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伊佐敷を翻弄する


「伊佐敷君、数学の宿題って全部解けた?」
「は?」
「次、数学だよ?」
「それは知ってる!」


問題はそこではない。なぜそんなことを俺にきいてくるのかってことだ。俺はお世辞にも頭がいい方ではないし、ぶっちゃけ宿題もギリギリやってきているだけで、合っているかどうかなんて二の次だ。そんなこと、2週間も隣の席に座っていれば分かるだろうに。コイツ、俺より馬鹿なのか?


「私、自信ないから誰かと答え合わせしたくって」
「それを俺に言うな。他に頭いいヤツがいんだろ」
「伊佐敷君と答え合わせがしたいの」


全く、ワケが分からない。当たるのであればもっと確実に正解を導き出しているであろうヤツと答え合わせをするべきなのに、何を考えているのだろうか。考えていることはさっぱり分からないが、そこまで言われてしまっては断るのもどうかと思い、一応宿題をしてきている俺はノートを引っ張り出して机の上に広げた。隣のソイツも自分のノートを取り出してパラパラとページをめくっており、筆記用具を取り出している。
おいおい、マジで俺なんかと答え合わせすんのかよ。意味わかんねぇな。
2週間前に隣の席になったソイツは、たぶん結構モテる。客観的に見て綺麗な顔立ちをしていると思うし、こんな俺にも物怖じせずに話しかけてくるコミュニケーション能力が高いヤツ。今日までまともに話をしたことはないが、挨拶程度は交わす。まさか、こんなにワケわかんねぇヤツだとは思わなかったが。


「伊佐敷君は数学得意?」
「勉強は嫌いだっつーの」
「へぇ…でも全部答え同じ」
「俺と答え同じでも合ってるかどうか分かんねぇぞ」
「ふふ…そうだね」


ありがとう、と。丁寧にノートを閉じて俺に返してきたソイツに、俺はますます頭を悩ませる。自信ねぇから誰かと答え合わせしたかったんじゃねぇのかよ。何が面白いんだ。疑問は解消されぬまま授業開始のチャイムが鳴る。
退屈な授業が始まり、宿題のチェックと銘打って誰かが前に出て解答を黒板に書き連ねなければならないわけだが、そこで当てられたのはなんと俺だった。答え合ってんのか知らねぇぞ、と思いながら立ち上がった時、ふと隣の女子と目が合った。つい先ほど答え合わせをした、ソイツ。
綺麗な笑みはそのままに、大丈夫、と口パクで伝えてくるソイツに何故か背中を押される形で前に出た俺は、黒板にさらさらと解答を書いていく。珍しくも全て正解だったらしく、意気揚々と席に戻った俺に、良かったね、と笑いかけてきた表情にドキッとしたのは気のせいだと思いたい。
それから授業はいつも通りの流れで進んでいったわけだが、俺は隣のヤツのことが気になって仕方がなかった。どうしてこんなに気になるのか、自分でもよく分からない。ただ、俺の脳裏には先ほど向けられた綺麗な笑顔がこびりついていて、授業には全く集中できなかった。


「おい」
「なぁに?」
「授業の前の答え合わせ、あれ、俺のためだったのかよ」


数学の授業が終わってからの昼休み、クラスメイトに聞かされた事実。俺はあまり興味がなかったし縁遠い話だったので知らなかったのだが、隣の席の例の女子は学年でもトップクラスの優秀な成績を誇っているということ。そんなヤツが、自ら答え合わせをしたいと言ってくるなんてどう考えてもおかしい。辿り着いた答えは信じ難いけれど、俺のため、というなんとも都合の良いものだった。
尋ねられたソイツは、またもや楽しそうに、ふふっと笑う。バレちゃった?と悪戯っぽく言うその仕草に、本日2度目のドキッを感じたなんて、俺はどうかしてしまったのか。それまでただのクラスメイトの1人でしかなかった女子を、こんなにも急に意識し始めるなんて、まるで漫画みたいじゃないか。


