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結城と幼馴染


野球部の主将で4番。その重圧がどれほどのものなのか、私には分からない。幼馴染みとして、ずっと傍で応援していた。だから、哲君がどれだけの努力を積み重ねてきたかは痛いほど理解しているつもりだ。
雨の日も風の日も雪の日も、どんな時もバッドを振り続けて、漸く辿り着いた現在のポジション。それでもそこがゴールじゃない。哲君はその先を見据えている。


「哲君、今週末も練習試合あるの?」
「ああ。それがどうした?」
「応援に行こうかなあって思ってて…迷惑じゃない?」
「来てくれると嬉しい」


哲君の言葉はいつもストレートだ。迷いがなくて、心にズンと響く。何事にも真っ直ぐで真剣でキラキラしている哲君が、私は大好きだ。だから野球に打ち込んでいる哲君をただ近くで応援し続けたいだけだった。


「幼馴染みだからって結城君にベタベタするの、よくないと思うよ」
「え…そんなつもりは、」
「そういうつもりがなくてもそう見えるの」
「でも、哲君は嬉しいって…」
「結城君は優しいから迷惑だって言えないだけでしょ」


心にもない同級生の女の子達からの言葉に、心臓がぐしゃりと音を立てて潰れた。確かに哲君は優しい。けれども、そんな変な気遣いをするような人じゃない。それが分かっているから、私は女の子達の言葉を無視して応援に行った。
大きな声で掛け声をかけて、打って、守って、また打って。やっぱり哲君はすごいなあと思った。自慢の幼馴染みで、初恋の人。今でもその気持ちは色褪せることがなくて、初恋は続いている。別に実らなくてもいい。今までと同じように、普通に喋って笑って、ただそれだけで私は幸せだから。それ以上なんて望まないのに。


「無理して来なくて良いんだぞ」
「え…私、無理なんてしてないよ」
「…次からは、来なくていい」


どうして哲君が急に応援に来なくても良いなんて言ってきたのか。私にはさっぱり分からなかった。もしかして嫌われちゃったのかな、とか。私が行くことで気が散ったりするのかな、とか。本当は迷惑だからずっと来てほしくなかったのかな、とか。考えたところで答えは分からないままだ。
理由は分からないけれど、来なくていいと拒絶されてしまったら押し掛けるわけにもいかず、私は哲君から自然と距離を置くようになった。あの女の子達が言うように、本当は私が傍にいることをあまりよく思っていなかったのかもしれない。疎ましく思っていたのかもしれない。優しさを勘違いしちゃってごめんね。


「どうして最近応援に来ないの?」
「え?それは…哲君が、来なくて良いって言ったから…迷惑なのかなと思って…」
「やっぱり。そんなことだろうと思った」


昼休憩。はあ、と溜息を吐いて、世話がやけるなあ、とぼやくのは哲君と同じ野球部でレギュラーの小湊君だ。野球部の3年生とは大体話したことがあるけれど、それは大抵が哲君と一緒にいる時だから、こうして面と向かって話すのはとても珍しい。


「来るなって言われたわけじゃないよね?」
「それはそうだけど…」
「迷惑だとも言われてないよね?」
「でも、」
「この手のことに疎いからさ…2人とも。ほんと、こっちの身にもなってほしいよ」


またもやぼやいた小湊君は、私に衝撃的な事実を教えてくれた。
ある日の練習終わり、哲君の元に女子生徒が数人やって来て、私が哲君の応援に行くのは正直面倒だと思っているらしい、という内容のことを伝えていたと言うのだ。全く事実とは異なることを哲君に吹き込んだその女の子達は、私に哲君から離れろと言ってきた人物と同じに違いない。
私も哲君も、別に付き合っているとかそういうわけじゃない。離れたからって死ぬわけじゃないし、問題が生じるわけでもないだろう。それでも、傍にいることが当たり前すぎたから、哲君の傍にいられないというのはとても辛かった。哲君は、どう思っているだろう。


「小湊君、ありがとう」
「うちの主将にはもう少し頑張ってもらわないといけないからね」


意味深な笑みとともに落とされた言葉をしっかり受け止めて、私は哲君の元に向かった。既に昼食を食べ終えたらしい哲君は教室におらず、さっき職員室に行くって言ってたぞ〜、というクラスメイトからの情報を得てそちらへ足を運ぶ。
早く会いたいな。会って話がしたいな。逸る気持ちとは裏腹に職員室への道のりでは哲君に会うことができず、私は途方に暮れる。昼休憩中に会うのは無理かなあ。諦め半分でとぼとぼと教室に戻っていた私を呼び止めたのは、他でもない哲君だった。
避けていたわけではないけれど、ここ最近はほとんど会話をしていなかったので、懐かしくすら感じてしまう。


「あの、哲君」
「どうした?」
「私、面倒だなんて思ってないよ」


何のことだ、とはきかれなかった。たったそれだけの言葉で、哲君は私が何を伝えたいか察してくれたようで、目を丸くさせている。哲君の応援を面倒だと思ったことはない。むしろ、その雄姿を見ているのはとても幸せだった。できることなら、この先もずっとずっと、哲君の輝く姿を傍で見ていたい。そう思えるほどに。


「哲君が迷惑だっていうなら応援には行かない。けど、もしも私のことを気遣って来なくていいって言ってるなら、それは、違うよ」
「…そうか」


哲君は静かに、呟くようにそう言って。私の頭をゆるりと撫でた。そういえば高校生になってから哲君にこうして頭を撫でてもらうのは久し振りのことかもしれない。幼い頃何気なく触れていたはずのその手は、いつのまにか私から随分と遠いところにあって、触れることを躊躇われているような気がしていた。少しだけ大人になって、少しだけ背伸びをしていた私達は、今漸く元の場所に戻ったのだろう。


「今週末の試合は今まで以上に気合いを入れたいんだ」
「そっか」
「来てくれるんだろう?」
「もちろん!」
「応援頼む」


そうして迎えた試合当日。哲君はいつも以上にキラキラしていて、打つたびに私に向けてくれるガッツポーズが眩しかった。
そんな私達の関係が幼馴染みから一歩前進するのは、それからそう遠くない未来の話。