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真田と友達以上恋人未満


※大学生設定


就活っていつから存在するんだろう。寒空の下、冷たい煉瓦造りの花壇に腰掛けて温かかったはずの缶コーヒーを両手で握り締めながら、私はそんなくだらないことを考えた。ぴゅうっと吹き付ける風はどこまでも冷たい。
ぬくぬくとしたカフェで優雅にコーヒーを啜りたいのは山々なのだけれど、生憎、私には時間がなかった。次の面接時間まであともう少し。少しでも余裕をもって出向かなければならないので、悠長にカフェで過ごすことなどできないのだ。
何の夢も持たず、適当に大学に進学してしまったツケが今まさに回ってきている。私のような大学生は腐るほどいるだろう。ああ、こんなことなら何かめぼしい資格でも取っておくんだった。そんなことを考えたところで後の祭りだ。


「はぁ…頑張ろ…」


時計を見て、すっかりぬるくなってしまった缶コーヒーを飲み干した私は、誰に言うでもなく呟いて。面接会場へと足を運ぶのだった。


◇ ◇ ◇



「もうぜんっぜんダメ…」
「今日ので何社目?」
「きかないで…ダメージ大きくなるから…」


面接を終えて見事に玉砕した私は、同じ大学に通う友達の俊平に愚痴をきいてもらっていた。場所は行きつけの居酒屋。小さいながらも全てが個室になっているそのお店は、隠れ家っぽくて気に入っている。
ビールジョッキを机にドンと置いて机に項垂れる私を、俊平は慰めるどころか笑うのだから失礼だ。いや、まあここで気を遣って励まされても辛いだけなんだけど。
こんなに手応えのない就活を続けていて、果たして私に明るい未来は待っているのだろうか。今のところ、お先真っ暗な予感しかしない。


「まあそんなに焦んなくて良いんじゃね?」
「もう冬だよ?焦んなきゃヤバいでしょ!」
「焦ったからどうにかなるってもんでもねぇだろ?」
「そうだけどさぁ…」


俊平の言うことは分かる。気持ちだけ先走っても、良いことはひとつもない。けれども、周りの友達が続々と就職先を決めていく中、まだひとつも内定をもらえていなければ焦るのは当然だ。俊平はなんだかんだで就職先が決まっているから呑気なことが言えるに違いない。しかも大手企業。俊平の未来は明るく輝いていることだろう。
タコわさをつまみながらビールをちびちびと流し込む。じとりと俊平を見つめていると、眉間に皺寄ってるぞ、とこめかみを指で突かれてしまった。地味に痛い。


「そんなに仕事してぇの?」
「仕事しないと生きていけないじゃん」
「そりゃそうか」
「何当たり前のこと言ってんの」


豪快にビールを飲み干した俊平は、次のビールとともに軟骨の唐揚げを注文した。さすが俊平。私の好みをよく分かっている。
テーブルの上に並ぶ食事の数々はほとんどが酒の肴で、仮にも女である私がいるとはとても思えないラインナップだ。これが合コンだったなら、確実に私は余り物になるだろう。けれど生憎、目の前に座っているのは俊平だけ。つまり、女らしさをアピールするために無理をする必要は全くないのだ。
俊平とは1年生の頃に出会ってからというもの、一緒にいるのがなんとなく楽だからという理由でつるんでいる時間が長かった。男女の友情なんて有り得ないという人もいるけれど、私は現に俊平と友情を築いている。


「どうやったら面接上手くいくと思う?」
「いつも通りの明るさでいきゃいーだけじゃね?」
「そうやってまた適当なこと言うんだからぁ…」


運ばれてきたばかりの軟骨の唐揚げを口に放り込みボリボリと貪る。俊平は私に対して大体が適当だ。まあこっちだってまともなアドバイスがもらえるなんて、最初から期待していなかったけれど。
それから暫く他愛ない話をして、ちょうどビールと料理がなくなった頃。明日も午後から面接があるのでそろそろ帰ろうかと2人して席を立った。愚痴をきいてもらったおかげで、なんだかんだで少しスッキリしたような気がする。持つべきものは友達だ。


「なぁ、明日も面接だったよな?」
「そうだよ。頑張ってくるわ」
「…手応えなしだったらその時は、」
「また愚痴きいてくれる?」
「もうきかない。お前の愚痴、聞き飽きたから」


