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成宮と幼馴染


「なんで鳴がモテるのか分かんない」
「はぁ?何?嫉妬?」


隣の席の幼馴染をぼーっと眺めながらポロリと零れた独り言は、どうやら本人に聞こえていたらしい。眉間に皺を寄せて、あからさまに怪訝そうな顔をされた。そんな顔をされても、仕方がないじゃないか。そう思っちゃったんだもん。


「いや、純粋に。ここ最近で1番の謎」
「俺の魅力が分かんないとか可哀想なヤツだね!」
「見た目?そんなにカッコいい?」
「カッコよすぎて今すぐスカウトされるレベルなんだけど。目腐ってんの?」
「鳴は脳みそが腐ってるから私と同じようなもんだね」


確か今朝、鳴を見てヒソヒソ話していた女の子達は、カッコいい〜…とボヤいていた。いや、まあ顔面偏差値は悪くない方だと思うけれど、特別良いかと尋ねられると首を傾げる。昔から拝んできた顔だからだろうか。私は鳴を見て、カッコいい〜…と、胸をときめかせたことは1度もない。慣れとは怖いものである。
私の発言の数々にいちいちブーブーと文句を言ってくる鳴はいまだに何やらギャンギャンと喚いているが、私は聞こえないフリを貫いた。相手にし始めたらラチがあかない。元はと言えば私が本音を呟いてしまったのが原因なのだけれど、それは鳴の地獄耳が悪いということにしておこう。


「お前さぁ!いい加減試合観に来たら?惚れるよ?今更惚れられても困るけど」
「えぇ〜…野球興味ないしルール分かんないもん」
「良いから!来週絶対観に来いよ!」
「気が向いたらね…」


ものすごい勢いで野球観戦?応援?に誘われた、と言うより、ほぼ命令口調ではあったけれど、私は気のない返事をした。だって野球とか何が面白いのか分かんないし。球場まで行くこと自体が面倒臭い。


◇ ◇ ◇



「焼ける…」
「文句言わないの」
「無理矢理連れて来られたら文句言いたくもなるよ!」


朝一番でうちにやってきた友達は、第一声、おはよう、でも、急にごめんね、でもなく、応援行くよ!と、寝ぼけ眼の私の手を引きながら言ってのけた。学校が休みの日は基本的にお昼ご飯までだらだらして過ごす私は、勿論外に出かける準備などしていない。急かされるまま顔を洗って着替えを済ませ、手を引かれて連れて来られたのは球場。そこで漸く、私は、鳴に言われたことを思い出したのだった。
来るつもりなんて全くなかったのに。友達は一体どういうつもりなのか。鳴に引っ張って来いとでも言われたのだろうか。友達と鳴が話しているところなんて見たことはないのだけれど。


「野球、そんなに好きだったっけ?」
「…成宮君に頼まれたから」
「え?でも2人が話してるところなんて…」
「そんなことはいいから!ほら、試合始まっちゃうよ!」


わけが分からない。私は疑問を抱きながらも、友達に背を押されるまま、球場の中に足を踏み入れた。野球のルールなんて分からないし、私が見てもつまらないだろう。そう思っていた試合前。野球の知識がそれほどない私でも知っている唯一のポジションがピッチャーとキャッチャー。そういえば興味がなさ過ぎて聞き流していたけれど、鳴は稲実のエースだと言っていたような気がする。そうか、エースってことは凄いのか。そんなことに今更気付く。
鳴が三振を取るたびに自分のことのように嬉しくなって、フォアボールが出るとハラハラする。打ったら興奮し、打ち取られたら溜息を吐く。私は鳴の母親かってぐらい、鳴の一挙一動に心を右往左往させられていた。そして。9回裏。見事に完封を成し遂げた鳴に、自然と口から零れた呟きは。


