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心臓ハンターの計略


御幸一也という男は、とても不思議な人間だと思う。
高校に入学してからのこの2年、私は彼と同じクラスだ。誰にでもそこそこ愛想よく接するし、野球部でもキャッチャーとして活躍しているし、見た目も申し分ないし、きいたところによると趣味は料理だというし、まるで漫画の中から飛び出してきたんじゃないかってほど完璧な彼。モテるのは知っている。彼に告白した女の子がいるという噂も耳にした。けれど、誰かと付き合っているという話は一度も聞いたことがない。
それに彼は、愛想を振り撒いている割に交友関係が希薄なイメージがある。同じ野球部の倉持君とは仲が良いみたいだけれど、それ以外の人とは一緒にいるのを見たことがない。何度か話した感じだと、少し嫌味っぽいというか人の上げ足を取るのがうまいというか…そういうところを知るとあまり好かれる性格ではないのかもしれないけれど、それにしたって随分と偏っているなあと思う。
なぜ私がただのクラスメイトである御幸一也のことについてこんなにも考えているのかというと、今、机を挟んだ向こう側にその御幸一也がいて、私の顔をじっと見つめているからだった。日直という任務を課せられている私達は、貴重な放課後の時間を費やして日誌を書き込んでいるのである。
部活があるんだから行っていいよ、と言ったのに、彼は律儀にも私が書き終わるのを待ってくれているから急がなければならない。そう思っているのに、机に頬杖をついた彼があまりにもじっと見つめてくるものだから、私は全く集中できなかった。気にしないようにと意識すればするほど、眼鏡の奥の瞳が気になってしまうのだから嫌になる。私はとうとう耐えられなくなって、ペンを机の上に置いた。


「御幸君、部活行ってくれないかな」
「なんで?」
「そんなに見られてたら集中できないから」
「ふーん?気になるんだ?」


彼はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら問いかけてくる。そんな当たり前のことをきいてこないでほしい。そりゃあ誰だって、そんな整った顔に見つめられたら気になるに決まっている。
私が小さく頷くと、彼はまた笑みを深めた。どくり。その笑みに、心臓が跳ねる。


「なんで見てるんだと思う?」
「さあ…?なんかついてる?」


私は平静を装って呆けながら、自分の顔をペタペタと触ってみる。それを見た彼は、はっはっはと盛大に笑い始めたのだけれど、何がそんなにおかしいのだろうか。私には全く意味が分からない。
ひとしきり笑った後、彼は再び私を見つめてニヤリと口角を上げる。どくり。また、心臓が大きく揺れた。よく考えてみれば、今まで彼の顔をこんなに間近で見たことはないかもしれない。だからきっと、彼の表情ひとつでこんなにも動揺してしまうのだ。


「今まで日直の仕事で残ったことってないんだよね」
「え。ごめん。私が書くの遅いから…」
「そういう意味じゃなくて」


急いでペンを持ち直し、続きを書こうと日誌に落としていた視線。けれど、不自然なところで途切れた彼の言葉の続きが気になって顔を上げると、ずいっと端正な顔が近付いてきて思わず息を止めた。どくりどくり。心臓の音がまた大きくなる。
少しでも動いたらぶつかってしまいそうな距離なのに彼はちっとも微動だにせず見つめてくるから、私は呼吸の仕方を忘れてしまったんじゃないかってほど息苦しくなった。こんなことを、誰にでもするような人なのだろうか。彼の心理は全く読み解けない。


「今日残ってるのは、名前ちゃんと2人っきりになるためだったりして?」
「…は?」
「ドキドキしてる?」
「え、あ、う、」


超至近距離でそんなことを言われたら、意味をなす単語なんて紡ぎ出せるわけもなく。私はキョロキョロと目を泳がせるばかりだ。
さり気なく名前を呼ばれたけれど、私は彼とそんなに仲良くないし、今まで名字で呼ばれたことだって数えるほどしかないと思う。なんで、こんな状態の時に限って名前で呼ぶんだろう。ただでさえうるさい心臓が、余計に暴れ出してしまうではないか。
そんな余裕のない私に追い打ちをかけるように、彼は一気にぐっと距離を縮めてきたかと思うと、私の顔を横切ってちょうど耳元辺りで動きを止める。


