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逆転ただいまゲームセット 後編


俺がいつ、何をしたのか。いまだにそれは定かではないのだけれど、名前の気に障るような何かをしてしまったのだろう。急になぜ避けられなければならないのかと、当時の俺は苛々する気持ちを抑えられなかった。餓鬼だったのだ。俺も、たぶん、名前も。
今思えば、俺の方から、なんで避けてんの?ときけば済む話だったのに、そっちがその気ならこっちからは話しかけてやるもんかと妙な意地を張ってしまったせいで、溝ができてしまった。一度できてしまった溝はなかなか埋まることはなくて、結局そのまま卒業。俺と名前は幼馴染みから赤の他人になっていた。
プロの世界は厳しくて正直挫折しそうなこともあったけれど、なんとかここまで上り詰めて自信もついてきた。だから来シーズンからはメジャーに挑戦すると決めたのだ。
もう日本に心残りはない。そう思ったところで脳裏を過ぎったのは、何年も連絡を取っていないのに事あるごとに思い出していた幼馴染みの存在。俺はぶっちゃけモテるし、今後も女性関係で困ることはないと思う。相手は選り取り見取りだというのに今まで浮いた話のひとつもないのは、名前のことが忘れられないから、だなんて。どんだけ女々しいんだよ、俺。
いつから名前に特別な感情を抱いていたのだろう。高校時代?大人になってから気付いた?それとも逆にもっともっと前から?自分自身のことなのに、それすらもはっきりしない。けれどもメジャーに行く前に、どうしても名前ともう一度会って話がしたかった。だから俺は、名前に行き着くために動き出したのだった。


「鳴君!久し振りねー!もうすっかり有名人になっちゃって」
「久し振り、おばさん」


俺の実家のすぐ近くには名前の実家があるから、名前に辿り着くのに苦労はしない。おばさんに名前の連絡先と住所を聞いたら良いだけのことだから。
そうして手に入れた住所を元に名前の住むマンションまで押しかけて電話までした俺の行動力って凄いと思う。なぜ今まで何もしてこなかったんだって疑問に思うぐらい。久し振りに見る名前は昔の面影を残したまま、けれど確実に大人の女性になっていてどきりとした。
車に乗り俺の隣に腰をおろした名前はチラチラとこちらを窺っていて、きっと今何が起こっているのか分かっていないのだろうということが見てとれる。車が走り出したところで、俺は口を開いた。


「連絡先も住所もおばさんからきいた」
「ああ…そっか、そうだよね…でも、なんで急に…」
「俺がメジャーに行くって話、知らない?」
「それはニュースで見たから知ってるけど…」
「むこうに行く前に名前に会いたかった」


俺のストレートな言葉に、名前は目を丸くして驚いていた。俺自身も驚いている。こんなにもすんなりと本音を吐露できたことに。妙な意地を張っても自分のプラスにならない。ある一定の自信とかプライドは必要だけれど、一定以上のそれらも邪魔になるだけ。これらは全て、プロになってから学んだことだ。
今ここで変な嘘を吐いたり取り繕ったりしても意味はない。ちゃんと伝えるために会いに来たのだ。ここでストレートを投げなくてどうすると言うのか。


「高校の時、俺が何をしたのかは知らないけど、あのまま卒業したことずっと後悔してた」
「それは、ごめん…あの、」
「その時の理由はもうどうでも良くて。後悔してたから、今日、会いに来た。アメリカに行く前に」


名前の瞳が揺らぐ。不安と期待が入り混じったその双眸は、俺に向けられたまま逸らされることはない。やっばいな…試合の時より緊張するかも。名前に気づかれぬよう両手をぎゅっと握り締めて。俺は渾身のストレートを投げ込んだ。


「ついて来てよ。アメリカまで」
「は……?」
「久し振りの再会で何言ってんのって顔しないでくれる?」
「いや、だって、そんな急に言われても…ていうかなんで私…?」
「俺も不本意なんだけどさぁ、名前より綺麗で可愛い子いっぱいいるのに、全然興味湧かなくて。責任とってよ」
「そんなの…勝手すぎるでしょ…!」


涙目の名前は俺の肩を軽く殴ってきたけれど、ちっとも痛くはない。それに、口元はゆるりと弧を描いているから。


「わざわざ迎えに来たんだから良いでしょ?」
「遅すぎるの!ばか…!」
「はあ?馬鹿って…」
「でも、嬉しい。ありがとう」


野球は9回裏ツーアウトから。どれだけ絶望的な展開でも、諦めなければ奇跡が起こるかもしれない。それはどうやら、恋愛においても適応されるらしい。
車が静かに止まる。とりあえず続きの話は、まだ誰も招き入れたことのない俺の家でってことで。
高校時代から止まっていた時間は再び動き出した。たぶん、だけど。俺が帰る場所は最初から決まっていたんだろう。