「カッコいいじゃん」


さすがに認めざるを得なかった。割れんばかりの拍手に包まれていたせいで、隣に座っていた友達には聞こえなかったらしく、何か言った?と尋ねられたけれど、私は首を横に振る。聞こえていなくて良かった。今まで散々、なんでモテるのか分からない、とか、カッコいい?とか言ってきただけに、急に手の平を返すようなことを言うのは憚られたのだ。
今度から、あんなこと言うのは止めよう。心の中でそっと誓って、球場を後にしようと席を立った時だった。友達があろうことか、成宮君のところに行こうと、とんでもないことを言い始めた。そうだ、この子は鳴に頼まれて私をここに連れて来たんだった。突拍子がないことを言い始めても、それは全て鳴に言われて起こした行動に違いない。


「やだよ。帰る」
「えー?成宮君、喜ぶと思うけどなあ」
「月曜日になったらどうせ学校で会うんだし」
「そりゃあそうだけど」


友達は納得がいっていない様子だったが、引き摺ってまで鳴のところに会いにいくつもりはないらしく、結局、私達は鳴の元へは行かず帰路についたのだった。


◇ ◇ ◇



ピンポーン。間延びしたチャイムの音が響く家の中。そういえばお父さんとお母さんは買い物に行くと行って出かけてしまったから、私は留守番をしているんだった。自分の部屋でゴロゴロしながら漫画を読んでいた私は、一体誰だろうかと玄関に向かう。そして、何も考えずに、相手が誰かを確認することもなく扉を開けた。


「えっ」
「なんでそんな嫌そうな顔するわけ?」


開けて後悔した。そこに立っていたのは、数時間前までマウンドに立っていた成宮鳴だったから。今まで通りなら、何しに来たの?と突っぱねるところなのだけれど、今日の試合を観た後でそんな物言いができるほど、私は余裕がなかった。いつも通りって、どんな感じだったっけ?


「試合、観に来たよね?」
「……なんで私の友達に手を回してまで見せたかったの?」
「惚れた?」
「はあ?」
「カッコいいと思った?」
「何、馬鹿な事…」


こちらが先に質問しているのに答えることはなく、そればかりか、私に謎の質問をぶつけてくる鳴。認めたくはないけれど確かにカッコよかった。惚れたかどうかは分からないけれど、今までの認識を改める必要があるとは感じさせられた。でも、それを本人に言うのはなんとなく癪で。私は不自然にはぐらかすことしかできない。
鳴はただの幼馴染。喧嘩友達みたいな関係で、その証拠に今更惚れられても困ると言われた。いや、何度も言うように惚れたと断言することはできないけれど、少なくとも今までのように簡単に馬鹿にすることはできなくなってしまった。
玄関先でこんなことをしていたら親が帰ってくるかもしれない。親同士も仲が良いので気まずいということはないけれど、もし親がこの状況を見たら、せっかくなんだからうちで晩御飯食べていく?なんてことになりかねない。それだけは勘弁してほしい。今日はそんな精神状況ではないのだ。


「悔しいけどカッコいいとは思ったよ。野球、頑張ってるんだね」
「ま、まあ、それが分かればいいけど」
「今度からあんまり馬鹿にしないようにするよ」
「…惚れた、とは、言わないんだ」
「え?」
「別に、いいけど」


今度は自分の意思で観に来させてやる。それで、惚れたって言わせてやる。
なんだか少し悔しそうにそう吐き捨てた鳴は、私に背を向けて帰って行った。その後姿を、ポカンと口を開けて見送りながら、言葉の真意を探る。ねぇ、鳴。もしかして、もしかして、なんだけど。鳴は私に惚れてもらいたいと思ってるの?惚れられても困るって言葉は、ただの照れ隠し?こんな考え方は、私にとって都合が良すぎるかなあ。
ちゃんとカッコいいと思った。すごいなって、応援したいなって思った。もっと見たいなって思った。だから、今度は友達に引っ張って行かれなくても、ちゃんと私の意思で応援に行くね。
素直じゃない私達の関係が1歩前進するのはもう少し先のお話。