「今日の日付け、伊佐敷君の出席番号だもん。絶対当てられると思って」
「…なんで自信ないなんて嘘まで吐いて答え合わせしたんだよ」
「どうしてだと思う?」


それが分からないから質問しているというのに、質問で返してくるとは何事だ。つい先ほどの情報によると、コイツは頭がいいらしい。俺をからかって楽しんでいるのか。だとしても、何のために?ごちゃごちゃ考えるのが苦手な俺は、知るかよ!と、つい大きな声を出してしまった。
ざわつく教室内の一部から視線を向けられ、お前のせいだぞと言わんばかりにソイツを睨みつけてみても、柔らかな笑顔は崩れない。調子が、狂う。


「伊佐敷君って野球部だよね」
「あ?それがどうしたんだよ」
「試合、観に行ったよ。カッコよかった」
「…は」


思わずマヌケな声を出して固まった。何の脈絡もないことを口走ったかと思ったら急に言われ慣れないフレーズを言われ、これではフリーズしてしまうのも無理はない。そもそも野球部の試合を観に来ていたなんて初耳だ。


「だからね、伊佐敷君の隣の席になれて嬉しかったの」
「…おま、何言って……」
「でもなかなか話しかけるタイミング掴めなくて、今日やっと話しかけられた」


ほんの少し照れた様子のソイツに視線が釘付けになる。なんだよ。これ。こんなのまるで、告白、されてるみたいじゃねぇか。自惚れかもしれないが、勝手に期待してしまう。ほんの数時間前まで何の意識もしていなかった隣の席のクラスメイトが、俺の中で一気に階段を駆け上がっていく。もう、ただのクラスメイトとして接するなんて、無理だ。


「ちょっとでもね、伊佐敷君の役に立ちたかったの」
「…なんだよ、それ」
「もう、わかってるんでしょ?」
「くっそ…ちょっとこっち来い!」


教室のど真ん中で話すことじゃねぇだろ。今更ながらに恥ずかしさが込み上げてきて、驚いているソイツの手を取って教室を出る。どこに行くかなんて決めてないが、とにかく人気の少ないところ。昼休憩が終わるまで、もう時間があまりない。
次の授業で使われることもないらしい空き教室に入って、掴んでいた手を離す。よく考えてみれば随分と大胆な行動に出てしまったわけだが、嫌がる素振りはされていない。


「あのな!お前、急すぎんだよ!」
「だって。せっかく伊佐敷君の方から話しかけてきてくれたんだもん。今言わないとタイミング逃しちゃうかもしれないでしょ?」
「こういうのはな、男の方から言うもんだろうが!」
「でも伊佐敷君、私のこと眼中になかったよね?」


確かに、コイツの言う通り数時間前までは眼中になかった。それは認める。が、今はどうだ。策略にハマってしまったのか何なのか、俺はすっかり心を奪われかけている。否、認めたくはないが既に奪われている。それこそ、漫画かよ、と自分自身にツッコミを入れたくなるぐらいに。


「今は眼中にある!」
「…ふふ、何それ。そんな日本語ないよ」
「うるせぇ!」
「私、期待してもいいの?」
「期待っつーか、そのー、なんだ、あー…」


とりあえず初めて名前を呼んで。好きになった、とだけ伝えた。なんとみっともない告白だろう。不本意ではあるが、俺にはこれが精一杯なのだからどうしようもない。それでも、あんまりにも嬉しそうに笑う彼女を見ると、カッコ悪いとかみっともないとか、そんなことさえもどうでもよくなってしまうのだ。


「伊佐敷君、」


手招きされて身を屈める。耳元にそっと口を寄せて、好きだよ、なんて。コイツ、馬鹿じゃねぇか?そんなことわざわざ言ってくんな!と大声を出してしまったのは、照れ隠し。本当にカッコつかねぇ。けれども、これから宜しくね、と笑うその顔はやっぱり綺麗だったから。俺の学校生活は今までより少し楽しくなるかもしれないと、柄にもなく胸を弾ませた。