寒空の下、やけに冷たい俊平の発言に思わず足が止まる。なんだ、急に。今の今まで愚痴をきいて、私を励ましてくれていたくせに。とうとう愛想を尽かされてしまったのか。
面接で何社ダメでも緩まなかった涙腺が、俊平に少し冷たくされただけで簡単に緩んでいく。今まで甘え過ぎていたとは思う。だから、こんな風に突き放されたって仕方ない。分かっている、けど、分からない。
そっか、ごめん。
きっと私の声は震えていた。車道を行き交う車のエンジン音で、もしかしたら届いてすらいないかもしれない。もはや、それでも良い。ただ、今この歪んだ顔を見られることだけは避けなければ。そう思って走り出そうとした私を引き止めたのは、他でもない俊平だった。


「なんで逃げんの」
「逃げてるわけじゃなくて、帰るだけ、」
「そんな顔して?なんで?」
「なんでって…、」
「なんか勘違いしてねぇ?」


逃げたくても腕を掴まれているせいで進めない。見られたくなかった顔も覗き込まれてしまって、本当にもう逃げ出したくてたまらない。大体、勘違いってなんだ。意味分かんないよ。


「正直、わりと前から思ってたんだけど」
「だからごめんってば」
「ちゃんときけよ」
「…何」
「もう就活やめれば?」


愚痴をきくのが嫌だからって、その言い草はあんまりじゃなかろうか。もしもどこにも就職できなかったら、私は生活ができないんだぞ。
今度は違う意味で涙目になっている私をよそに、俊平は場違いにもニヤリと笑う。何を考えているのか、私にはさっぱり分からない。


「仕事決まんなくていーじゃん」
「無責任なこと言わないでよ」
「じゃあ責任取るって言ったら良いわけ?」
「は?意味、分かんない…、」


抗議の意味を込めて睨みつけたところで、今まで見たこともないような真剣な顔付きをしている俊平と見つめ合う形になってしまい、言葉に行き詰まった。私、そんな俊平知らない。変に胸がドキドキしちゃうじゃん。やめてよ。
ただでさえドキドキしている私に、俊平は更なる追い討ちをかける。


「就職先決まんなかったら、俺が面倒見てやるよって言ってんの」
「何、言って、」
「ていうかさ、もう俺んとこ就職しちゃう?」


奥さんとして。


冗談だとしても酔った勢いだとしても心臓に悪すぎる。この男は一体何を言っているのだ。私が、そう?じゃあよろしく!なんて言うとでも思っているのだろうか。そもそも俊平は友達であって、それ以上でもそれ以下でもないというのに。奥さんって。…え?何?どういうこと?
パニック状態の私を見て、だよなあ。驚くよなあ。なんて呑気にぼやく俊平は、いまだに私の腕を掴んだままだ。


「前から好きだとか付き合ってとか言おうと思ってたんだけどタイミング逃しててさ。もうこの際だから全部すっ飛ばしちまうのも有りかなって思って。どう?」
「どうって…そんなの急に言われても…本気じゃないよね?」
「悪いけどだいぶ本気。酔ってもねぇよ」


今まで、特別な好意を抱かれていると感じたことは一度もない。私が鈍感すぎるだけなのか、俊平が上手に気持ちを隠し通してきたからなのか、それは分からないけれど。
俊平のことを恋愛対象として見たことはなかった。だから、そんなの無理!というのが普通の反応なのかもしれない。けれど、もしここで断って今の関係に亀裂が入ったら?もう俊平と軽口を言い合ったりすることはできないのだろうか。疎遠になってしまうのだろうか。そんなことを考えると、俊平という存在を失うことが怖すぎて何も答えられなかった。


「困らせてごめんな。でも、ここでフラれても簡単に諦めねぇからご心配なく」
「あ、あの、」
「ん?」
「今ちょっと、混乱してて、えっと、」
「だろうな。だから返事はいつでも良いわ。ここまできたらいくらでも待つし」


ニィッと笑った俊平に、きゅんと胸が締め付けられたのは、きっと気のせいじゃないと思う。これから私の未来がどう転がっていくか。それは、誰にも分からない。