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逆転ただいまゲームセット 前編


※社会人設定


幼稚園の時から、私の傍に鳴がいることは当たり前だった。小学校、中学校は同じ学校に進学して、高校ではさすがに別々の道を歩むことになるだろうと思っていたのに、口裏を合わせたわけでもなんでもなく、またもや同じ学校に進学したことを知った時には、お互いただただ驚くことしかできなかった。しかも高校に入ってからはクラスまでずっと同じ。これが腐れ縁というやつかと、身をもって感じた。
鳴は中学の頃から野球一筋で、すごい選手だってことは風の噂できいていた。私はスポーツ全般そこまで興味がないから、どこの高校の野球部が強いのか本当に知らなかったのだけれど、どうやらうちの高校はかなりの強豪らしかった。そんな野球部の名門みたいなところでエースと呼ばれていたのが鳴だなんて、当時の私は信じられなかったのだけれど。
今なら、迷うことなく信じられる。高校卒業と同時にプロ入りした鳴は、いまや日本のプロ野球界になくてはならない大エース様になっているのだから。


「すごいなあ…」


今でもスポーツってものには全く興味がないのに、なぜか野球だけはなんとなく見るようになっていた。ルールはちっとも分からないけれど、鳴が頑張っているということだけは分かるから。
テレビの向こう側で活躍する鳴を眺めながら落とした呟きは、私以外誰もいない室内の空気に溶けていく。遠いなあ、と。思わずにはいられなかった。
すぐ傍にいることが当たり前だったあの頃が嘘であるかのように、今は鳴がもの凄く遠いところにいるような気がする。実際、高校卒業後は会うどころか連絡すら取っていないから、そう感じるのも無理はないのかもしれない。


「名前ちゃんって成宮君のことが好きなの?」
「え。違うよ。鳴はただの幼馴染みだもん」
「じゃあ仲良くするのやめてよ。みんな勘違いするから」


大人になりたくて背伸びをしていたけれど、まだまだ子どもだったあの頃。同学年の女の子に言われたその一言をきっかけに、私は鳴と距離を置くようになった。クラスで普通に話すことさえもしなくなって、あからさまに鳴のことを避けていた私を、鳴はどう思っていただろう。
そのまま自然と距離はどんどん離れて行って、気付いたら卒業していた。私は夢があるわけではなかったからなんとなく大学に進学して、就職して。社会人3年目を迎えた今、今更のように思う。あの時、私が鳴を避けずにそれまで通りの関係を続けていたら、今頃どうなっていたのだろうか、と。
きっと、状況は今と変わりないだろう。鳴と私とでは住む世界が違うから。それでも、こんな罪悪感を抱くことはなかったのだと思うと、あの頃の自分を心底恨んだ。
ふとテレビに目をやると試合は終了していて、鳴が完封勝利を決めたところだった。今シーズンが終わればメジャー挑戦か?朝のニュースでそんな内容をきいたけれど、鳴はいつかこんなちっぽけな日本を飛び出して野球の本場アメリカで大暴れするだろうと思っていたから、別に驚きはしない。ただちょっぴり寂しいだけ。
何年も連絡をとっていない私のことなんて鳴はもう忘れてしまっているだろうけれど、私は忘れていないから。今以上に物理的距離が遠くなるのは、胸にぽっかりと穴が空いたみたいに苦しい。私のせいなのに、ね。
眩いフラッシュに照らされた鳴の得意げな表情は、いつか私が見た時よりも随分と大人びて見えた。


◇ ◇ ◇



それから数ヶ月が経過した頃、正式に鳴のメジャー行きが決まったというニュースを見た。そうか、やっぱり行ってしまうのか。一度ぐらい、プロになった鳴の活躍を生で見れば良かったなあと思っても、もう遅い。
仕事終わり、いつも通りの道をいつも通りに歩いていると、私が住むマンションの前に見慣れない黒塗りの車が停まっていた。有名人とか、政治家とか、とにかく私とは縁がなさそうな人が乗りそうな高級車。こんなところに何の用事だろうかと思いはしたけれど、私が知る必要もない。
車をチラリと横目で見遣りながらエントランスに入り、夜ご飯どうしようかなあなどと考えつつ鍵を出した時。後ろから見知らぬ男の人に声をかけられた。


「名字名前さんですか?」
「え?あの…どちら様ですか…?」
「成宮鳴をご存知でしょうか?」
「それ、って、プロ野球選手の…?」


大柄でスーツをぴっちり着こなしたその人は静かに頷いた。なぜこんなところで鳴の名前が飛び出してきたのかも、この体格のいい男の人が私の名前を知っているのかもさっぱり分からないけれど。ただひとつ言えることがあるとしたら、全てを知っているのは成宮鳴その人だけだということだった。


「成宮から話があると言付かっているのですが、一緒に来ていただけませんか?」


荒手の不審者という可能性は否めなかった。鳴の名前を出せば私がホイホイついていくとでも思ったのだろうか。私はそんなに馬鹿じゃない。
何年も連絡のない鳴から話があるだなんて、にわかには信じがたい。そもそも話があるのだとしたら、なぜ鳴自身が来ないのか。私の住んでいる場所まで把握しているのか。疑問は深まるばかりだ。
押し黙って大きな男の人を怪訝そうに見つめること数秒。やっぱり怪しい。ついていくのはやめよう。そう決めた矢先に鳴る携帯電話。ある意味、グッドタイミングだ。このまま帰ってしまえばいい。
着信画面は知らない携帯番号を示していて出るのは少し躊躇われたけれど、フリーダイヤルじゃないし、とりあえず出てみることにする。もしもし?と。電話の相手の声に耳をすませれば、名前?と。懐かしすぎる声音が鼓膜を震わせた。


「え……と、」
「俺の声、忘れたワケ?」
「鳴…なの?」
「覚えてんじゃん」
「なんで、私の電話番号…」
「あー、まあ、それは後で話すから。そこでうだうだしてないで早くこっち来てくんない?」
「こっち?」


キョロキョロと辺りを見回してみても鳴らしき人物の姿は見当たらない。そこで視界に入った大柄の男の人。もしかしてこの人が言っていることは本当なのだろうか。


「そこにいるデカいヤツについて来て」


鳴からのその一言で、それまで不審者だとしか思えなかったその人が突然紳士的な人に見えてしまうから不思議だ。もしかしたらこの電話すら仕組まれているのかもしれないけれど。この声は鳴本人のものだと言い切れる自信があった私は、分かった、という返事をしてから通話を切ると、男の人に小さく頭を下げた。
どうぞ、という仕草とともにエスコートしてくれた彼は、一直線にマンション前に停車していた黒塗りの高級車に向かっている。もしかして、この車って。
ガチャリ。車の後部座席の扉を開くと、そこに悠然と座っていたのは成宮鳴。久し振り、なんて軽いノリで言って笑う彼の表情は、いつかテレビの画面越しに見た時とは違って、あの頃のまま、あどけなさを孕んでいた。