「俺、狙った獲物は逃がさないから」
「なに、言って……、」


低くダイレクトに聞こえた彼の声に、ぞくりとした。これ以上、私をどうしたいのか。彼はゆっくり私から離れるとまたもや意味深な笑みを浮かべて。左手を拳銃に見立てた形に構えると、私の胸元目掛けて撃つ素振りをして見せた。


「どう?当たった?」


軽くウィンクしながら余裕たっぷりの表情を浮かべる彼に、私はもう白旗を振るしかなかった。こんなこと、彼以外の人にされたってきっとときめかない。
いつからだろう。無意識の内に彼を目で追うようになってしまったのは。もっと彼のことを知りたいと思うようになってしまったのは。あわよくば、もっと仲良くなりたいなんて考えるようになってしまったのは。
それらは全て、私が彼のことを好きだという気持ちに他ならない。彼はそんな私の心情を見透かしていたのだろうか。それならばこの自信満々な様子にも納得がいく。


「御幸君はズルいよ…いつから私の気持ちに気付いてたの……?」
「ん?最初からだけど」
「最初、って…」
「俺が名前ちゃんに目をつけた時から」
「え…」
「仕掛けたの、俺の方だし?」


彼の言葉をきいて、私は必死に過去の記憶を思い起こす。彼を気にかけるようになったきっかけ。それは確か、1年生の初夏だった。彼と隣の席になって、その時に初めてまともに会話したのを覚えている。
別に特別な内容ではなかったけれど、彼とのやり取りはなんとなく楽しくて。野球に興味がなかった私だけれど、彼の話をきいてから少しずつルールを覚えるようになった。恐らく、彼を無意識の内に気にかけるようになってしまったのは、私に投げかけてきたたった一言。
“俺が野球してるところ、見に来れば?惚れさせられる自信あるけど。”
その時は冗談だとばかり思っていた。彼も笑いながら、なーんちゃって、と付け加えていたし、その後も特にその話題に触れることはなかったから。けれど、そう言われてしまうと彼がプレーしているところが見たくなってしまって、私はこっそり練習を見に行ったんだっけ。
彼の思惑通り、私は呆気なく真剣な彼の姿に目を奪われてしまって、それ以来、さり気なく胸の奥底に自分でも気付かないように蓋をしていた気持ち。それを、今日、彼が解き放ってしまったのだ。


「もしかして、あれ、本気だったの…?」
「意識させるの苦労した。けどまあ…それはそれで楽しませてもらったけどな」


どうやら私は、最初から彼の罠に引っかかってしまっていたらしい。1年ほどの時間をかけてゆっくりじわじわと。私は侵食されていたのだ。御幸一也という男に。


「で?どうする?」
「どうする、って…?」
「名前ちゃんの気持ち、きいてないんだけど?」
「な…、御幸君の方こそ、ちゃんと言ってくれたわけじゃないし…!」


揶揄い混じりの物言いに、私は言い返す。すると彼は、待ってましたとばかりに本日最高の笑顔を見せた。もしかしてこれも、彼のシナリオ通りだったのか。気付いた時にはもう遅く、眼鏡の奥でギラつく瞳。


「好きだから俺のモンになって?…って言ったら、伝わる?」
「……っ、ほんと…ズルい…」
「次は名前ちゃんの番だけど?」


この人はどこまで私を追い詰めるつもりなんだ。私の気持ちなんてとっくに分かっているくせに。恨めしげに彼を睨んでみても効果はなく、逆に、誘ってんの?と言われる始末。抗いたいのにそうすることは許されなくて、私は結局、彼の望んだ通りに言葉を紡ぐしかないのだ。


「私も…御幸君のこと、好き、だよ…」
「はいよくできました」
「何それ…」
「じゃあ早速、」


いただきます。
一瞬のうちに詰められた距離。唇には柔らかな感触。目を閉じる暇もなくぽかんとマヌケ面をしている私の目の前には、ペロリと舌舐めずりをする彼の姿。


「ご馳走様でした」


これも全て、彼の計画だったようで。私の心臓、いくつあっても足りないようなんですがどうしたら良いでしょうか。