に受け入れてもらえてる自信もない」
「小湊さん…」
「でも逃す気はないから」


そう言って離れていく彼を、また、引き留めた。これはもはや衝動だ。あとから何をしてしまったんだって思うかもしれない。けれど、今なら素直にぶつかることができるような気がしたのだ。


「私、逃げないので…りょ、亮介さん、も、私から逃げないで…くだ、さい…」
「……何それ。生意気」


ごめんなさい。その言葉を紡ぐ前に、私は再び音を奪われた。至近距離で見つめた彼の顔はなんだか満足そうで。私は恥ずかしさをかなぐり捨てて、その身体に抱き着いた。